黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

お誘い

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「はい!そこまでにしときなさい!」

何故か横から現れたシェルリアーナが、ヴィオラを剥がしてソファに座らせた。
抱きしめ返そうとしたデイビッドの腕が中途半端に終わる。

「駄目よヴィオラ、遠征直後の男性にベタベタ触っちゃ!神経が昂ぶってるから何されるかわかんないわよ?!」
「3日でそこまでなるか?!」
「さっき演習場で人前でキスされて泣いて帰って来た子もいたのよ?」
「普段あんな煽って来る癖にこういう時だけ警戒すんのなんなんだ…?」

外では帰って来たムスタにファルコが甘えてじゃれつき、嫌な顔をされている。
待つだけの方からすれば、3日という時間はとても長いのだ。


デイビッドが食事の支度をしようとすると、ヴィオラが慌てて止めに来た。

「ダメです!座ってて下さい!疲れてる時はお仕事しなくていいんです。」
「いや、そんな疲れては…」
「私、いつも何かしてるといつの間にかご飯が用意されてて、気が付くともう片付いてて…その間ずっとデイビッド様が動いてくれてる事に甘えてました。これからはもっとお手伝いもします!力にだってなります!してもらった分たっぷりお返しもしたいんです!だから今日はデイビッド様が座って待ってる番ですよ?!」
「…わかったよ…ありが…」
「はぁ~なんて健気で可愛いのかしら…流石私のヴィオラ!」
「お前の?!」

当然の様に座って待っているシェルリアーナにやや納得はいかないものの、久々の誰かが作った食事は自分で用意した物よりもずっと温かく感じられた。


食後のお茶を飲む間に、デイビッドは例のトカゲの腹から出てきたガーネットを取り出して見せた。

「わぁ!キレイ!」
「こんな物が魔獣の体内にあったなんて…」
「質の良いガーネットですね。未加工のままで充分宝石として通用しますよ。むしろ天然物としての希少価値の方が上がるかも。」
「ちょっと見せてくれるかしら?」

シェルリアーナがガーネットを光にかざして真剣な顔をする。

「僅かだけれど、魔力を帯びているわね。トカゲの魔力に当てられて少しずつ浸透したんだわ。魔石には及ばないけど、お守り程度にはなるはずよ?」

全ての石がそうなるわけではない。
不純物の無い結晶のみがこの性質を持つことが出来る。
この真っ赤なガーネットに宿ったトカゲの力は、持ち主を守護してくれるだろうか。

「ひとつはヴィオラに渡そうと思って…」
「いいんですか!?こんなに素敵な物…どうしよう…」
「で、もうひとつなんだけど、ちょい装飾足すんでヴィオラからアザーレアに贈ってやってくれるか?」
「アザーレア様に?!どうしてですか?」
「アイツの家紋がトカゲなんだよ。色もぴったりだろ?今後もなんかあったら思い切り頼れるように、先手打っとこうかと思ってよ。」
「ヴィオラ様からこんなの貰ったら狂喜しそう…」
「プロポーズと思われて連れてかれちゃわないかしら…」
「あくまで世話になった礼って事にしとけよ?!頼むから!!」


日が落ちて寮に帰るヴィオラ達を送って行く途中、ヴィオラはずっと何か話したげにしていた。

「何かあったのか?」
「あ!いえ…その…デイビッド様は妖精のお祭りはご存知ですか…?」
「あぁ、春の妖精を迎える祭りか。緑の服着てリボンを探すやつだろ?次の満月だっけか?」
「はい!そうです!!」

春を迎える祭りはいくつかあるが、“妖精の日曜日”と呼ばれるこの祭りは、冬が終わって最初の満月の日に、老若男女で緑の物を身に着けて春の妖精を招き、色とりどりのリボンを隠して探し合う祭りだ。
女神信仰の厚い王都ではそれほど盛んではないが、当日はやはり緑の物を持った人々がよく見られる。

「ローベル領では、毎年必ず大きなステージを作って歌や踊りを披露していたんです。」
「そういや郊外の方でもやってるのか。」
「テオ君が、今年は流れ星の時期と重なったから、特に盛大にやるよって…それでですね…もし…デイビッド様が良ければ…」
「行ってみようか?」
「いいんですか?!」
「そういう時は遠慮しないで言ってくれよ。今年はヴィオラの望む所にはみんな行きたいし、したいことも全部叶えたいんだ。今しか出来ない事は山程あるし、逃したく無い。全部楽しもう?」
「ありがとうございますデイビッド様!!」

