黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

おかえりとただいま

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「ここで最後か。ん?こっちは臭いがしないな。ほほぅ、成果は1頭。しかしなかなかいい仕事をしている!この状態なら買い取りが可能だぞ。銀貨2枚でどうだ?」
「え?!買ってもらえるの?!」
「マジで!?」
「肉は難しいが、皮と爪は需要がある。使える部分の面積からして、こんなもんだがな。」

ギルドマスターがいきなり本業の顔になり、獲物を値踏みし始めると、そこへデイビッドが待ったをかけた。

「今の相場なら、銀貨2枚に大銅貨5枚は付けていいんじゃねぇか?大岩トカゲの爪は装飾品としても人気があるだろ?」
「うっ…しかし損傷部分もあるしなぁ…銀貨2枚に大銅貨3枚!これでどうだ?!」
「…あ、いや…別に俺が売るワケじゃねぇし、そもそも金に替えていいのか?」

コールマンの方を見ると、難しい顔をしているので、恐らく授業中の討伐で得た成果の換金はあまりよろしくはないのだろう。

「ダメだとよ。」
「そうか…しかたない。後続隊、成果大岩トカゲ1体と……ちょっと待て!!そっちに積んであるのはなんだ!?それもトカゲの革だろう!?」
「これは俺が仕留めたやつだから、成果には入れられねぇよ?」
「一枚革?!しかもこの色艶!上物の上に処理も完璧だ…大銀貨1枚出す!売ってくれ!!」
「だからダメだって…勝手に広げるなよ。」
「この鹿革も素晴らしい!若い雄か…模様がはっきり出て毛並みが美しいな…これも…」

その辺りまで喋ったところで、後ろの従業員達に引き摺られながらギルドマスターは退場して行った。

「あんな上物、他に卸ろされたら大損だぞ?!頼む!ウチに入れてくれぇ!」
「お騒がせしました…失礼します。」

頭を下げるギルド職員達がいなくなると、一行はようやく学園へと帰還して行った。



デイビッドが留守の間、ヴィオラは毎日のように魔法の特訓に明け暮れていた。

「そうそう!上手よ?!一点に魔力を集めて、指先に集中させるの。」
「はいっ!」

シェルリアーナに教わっているのは治癒魔法。
簡単な止血と、細胞を活性化させて傷を修復させる方法を学んでいる。
1年生の間に基礎を学んだ学生達は、2年生からは基本の授業の他に、自分の専攻を決め学びたい学問に特化した授業を受講することが出来る。
ヴィオラは魔法学を狙っていて、今はその予習に余念がない。

「ハァハァ…どうですか…?」
「良くなったわね。これなら打ち身や切り傷なんかはもう治せるわよ?!」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして!あ、ひとつだけ忠告しておくけど、には絶対使っちゃダメよ?!傷は治っても拒絶反応で最悪死ぬからね?」
「そんなぁっ!!」

婚約者がどんなに怪我しても、自分が癒し治せたらと覚えた治癒魔法が、当人にのみ使えない事を知り、ヴィオラはすっかりしょげてしまった。

「そんなにがっかりしないで。ほら、今日はアイツが帰って来る日でしょう?他の女の子達ももう演習場に集まってたわよ?!」
「そうでした!私も行って来ます!」

朝からずっとそわそわしていたヴィオラは、ソファから立ち上がると外へ駆け出して行った。

騎士科の後輩組や婚約者を待つ女の子達と演習場で待っていると、先行隊の馬が先にやって来た。
馬上から涼しい顔の隊長役の貴族子息が手を振ると、歓声が沸き上がる。
周りはその足元で足を引きずるように歩く下位貴族や平民になど、目もくれないようだ。
更にくたびれ切った中隊が到着し、その場にへたり込む。
その後ろを後続隊が駆け足で飛び込んで来た。

「帰って来たぁー!!」
「いやー楽しかったな!?」
「たっだいまー!!」
「あー疲れたー!」

こうして騎士科3年生による一個小隊の遠征訓練は終了した。
隊長役の生徒と教員陣より(どうでもいい)言葉をもらい、最後に解散の号令に返礼し、各自荷物を担いで官舎へ戻って行く。

