黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

物憂げな受講生

次の日、憂鬱な朝を迎えたデイビッドの所へ早くからやって来たのはヴィオラだった。

「おはようございます!!」
「ああ…おはよう、ヴィオラ…」

歯切れの悪い返答にヴィオラが首を傾げる。

「元気…無さそうですねデイビッド様…」
「いや、そんな事は…まぁ少し嫌な事もあったかな。それも自業自得な話だから、大丈夫だよ…それより授業の前に何かあったのか?」
「そうだ!デイビッド様…私、ワガママ言ってもいいですか…?」
「ワガママ?」
「またアイスクリームが食べたいんです…アリス様が寮へ帰って来るので、皆でまた食べたいの…」

俯きがちに少し上目遣いのヴィオラのお願いが、断わられるわけがない。

「アイスか。そういや、なくなってから作ってなかったな。わかった、何味がいい?」
「バニラとチョコと果物の入ったのと…あと…これ…」

おずおずとヴィオラが取り出したのは、街のアイスクリームショップのチラシだった。
それもシェルリアーナとエリックが写ったフロアティエドールの広告。

「アイツ等何してんだ…?!」
「このチラシ、今すごい人気で。アイス関係無く街でも争奪戦なんですって。これはローラから借りてきた物なんです。アイスの参考にしたくて。」

シェルリアーナの手にしているのはイチゴ入りのアイス、エリックが掲げているのはビターチョコとモカのサンデー。

「好みが真逆だな?」
「私も思いました。エリック様は甘い方が好きですよね!?」
「これ作れば良いのか?」
「それより、こっち!ここに書いてあるメニューの…」
「クッキーサンド?」
「食べたいなぁって思ったら…ずっと夢にまで出てくるんです…ダメですか?」

照れながらデイビッドの服の端っこをつかんでお願いするヴィオラに、一瞬だけ嫌な事が全部吹き飛んだ。

「わかった、アイスな。作るよ。もっと気温が落ちる夕方に仕込むから、出来上がりは明日以降だな。」
「わぁ!!やったぁ!ありがとうございます!!」

嬉しさのあまりぴょんぴょん飛び跳ねる子兎は、また元気に教室へ戻って行った。

「あ!ヴィオラ、チラシ!…まぁ、また戻ってくるか…」

友達に借りたというチラシを置いていってしまったので、預かることにした。
恐ろしく見栄えの良いシェルリアーナとエリックのツーショットがこちらを見ている。
(不気味に見えるのは俺だけか…?)

アイスの下拵えと昼の仕込みといつもの雑用を片付けて待っていると、お腹を空かせた3人がやって来る。

「今日はカツレツですね!」
「新作のパンの試作が上手くいったんで、挟んで食ったらウマいかと思ってな。」
「キャベツと~ソースを~たっぷりかけて~いただきますっ!」

ザクザクと良い音を立てながら、ヴィオラがパンにかぶりつく。

「美味しそうに食べるわねヴィオラ…なら私も!」
「お肉軟らかいですね!」
「熟成が上手いこといったからな。」
「このサラダ、お花が入ってる!?」
「食べられる花がいくつか咲いたんで、入れてみた。」

賑やかな食後にプチシューで満足した3人を見ていると、デイビッドは自分がこの後受ける授業地獄でも少しは励めそうな気がしてきた。

予鈴前に支度し、今日は自分もテキストを持って魔法学棟へ。
(今更生徒とか…無理だろ…)
重い足取りで同世代の列の最後尾を少し離れてついて歩く。
早くも嫌な視線が張り付いて、気持ちもどんどん暗くなる。
本当に生徒であったら、この視線に3年間耐えなければならかったのだろうか。
あの時逃げ出して本当に良かったと改めて思わされた。


魔法学棟のマドンナ、シェルリアーナは目立つ事が嫌いだ。
しかし、その美貌溢れる容姿のせいでどこへ行っても注目の的。
そのせいで授業はいつもギリギリになってから教室へ入る事が多い。
お気に入りの席は一番後ろの真ん中。
それでもちらちらと視線は集まってしまうが、授業に集中していれば気にならない。