見上げた夜空に浮かぶ月はまだ半月を少し過ぎた頃で、祭りまでまだ時間がある。
何を用意しようか考えていると背中に衝撃が走った。

「ナニいい雰囲気出してんのよ!私を無視すんじゃないわよ!!」
「しまった、まだいたんだった。」
「自然と見せつけられるとムカつくのよ!!ヘタレは今まで通りヘタレてなさいよ!」
「理不尽極まり無い……」

シェルリアーナにどつかれながら、2人を寮へ送りぶらぶら部屋へ戻ると、いきなり身体が怠くなった。
今頃官舎に戻った連中もぐっすり眠っている頃だろう。

「俺も寝るか…」
「そうして下さい。どうせ火の番でも引き受けていたのでしょう?ちゃんと休んで下さいな。」
「んー……」

エリックはこんな時にもベッドでは寝ようとしないデイビッドに布団を掛けてやると、灯りを細くし、自分のワインを温めながら隣で本を広げた。
(お休みなさい…)
明日からまた騒々しい毎日が待っている。



話は少し戻って遠征の数日前。
デイビッドは王立の薬学研究所と植物研究所の責任者達と顔を合わせ、ヒュリスの栽培と薬品開発と研究の承認を受けるため、王城の召喚に応じていた。

「はぁ?髪の薬?まぁ、薬には違いないのでしょうがね?!」
「あれだけ期待させるような発言をしておいて、できたのがたかが整髪料とは!なんともお粗末な…」
「全く、人騒がせにも程がある!こんな事ならあんな草、さっさと登録してしまえば良かった。期待外れもいい所だ!」
「何にせよ、悪魔の毒草から出来た薬がただの化粧品だったとは、片腹痛い物ですなぁ。」
「承認?まぁいい、危険はないようだしな。ハチミツ毒さえ警戒すれば、魔草とは言えただの草と同じだ。好きにすればいいさ。ホラ、持って行け。」
「…ありがとうございます…では、これで失礼します…」

好き勝手人を馬鹿にするお飾り重鎮共は、デイビッドが前回と打って変わって殊勝な態度を見せると、散々嫌味を言ってから承認証書に押印とサインをして投げる様に寄越した。
成果が出せず打ち拉がれた風を装って、決定的な重要書類を手に入れたデイビッドは要項を確認して内心ほくそ笑む。
会議室から一歩外に出た瞬間、足取りも軽く廊下を歩いていると、今度はアーネストが声を掛けてきた。

「デイビッド!!来てたなら顔くらい見せて行けよ!」
「ヤなこった、こっちはまだこれからやる事が残ってんだよ。お前等のせいでな!?」

デイビッドがアーネストの顔の前でピラピラ振って見せたのは、魔素発生地の報告書だ。

「魔素地だと?!まさか、あの領地に魔素溜まりがあったのか?!」
「ずいぶん前からみたいだぞ?上から見ただけだが、かなり広範囲だった。恐らく切り捨てたんだろうな。知らずに受領した貴族院も間抜けなこった。で、そんな土地誰もいらねぇってんで都合良く俺に押しつけたんだよ。」
「そんな事になっていたなんて…これからどうするんだ?!」
「まずは現状の把握と、規模と周囲の影響範囲と魔素の浸透度計測して、支援が決定したら予算組んで…まだなんにもわかっちゃねぇから、正式な調査が要る。ま、追々考えるよ。」

ついて来るアーネストに、今度はデイビッドが話かけた。

「所で、アレックスってのが粛清を受けたってのは本当なのか?」
「う…そう…そうなんだ…でも、何か事情があるらしくて、今精神鑑定をしている所だ。」
「精神鑑定?!」
「何かしらの魔力に寄る意識操作をされた痕跡があって、様子がおかしいんだ…何かを崇拝している様な…でも以前はそんな様子はなかった。気をつけろよデイビッド!お前だって狙われるかもしれないんだぞ?!」
「もうそろそろネタ出尽くしたんじゃねぇのかってくらい狙われた後にか?!あとはなんだ?狙撃か辻斬りくらいしか残ってねぇんじゃねぇの?」

それを聞いたアーネストは、ゾッとした顔で廊下を行くデイビッドを見送った。
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