黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

大後悔

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大きな音に教室中の視線がシェルリアーナに集まった。

「な…なんだよ…」
「ねぇ、貴方!初めて来る教室で私に挨拶もありませんの?!」
「は?!」
「知らない顔がいきなり現れたら、こっちも集中出来ませんわ!!隣になったのなら、初めましてとか、よろしくとか、一言なにかあってもよろしくなくて?!」
「え?あ?よ…よろしく…?」
「ほら、立ちなさい!次は移動ですわ!研究棟に行くのだからもたもたしないで!」
「いや…勝手に行けばいいのに…?」
「早くなさい!貴方1人であのドアが開けられると思って?!私が先導して差し上げますわ!感謝しなさい!?」
「なんで?!」
「べ…別に貴方のためじゃありませんのよ!!授業の時間が勿体ないだけですわ!さっさとしなさいっ!?」

いつも以上にカリカリした声音に気圧されて、デイビッドは自分の荷物をまとめ、シェルリアーナに従った。
第七研究室の扉にシェルリアーナが魔術コードをかざすとドアが開く。

「全員揃ったかな?それじゃ、これからマンドラゴラの採取と一番単純な解呪薬の作り方を覚えてもらうよ!?手順の確認のため魔法は使わないこと、ではやってみよう!」

生徒達は2~3人の班を作り、それぞれ分かれて作業する。

「あ…貴方はこっちよ!どうせ魔力もないのでしょ?皆の足を引っ張る前に私が指導しますわ!!」
「ぅえぇぇ…?」
「返事は?!」
「……ハイ…」

キビキビと指示を出すシェルリアーナに、他の生徒達は羨望の眼差しを向けている。
反してデイビッドは盛大に引いていた。

「それじゃまずは全員防音式の付いた耳当てを着けてマンドラゴラを引き抜くよ?!音が聞こえなくなるからよく見ててね?!」

マンドラゴラは土から引き抜くと悲鳴を上げる。
この声を聞くと生物は精神異常を起こし、最悪の場合死に至る事もあるそうだ。
全員で耳当てを着け、順番にマンドラゴラを引き抜く。
すると数人の生徒が目眩や吐き気を訴え始めた。

「聴覚の鋭い人や、魔力が繊細な人は、音を遮断してもたまにこうなることがあるんだよ。これからそれを治す薬を皆に作ってもらうので、気分が悪くなった生徒はここで服用する事。我慢出来なかったら手を挙げて、では作業開始!」

マンドラゴラを洗って表皮を剥がし、頭の草と一緒によく潰して汁を搾り、色が変わるまで煮詰めたら他の魔草を数種類刻んで混ぜ、冷まして濾過したら、低級の回復薬が完成する。
これで単純な状態異常や、錯乱などを引き起こす弱い魔力の影響を治すことができる。

各班の様子を見ながらベルダがシェルリアーナの作業台までやって来た。

「手際がいいね、もう出来たのかい?うん、純度も魔力量も申し分ない、良い出来だよ!?流石、優秀な生徒は違うねぇ!」
「アラ、先生。9割方作ったのは彼でしてよ?!私は指示を出しただけですわ?!」
「それは凄いな!なかなか良いコンビじゃないか!生徒に馴染めるか心配だったけど、良かったねデイビッド君?!」
「……なんにもよくねぇよ…??」

デイビッドは始終、納得がいかないといった顔で手を動かしていた。
やがて全班の作業が終わり、体調不良を訴えた生徒も薬を飲むと直ぐに落ち着いてくる。

「うえぇ…苦い…」
「苦いのは仕方ないよ。薬草も混ぜてるし、マンドラゴラ自体エグみや苦味があるからね。」

「そんな苦いのか?焼くと芋みたいで美味かったけどなぁ…」

その時、後ろから聞こえた呟きに、全員の目が一斉に注目した。

「何だ…?」
「焼くと…って…食べた事あるの貴方…?」
「え…?魔力溜まりにはよく生えてるから、遠征とか旅団について行くと良く採って食ってたけど…」
「悲鳴が聞こえたらどうするのよ!?」
「声がデカいからしばらく耳鳴りはするけど、別にその程度だったし…」
「はぁぁ?!」

