黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

三学期

年明けから1週間。
明日から三学期が始まる。

招集を受けた教員室では、今後の方針や進学に向けたカリキュラムの説明のあと、時間の割り当て表が配られた。
(あれ?担当時間減ってる…?)
週四コマ担当だったデイビッドの枠は、三学期は二コマにまで減らされていた。
その代わり土曜の特別講義枠にランダムに名前が入っている。
アデラ語と帝国語、それから何故か隔週の調理実習。
(入れたのか…これを俺に担当しろと…?)

そして目に付いた毎週水曜午後の“研究室補佐”の文字。
(コレか!例の助手の話…)

そこへ、ベルダが珍しく教員室に現れた。
「ヤッホー!デイビッド君、明後日からよろしくね?!もう楽しみで楽しみで、ずーっと準備してたんだから!」
「はぁ…まぁ…補佐の範囲でなら仕事はするんで…」
「良かったぁ!じゃ、はいこれ。研究要項と基礎知識と基本作業の指示書、一通り目を通しておいて!」
「割と量あるな…」
「全部一気にじゃなくていいよ!それじゃ、明後日待ってるからね?!」

意気揚々と去って行くベルダの後ろ姿を見ながら、なかなか面倒な三学期の流れを把握していく。
(月曜の3校時が領地経営科で、事業の運営と資料の作成以外の項目で講義…内容が絞られてきたな。金曜の最終校時が商業科…土曜の2・3校時目がランダムで、水曜の午後が研究室補佐と…拘束時間が割と長いな…)

そして最後に配られたのは留学生と、視察と体験希望者のリスト。
エルムとアデラとキリフから王侯貴族が来るらしい。
(…よし、こっちは知らない振りするか…)

 
自分の研究室に戻り、渡されたベルダの研究資料を読むと、そこそこ専門的な技術が必要で、手順も複雑だった。
要は魔術を要する製薬方ではなく、同じ薬剤を一切の魔力に晒さずに精製した場合の、効果と対価の変化について検証がしたいというものだ。

魔力持ちも魔力無しも、必ず無意識に体内に魔素を取り込み、体内の魔力を放出しているものだ。
それが呼吸と変わらぬ現象でもある中、魔力の影響も無く魔素の循環も一切行われない人材は極めて珍しく得難い存在だ。
(けっ…こう手間がかかるな…まぁ時間はあるみたいだし、これも仕事の内か…)


昼頃まで集中して文書とにらめっこしていると、廊下からいつもの声が聞こえてきた。

「…じゃぁまた一年一緒にいられるんですね?!」
「そうよ?!次は院生だから魔法学棟にいることが多くなるけど、ここにも必ず来ますわよ?!」
「嬉しいです!!」

部屋に入るなり、ヴィオラはシェルリアーナの手を取ってくるくる回る。

「デイビッド様!聞いて下さい、シェル先輩があと一年学園にいる事になったんです!」
「へぇ。りゅ…術師号でも取るのか?」
「今、留年て言いかけたでしょ?」
「どっかの研究室でも入るんだろ?!わかってるって!」

狼狽えるデイビッドを訝しみながら、シェルリアーナはソファへ腰掛けた。

「明日からですね、新学期!」
「今日は思い切りのんびりしましょ!」

2人は山積みの本の側で、ソファに座りくつろぎながら今日は読書三昧といくらしい。

紅茶と山盛りのサンドイッチを手元に置くと、エリックもそこに混ざってゴロゴロしだしたので、デイビッドはまた1人温室へ逃げて行った。

「デイビッド、キテクレタ。デモ、ナンダカ ツカレテル…」
「アリーには隠せないか。そうだな、年末から色々あって少し疲れたかもな。」

いつものベンチに座り、テーブルに資料を出したが読む気が起きない。
遅々として進まないヒュリスの研究も、新薬の開発も、今はぼんやりしてしまい手が付かず、珍しく欠伸まで出てしまう。

「デイビッド、ネムイノ?ダッタラ ワタシ テツダッテアゲル!」
「手伝うって…何を…待て待て待て!アリー!?なんだ今のフッてしたヤツ!花粉か?なんかそういう粉的なモンか?変なもん飛ばすなよ?!なぁ?!なんだ…すっげぇ甘い匂いが…ちょっ…まて…なんだこれ…ヤバい…眠……」

