黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

予期せぬ展開

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そしてついにやって来た水曜日。

デイビッドは午前中いっぱい可能な限り資料を読み込み、自分なりのノートを作って頭に入れていた。
こういうところが几帳面というか、真面目な性格が出て余計な仕事を自分に課しているのだろう。


ヴィオラが海鮮にハマったので、昼はこの辺りでは滅多に出回らないイカ墨を使ってパスタを作ってみる。
ヴィオラがどんな反応をするか楽しみにしていたが、ためらうこと無く食べるので少しだけ肩透かしを食らった。

「おーいしー!!」
「こんな黒いもん、初見でよく食えるな…」
「本で読んだことはありますよ?美味しいって書いてありました!すっごく美味しいです!!」

逆にシェルリアーナは一瞬手が止まり、隠そうとはしているものの、狼狽えていた。
しかし、隣のヴィオラがモリモリ食べるので、少量口にしてからは気に入ったのか、フォークが良く動く。

その他にも、蒸しエビを使ったサラダと、燻製牡蠣のオイル漬けに、大きな貝柱のソテーも出した。

「言っとくけど!物凄い贅沢なのよ?!」
「早いとこ使わねぇと痛むだろ?それこそもったいねぇし、試験品だから味見してもらえる方がありがてぇしよ。」
「これ以上口が肥えたら外出た時困るのよ!!」
「割と庶民料理しか出してねぇのに…?」
「ヴィオラを見なさい!もう後戻り出来なくなってるわよ?!」
「はぁ…エビのお料理最高!」

ソースまでキレイに食べ尽くしたヴィオラは、すっかり海鮮の虜になったようだ。
遅れてやって来て、また出来たてが食べられなかったとゴネるエリックを置いて、ヴィオラとシェルリアーナは午後の授業へ、デイビッドはついに魔法学棟のベルダの研究室へと向って行った。

まだ数えるほどしか入ったことのない魔法学棟。
アーチを越え、研究室の並びを数えて七番目の部屋がベルダの魔草薬学研究室だ。
少し緊張しながらノックをすると、扉に大きなひとつ目が現れた。

「なんだこれ…?」
「 コードヲ 」
「喋った…?あ、防犯用のなんかなのか!まずいな…さっぱりわからん…」

そこへ丁度ベルダが走って来る。

「デイビッドくぅぅん!!待ってたよ!?ゴメンね、君に入室用のパスを渡しそびれていたよ。はいこれ失くさないでね?」

渡されたのは不思議な素材で作られた青い指輪だった。

「ドアにかざしてごらん?」
「こうか?あ、開いた。」

目玉は指輪を確認すると、何も言わず目を閉じてドアを開けてくれた。

「本来は認識用の魔術式をかざすんだけど、君には出来ないだろう?それは君専用のパスだから必ず持っていてね?!」

ニコニコといつも以上に機嫌の良いベルダに促され、デイビッドは研究室へと足を踏み入れた。

薬草の本と、瓶がずらりと並んだ薬品棚と、所狭しと詰め込まれたサンプル。
真ん中の大きな台の上には、実験で使われたのであろう薬品のシミや焦げ跡などが残っている。
(以外と片付いてはいるな…)

「さぁ、来たまえ!君の使う物はこの棚に全部入っているからね!早速だけど、物の位置と使う薬品の確認をしていこう!いやぁ、今までここにはほとんど来なかったけど、君がいてくれるなら毎日来てもいいなぁ。」
「俺だって用がなきゃ来ねぇよ…?」

渡された資料をまとめたノートを見返しながら、必要な物を確認し、ひとつひとつ取り出してまた戻していく。
細かにメモを取り、詳細を把握していくデイビッドをベルダは嬉しそうに見ていた。

「君は真面目だねぇ。こんなに真剣に取り組んでくれる生徒はなかなかいないから、嬉しいよ!」
「生徒じゃねぇよ。」
「あ、言わなかったっけ!?僕、来週から木曜の4・5校時目で講義するんだけど、君も受けてね?!」
「は?!」
「資格枠の講義だから、三学期いっぱいで必要な資格ふたつ取らせてあげる!校内で最終試験して6割以上点数取れれば受かる簡単なヤツだよ。僕の研究に必要な資格だから、がんばって取ってね?!まぁ君なら大丈夫だよ!」
「おい、そんな話聞いてねぇぞ?!」
「え?だって君、助手になってくれるって言った時、規約読んだでしょ?補佐員は指導者の指示に従うって書いてなかった?」
「それは…書いてあった…けど…」
「じゃ、従って!?」