ざわめく生徒達をベルダがパンパンと手を叩いて静めようとする。

「はいはーい!すごい話が聞こえた所で、そろそろ道具を片付けて終わりにするよー?!デイビッド君、君はちょっとこの後残ろっか?!」
「この上居残りかよ?!」
「当たり前だよ?!たぶん今の体験だけで論文一本書けるよ?!っていうか書かせてよ!!はい、じゃぁ僕達は先に出るので、終わった生徒から解散していいよ?!次回は野外実習するから動きやすい服装で来てね!じゃぁねー!?」

早口にまくし立てると、ベルダはデイビッドを捕まえて温室の方へ行ってしまった。

シェルリアーナは既に洗って乾かされた器具を戸棚にしまい、颯爽と研究室を出た。
そして魔法学棟を優雅に通り過ぎ、青い廊下を澄ましながら歩いて行くと、廊下の色が変わった途端、全力疾走で端の部屋まで駆けて行った。


「うわぁぁぁぁん!!!」
「それはまたずいぶん面白い事になりましたねぇ…」
「こんなつもりじゃなかったのよぉぉぉっ!!」
「それを僕に懺悔されても…」

授業が終わり、シェルリアーナは今までに無い後悔に襲われていた。
誰かに吐き出さずには居られず、その場にいたエリックに今あった出来事をぶちまける。
部屋でまったりしていたエリックは、尋常ではない様子でやって来たシェルリアーナが悲鳴のように話す声を他人事の様に聞いていた。

「いやぁ!その授業超見たかったなぁ!なんでそんなキャラ作っちゃったんですか?」
「他に思いつかなかったのぉぉっ!!」
「だからってそんなイジメっ子みたいなポジション取りに行かなくても…」
「自分でもどうかと思うわよあんなの!でもアイツ全っ然話しかけて来ないんだもの!関わるなみたいな顔されて悔しかったのよ!!」
「でもこれで次からは自然に声かけられますね。皆思ってるはずですよ?ああ、アレは女王様と下僕なんだなって!」
「チガウのぉぉっ!そんなんじゃないのよぉぉっ!!」

クッションに顔を埋めてシェルリアーナは顔を真っ赤にして泣いていた。

「気遣いまでは良かったのに…どうするんです?週1でツンデレ女王様やるんですか?」
「やるワケないじゃない!!自分でも途中でおかしいって思ってたわよ!でも引き返せなくなっちゃったの!そのまま突っ切るしかなかったの!やり直せるもんならやり直したいわよ!!」
「これ、下僕側の感想も聞いてみたいなぁ。」
「ヤメてェェェッ!!」

エリックはひとしきり笑った後、泣き腫らしたシェルリアーナにミルクがたっぷり入った甘い紅茶を出した。

「貴女もどっかの誰かさん以上に不器用な方ですね。放っておいたって良かったのに。なんで優しさや気遣いが裏返っちゃうのかなぁ。」
「もうおしまいよ…明日にはクラス中に知れ渡っちゃうわ…」
「品行方正な淑女の鏡であるミス・シェルリアーナが、実は女王様気質で下僕を従えてるって?」
「お願い…今は追い打ち掛けないで…これでも悪い事したなとは思ってるのよ…」
「たぶん気にしてないと思いますよ?不機嫌に見えたのも貴女を自分の醜聞に巻き込みたくなかったからでしょう。向こうもいい加減不器用なんですよ。だから貴女も気になさらず、次からは普段の授業態度でいればいいのでは?その方が自然ですよ?!」
「…エリックが言うと胡散臭いわ…」

シェルリアーナがミルクティーを飲んでだいぶ落ち着いた頃、授業の終わったヴィオラがやって来た。

「シェル先輩、どうしたんですか?目が赤いです!何かあったんですか?!」
「違うのよ…ちょっと人との接し方で失敗しちゃって、自分で自分が嫌になっちゃっただけよ。」
「シェル先輩にもそんなことあるんですね。大丈夫、シェル先輩はとってもステキな人ですから、相手の方もきっと分かってくれますよ!」
「後ろめたさが半端ないっ!ヴィオラごめんなさいっ!」
「なんで私に謝るんですか…?」

夕刻過ぎてもデイビッドは戻らず、そのために作り置かれた料理を温めてエリックが出すと、ヴィオラは喜びはしたものの、少し浮かない顔をしていた。

「美味しい…でも、物足りないです。」
「何か足しますか?」
「違うんです…デイビッド様が居ないと、なんだか落ち着かなくて。心から美味しいなって思えないんです…」
「明日はいますよ。アイスクリーム、楽しみにしていて下さいね?!」
「はい!」
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