日頃からアリーの予測不能な行動に振り回されがちなデイビッドだが、今回は抵抗虚しく強制的に眠らされてしまった。

「オヤスミ」

アリーはテーブルに突っ伏して眠るデイビッドを優しく撫でた。
手の中の植物とは違う体温とやわらかさのある生き物にそっと寄り添い、その鼓動を感じ取る。

「おや、今日は寝かしつけられちゃったのか!こうして見るとまだまだ子供だねぇ。にしても、こんなに気配を沈めて眠る人他に居ないよ?まるで魔物みたい。」

ベルダはくすくす笑いながらデイビッドに上着を掛けた。

「アリー、イタズラしちゃダメだよ?」
「シンゾウノ オト キイテタ」
「大丈夫、ちゃんと生きてるよ。」

リディアに呼ばれてアリーが行ってしまうと、ベルダは書きかけの研究資料に目を通した。

「魔力無しで良くここまで調べられたものだね。でもここが限界かなぁ。魔草の精製には魔力が必須になるから…あとは僕に任せておきなさい。」


独り言を言いながら、楽しそうに資料をめくるベルダの横で、デイビッドが目覚めたのは5時間後だった。

「デイビッド オコッテル…」
「今回はちょ…っと怒ってるかな…予告無しでいきなり一服盛るんじゃない!!こっちは最悪そのまま永眠する可能性だってあるんだぞ!!」
「えー?そのくらいのスリル楽しもうよ。異種族間交流の醍醐味じゃない。」
「狂科学者は黙ってろ!」

いつもより不機嫌に温室を出て行くデイビッドを、アリーは少し悲しげに見送った。


「ちょっと、遅いじゃない!お腹すいちゃったわよ。」
「あんだけあったサンドイッチは?!」
「ほとんどエリックが食べちゃったわ。」
「いやぁ、本読みながらで余計に手が止まらなくなっちゃって!」

5種類三斤分のサンドイッチがなくなり、夕方前にして既に空腹を訴える3人に、今日は残り物処分のリゾットとコテージパイに、氷漬けで送られてきた海老でビスクを作る。

「わぁ!このスープ美味しい!!」
「海老がこんな内陸で食べられるなんて、思いませんでした。よく運べましたね。」
「冬限定で船も最速便使うからかなりコストかかるけどな。まぁ試験的に色々やってみてるとこだ。」
「海のご馳走…いつか本物も食べてみたいです…」

連休最後の日を堪能した2人は、明日に向けて早めに部屋へ戻って行った。


「あーあ。明日からまた授業ですねぇ。」
「俺は授業より明後日からが気になってしかたねぇよ…」

横になって明かりを消しても、デイビッドは全く眠れる気がしなかった。
(昼間しっかり寝過ぎた…いや!あの眠気は恐怖に近かったな…!)

結局一晩寝られず、ランプの灯りの中でひたすら研究要項を読んで過ごす事になったデイビッドだった。



三学期はどの学年も進学や卒業に向けて忙しい。
1年生も期末のテストに向けて初日から皆余念がない。

「俺の授業もテスト範囲にかからないトコだけになったから、しばらくは畑と生産物中心になるぞー。」
「はい!先生質問いいですか?」
「お、どうした?」
「先生の新しい領地では何をなさるんですか?!」
「しまった…アレ見られてんだったか…」

腹立たしい夜会の記憶。
大規模な催しだけに、あの場には生徒も大勢いた事だろう。
報奨の目録は読み上げられ、既に何を受け取ったか周知されてしまっている。
まだ視察どころか位置すら正確に把握していない、デュロック領の飛び地。
はて、何をと言われても…

「それな、まだなんも見てねぇから、これから考えるとこだ…」
「元公爵領の一部ですよ?!」
「うわ、一番厄介な部分切り売りされてた!よく知ってんな!?」
「先生、僕のとこすごい端っこですけど、お隣になるのでよろしくお願いします!」
「そういうこともあるのか!あんまよろしく出来るかもわかんねぇよ?」

これは早めに詳細を確認しないと、今後も質問攻めにされそうだ。
(早いとこ確認くらいはしなきゃか…メンドクセェェ!!
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