ベルダが晴れやかな笑顔で迫って来る。

「アハハハハ!僕、君のその度肝抜かれた時の顔大好き~!そんなに驚かないでよ!大した事じゃないでしょ?生徒に混じって講義聞くだけだよ?」
「ふざけんな!!今更生徒って…」
「嫌だった?だって君、まだ生徒と同年代でしょ?一生の内今だけの貴重な体験だよ?!スクールライフも一度くらい味わっておくべきだって!」
「いらねぇよそんなもん!!」
「そんなに嫌がらないでよ!?それに、カトレア様にも報告して許可もらってるから、逃げらんないよ?!」
「なっ!!??」

悪魔との契約には代償が要る。
そして悪魔が欲しがるのはなにも魂だけとは限らない。

「ダメだよぉ?こんな白紙みたいなガバガバの契約書にサインなんかしちゃぁ。これが商談だったら今頃大損だよ?君って第三者が関わらないといきなり判断能力鈍るよね!もっと自分を大事にしないと、悪い大人に食い尽くされちゃうぞ?
!」

背中を冷たい汗がつたい、頭が真っ白になって後悔したがもう遅い。
助手としての拘束時間中、デイビッドはベルダの手の平の上だ。
せいぜい弄ばれないよう抵抗するしか手立ては無いが、果たして出来るだろうか。
出会った当初、あれだけ頼もしいと思ったベルダが、今は白衣をまとった悪魔に見える。


観念して黙って作業を続けるデイビッドに張り付いて、ベルダは楽しそうにあれこれ指示を出していた。

「じゃぁ早速だけど、最初の手順を覚えていこうか!?まずは洗った素材を繊維に沿ってほぐして、まずは3種類の方法で成分を抽出するよ?!」

単純に煮出す方法と、エーテルに漬け込んで分離させる方法、そして蒸留の3つの方法で、薬草の成分を抽出し、それぞれの薬効成分を更に凝縮させていく。
乾燥用の薬草も用意し、陰干ししたら次は生薬をすり潰す。

全工程手作業な上、他者の魔力の影響を避けるため、手助けは一切無い。
魔法が使えればほんの数分で終わる作業を、何時間もかけてひとつずつ行っていく事になるが、これを仕事と割り切ればデイビッドは文句も言わず、ただひたすら黙々と手を動かした。
そう黙々と…


「なんにも言わなくなっちゃったんだよ…」
「ソレハ メガネガ ワルイ」

結局、時間いっぱいまでかかって出来たのは、次の工程の下準備だけ。
次回はこの作業と並行して次の工程にかからないといけない。
細かに取った記録と試験薬の確認と、今後の工程の手順の把握と、とにかくやる事が尽きない。
初日の内にできる限り詰め込んで、デイビッドは一言も口をきかずに帰って行った。

「返事すらしてくれなくなっちゃって…」
「メガネ チョウシニノルト シツコイッテ リディア イッテタ」

リディアもそれを肯定するように頷いている。

「デイビッド コナクナッタラ メガネ ユルサナイ」
「睨まないでよアリー…」


同じ頃、デイビッドの研究室ではエリックがこれまた珍しい光景を見て驚いていた。

「なんか“虚無”って顔して帰って来ましたね?!」
「あー…悪魔と契約した方がまだマシだったなぁと…」
「ベルダ先生の手伝いしただけですよね?」
「んー…立ち直るのに時間欲しい…」
「そんなに?!何があったんですか?!」

デイビッドは戻るなり無表情でソファに倒れ込み、天井を見上げたまま動かない。

悲しいかな、契約や誓約といった類の制限にデイビッドは心底弱い。
加えて、そんな物に軽々しくサインをしてしまった過去の自分が許せず、自己嫌悪に陥っていた。
数多の駆け引きで優位に立ってきた経験もあり、久々の敗北が余程堪えたようだ。

今はせいぜいベルダのオモチャにされないよう抗うより他ない。
予想を超えた代償に、デイビッドは少しだけ心が折れそうになっていた。
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