この日も予鈴の鳴る直前に教室へやって来て、いつもの席に座った。
珍しく隣に誰か居たような気もしたが、気にしない振りをする。
勉強の邪魔にならないよう、シェルリアーナの隣は空席にするという生徒間の暗黙の了解もあり、普段はそれに甘えているが、先に座っていた相手を退かす程心の狭い女ではない。
ノートと本を取り出し教員を待つ間、どんな身の程知らずが座っているのか横目でチラッと見てやった。
その次の瞬間

「ヴェ゙ァ゙ッ!??」

あまりの驚きに、およそ淑女の喉からは出てこないだろう奇声が絞り出された。
落としてしまった本とノートを拾い上げ、深呼吸して何度見返しても隣の人物は変わらない。

(な…なんでアンタがここにいるの…?)
(ん?…上司命令で仕方なく……?)

不機嫌に輪を掛けたような態度でテキスト用の本を読んでいたのは、ついさっきまで顔を合わせていたデイビッドだった。

(上司命令って?!)
(資格取らねぇとなんだよ…お前もそのために来てんだろ?前だけ向いてろよ…)

面倒そうに目も合わせず、小声でボソボソ話し、自室に居る時とはまるで態度が違う。

「皆集まってるね?!今日から始めるのは、高等魔性植物取扱と第2級特殊魔性植物取扱の資格取得についての授業だよ?!それじゃ早速始めていこう!」


意気揚々と現れたベルダが、何か喋りながら黒板につらつら文字と図を書いていく。

(ねぇ…魔草学の資格なんて取って何するの?)
(今関わってる研究に必要なんだと。頼むから、あんま話かけんなよ…)
(何よその言いか…た…)

言われて周りの視線に気がついた。
いつもよりチラチラとまとわりつく目の多いこと。
周囲にとって、この取り合わせはイレギュラー以外の何ものでもない。

デイビッドにしてみれば、校内一の美人の隣の席のなど絶対に座りたくはない。
今回だって好きで隣になったわけでもなし、ただの偶然で起きた事故として終わらせたかった。
話しかけられるなど本来あり得ない事だ。

「では次のページの図解を~……」
ベルダの授業が淡々と続き、数名が指されてテキストを読み上げる。
シェルリアーナも授業に集中しようとするが、どうしても隣が気になって気が散ってしまう。

「では、この続きをミス・シェルリアーナ、お願いするね?」
「え?あ、私…えっと…」
(6ページ4行目…)
「あ……“マンドラゴラの生態における周囲への影響は、周辺の藻類または菌類に含まれる魔素のーーー”」

テキストを読み上げている間も違和感が拭いきれない。
いつもはあれ程軽口を言い合う相手が、身を潜めるように俯いて黙っている姿はシェルリアーナの中で何か納得がいかないものだった。

「“ーーー故にマンドラゴラに含まれる変質した魔素による作用ではないかと考えられている。”よろしいですか?」
「はい、ありがとう!では次にマンドラゴラの悲鳴による精神異常の正常に戻す方法はーーー」

普段ならテキストのページがわからなくなる様なミスなど絶対に犯さないシェルリアーナが、今日は何ひとつ頭に入らない。
(気に入らない…)
授業中他人にフォローされる様な失態など初めてだ。
(気に入らない…気に入らない…)
平素あれだけ大きな態度でいるデイビッドが、息を殺し日陰者の様に振る舞う姿も、話しかけるなと言いつつ助言をする程度にはこちらを気にしてくれている事も、何もかも気に入らない。

やがて鐘が鳴り、授業の終わりを告げる。

「座学はここまで!次は研究室で実技になるから、皆遅れないように移動してね?!」

ベルダが先に教室を出て行くと、他の生徒達も動き出そうとする。
板書を取り終わると、デイビッドはまた手元の本に視線を落とし、誰とも目を合わせようとしなくなる。
そこへ、バン!と机を叩く大きな音がして、驚いて顔を上げると、しかめっ面でこちらを睨むシェルリアーナと目が合った。
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