デイビッドは預かっていた荷物を降ろし、ひとりひとりに渡しながら話をしていると、カインがその肩を小突いた。

「なんだよ。」
「来てるぞ?あのコ!行かなくていいのか?!」
「あぁー…」

視線の先にはヴィオラが待ち切れない様子で立っている。

「ただいま…」
「おかえりなさいっ!!」
「干しりんご、ありがとう。すごく美味しかった…」
「喜んでもらえて良かった!自信作だったんです!」
「後で見せたい物もあるから、研究室に来てくれるか?」
「はいっ!」
「じゃ、また後でな…」

ヴィオラは飛びつきたい気持ちを堪えて、手を振るデイビッドが荷物を片付け、ムスタを連れて行く姿を見送った。

ボロボロになっている他の生徒と見比べても、デイビッド含む後続隊は皆元気で、顔色も良い。
少しだけ安心したヴィオラは、高鳴る胸を押さえて研究室へ戻って行った。


「風呂入ろうぜ!!」
「デイビッドも来いよ!騎士科の風呂場広いんだぜ?!」
「他のヤツまだ荷物運んでたから、今ならすいてるよ!」
「裸の付き合いしよー!?」
「わかったから引っ張んな!!」

ムスタを騎士科の馬房に繋ぎ、この3日間共に過ごした8人に連れられて、デイビッドは官舎の離れの浴場へと入って行った。

以前は湯垢とカビだらけだった風呂場は、ブチギレたシモンズの監督と生徒の努力により、タイルひとつ汚れなくピカピカだ。

いつも薄暗い研究棟のシャワー室と違い、明るくて広さのある洗い場に、大きな石の風呂釜が据えられている。
旧型の魔導式の物で、給湯用の魔石と浄化の術式が組まれていて、常に清潔な湯が足されているようだ。

風呂に入る前には、徹底的に体を洗えとシモンズに教えられているカイン達は、まずは個々のシャワーで汚れを落とした。

「あー…気持ちいぃなぁ…」
「泡が真っ黒!よく洗わねぇと!」
「髪がベタベタだ…」

デイビッドもその中に混じり熱い湯を浴びていると、カインがひょっこり覗き込んで来た。

「うわっ!お前なんだのその傷跡?!」

その声に他の生徒もわらわら寄って来る。

「わー!すごい傷だらけ!」
「ドラゴンとでも戦ったのかよ?!」
「前にも後ろにもずいぶんあるな…」
「歴戦の戦士って感じがする!」
「かっけぇぇっ!」
「見せモンじゃねーぞ!さっさと洗って風呂入れ!!」

あまりにも予想通り過ぎる展開に嫌気が差して、デイビッドはまた直ぐに体を洗って出て行ってしまう。

「入んないの?気持ちいいのに。」
「魔道具と相性が悪いからな。風呂で溺れるのは勘弁だ。」

いつものシャツに着替え、傷が沁みて湯船に浸かれなかった生徒達の怪我を診てやってから、ようやく自分の研究室へ戻る。
何も変わらないいつもの部屋と、ドアを開けてすぐに見えたヴィオラの顔に心底安心する。

「デイビッド様!会いたかった!!」
「ごめんなヴィオラ。留守の間何もなかったか?」
「はいっ!毎日シェル先輩とここに来て魔法の練習してました!私、2年になったら魔法学の専攻を受けたいんです!」
「そうか…ヴィオラならいい魔法使いになれるよ。」
「あと、棚のお菓子全部食べちゃいました…」
「ハハハ!また作っとく…所で…そろそろ中に入ってもいいか?」
「ああっ!ごめんなさい!!」

ドアの前から一歩も入れずヴィオラにしがみつかれていたデイビッドは、ようやくソファに座って一息吐くことが出来た。

「おかえりなさいデイビッド様。言われた事は全部終わらせてありますよ。」
「なんでたかが3日の留守番でそこまで得意げなんだよ…」

エリックは何時もよりラフな姿でふんぞり返っている。

「私、お夕食にポトフとミートパイを作ったんです!」
「そりゃ楽しみだな!」
「デイビッド様…」
「え?…」
「…おかえりなさい……」

座ったままのデイビッドをいつもと逆にヴィオラが抱きしめる。
立ったままのヴィオラに抱え込まれたデイビッドは、ヴィオラがよく「ギュッてして」と言う気持ちが少しわかる気がした。
人の温もり、包容される安心感、相手の鼓動と手の優しさがとても幸せに感じられる。

「ただいま…ヴィオラ…」
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