黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

アリーに任せて

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顔色が戻らないデイビッドが話を続ける。

「似たような事は前にもあったんだ…もっと軽くて吐き気もしない程度で、目眩に近い様な感じの…魔法学の研究室で、たまに…あの時はイヴェットとなんか話した後だったな…」

それを聞いた瞬間、イヴェットの頭に耳が生えた。
毛が逆立ち、かなり動揺しているようだ。

「イヴェット…貴女、心当たりがあるんでしょう?」
「な…なんのことかな…?」
「貴女、魅了を使って人の心理を覗く事があるでしょ?!それなんじゃないの?!」
「そ…そんなことは…」
「前科持ちのクセに白々しいのよ!白状しなさい!この!!」
「あっ!あっ!ヤメて!みみひっぱんないで!!ゴメンってば!ボクはリズほどおしゃべりがうまくないから!デイビッドくんのかんがえてることもっとしりたくて!つかいました!みりょうのまがんつかいましたぁ!!」

シェルリアーナにこねくり回されてついにイヴェットが白状した。
今までにも数回、妖精の魔眼を使い魅了をかけて問答したことがあったそうだ。
この頭の奥に靄のかかるような異質な体調不良は、どうやら魅了魔法の効果らしい。

「効果…と、言えるんですかね?」
「確かに、魅了自体にはかかってはなさそうね。」
「拒絶反応なんだろうね。魅了って精神系の中でも特殊で、相手の魔力に浸透して内側から惹きつけて好意を増長させる様なものなんだよ。だから侵せる魔力が皆無な上にこの反魔性体質だろう?精神系の猛毒を盛られたのと同じ事が起きたんだと思う。」
「だったらさ!体内に浸透した魔力を抜けば治るんじゃない!?」

「ソレナラ アリーニ マカセテ!!」

いつから話を聞いていたのだろうか。
後ろから現れたアリーがデイビッドをツタで絡め取り、頭を撫でた。

「ダイジョウブ ダイジョウブ コワクナイカラネ?」
「いや!怖いって!!何する気で…イダダダダダダ!!!またコレか!?バチバチする!ビリビリする!シビれる!シビれてる!アダダダダ!!」

アリーが他者の魔力を吸収する時、神経にでも作用するのか電気が流れるような刺激が起きる。
まだアリーが進化する前、人との接し方やデイビッドへの理解がちぐはぐだった頃、デイビッドはよくこうしてアリーに酷い目に遭わされていたものだ。
アリーはツタの中でもがき苦しむデイビッドを見て、自分のやらかしてばかりいた頃を思い出し、少し懐かしんでいた。

やがてツタから解放されたデイビッドは、ぐったりと動かなくなった。

「あ、顔色良くなってる!スゴイねアリーちゃん!」
「デイビッドノナカニイタ キモチワルイモノ アリーガゼンブ、エイヨウニシタ!」
「なるほど、魔草の栄養素は魔力ですから、どんな形であれ魔力なら肥料になるんですね!」
「デイビッドニ カラミツイテタ ヘンナマリョク オイシクナイ デモ ツヨクテシツコイ」
「強くてしつこい魅了なんて…アンタ良く平気で居られたわね!?」
「平気なもんか!死にかけてたの見てただろうが!!」
「解毒剤、必要なかったですね…」
「薬で解決できるならそうして欲しかった…」

身体が痺れたまま動けないデイビッドを囲んで、5人が色々話し合う。

「そもそもの話、ベストを着てなかったからこうなったんじゃない?!あれさえあれば魔力が浸透することなんて無いはずよ!?」
「あー、最近面倒くさがって椅子に掛けっぱなしなんですよ。魔法薬を作る際には魔力を帯びた物は邪魔になってしまいますし、どうせ脱ぐならって…」
「呆れた、あんだけ命狙われといてまだそんな事言ってんの?」
「もっと気をつけなくちゃ、自己防衛は貴族の基本だよ??」
「デビィになにかあったらヴィオラちゃん泣いちゃうよ?!」
「その前に俺が泣きそうだったけどな!?」

シェルリアーナとイヴェットがそれぞれの目で確認しても、もうデイビッドの中に異質な魔力は残滓すら残されていない様だった。

「しかし、驚きました。まさか魅了が効かないとは…」
「あら、効かないわけじゃないわよ。現に魔力尋問は受けられたんだし、多少の好意や同意があればちゃんと浸透するのよ。」
「魔力が無いからそこまで心が動かないだけで、精神への作用はあるんだ。僕の弱い魅了にも反応はあっ…ゴメンなさい!もうしないからそんな目で見ないで!?」
「イヴェットの時も頭に蛆が湧いたの?」
「…ような感じがするってだけだからな?!そんな酷くはねぇよ。これに比べたら、ミミズが一匹這ってるようなもんだった。」
「やっぱり何か湧くんだ…?」

しかし、デイビッドはかなり強力な魅了をかけられても、好意を寄せるどころか完全に拒絶した。
精神魔法への抵抗は、相当強い精神力と気力が無ければできない。
恐らくその反動がこの体調不良なのだろう。

「そろそろ部屋戻んねぇと…」
「フラフラじゃないか!無理しない方が…」
「いや…たぶん、ヴィオラが1人で待ってるから…」

まだ痺れの残る手足をやっと動かしながら、デイビッドがヨロヨロと温室を出ていくのをエリックが追いかける。

「皆さんありがとうございました!助かりましたよ、それでは失礼します!」
「デイビッド君、お大事に!」
「エリック先生甲斐甲斐し~。」
「普段甘やかされてんだから、こんな時くらい役に立たなきゃクビにされるわよ。」
「それにしても…魅了かぁ…彼を魅了して虜にできたら、どんな事ができるかな…?」
「イヴェット…?!」
「違うって!相手がどんなつもりで魅了を使って近づいて来たのか気になっただけだよ!」
「うーん…まずは婚約者へのマウント?」
「そんなかわいいものかしら?ああ見えて、数え切れない程のコネと権力と財力の持ち主よ?」
「今現在抱えてる機密情報だって、ひとつでも国が動きそうな案件ばっかりだしね。そんな相手を自分の言いなりの手駒にできたら…どんな悪事が可能になるだろうね…」

イヴェットの一言に、その場がシンと静かになる。

「とにかく、あのイカレ聖女を今後は完全にマークする事ね!絶対に2人切りにならない事!私達だって何されるかわかんないんだから!」
「目的も謎のままだしね。」
「案外ただのタカりだったりして。」
「一度に金貨何枚も平気で使えちゃうんだもんね…」
「それ考えたら、ヴィオラちゃんてすごいよね。」
「え?」
「デビィのことだもん。ヴィオラちゃんが願えば全部叶えちゃうんじゃない?なのにそんな事しないんだよ。偉いよね!」
「そこは…私も本当に良かったと思ってるわ…新作のクッキーが食べたいくらいのお願いしかしない子で…」
「それで新作のクッキー焼いちゃう人なんだね彼は…」
「翌日にはできてるわ…」
「それ、エスカレートしたら本気で怖いよ…?!」

クッキーが国取りにでもなったら?…それも叶えてしまうのだろうか…


(遅いなぁ…みんなどこに行ってるんだろう…)

コトコトと音を立てる鍋をかき回しながら、ヴィオラは部屋で1人昼食の支度をしていた。

鶏肉のスープに、クルミ入りの丸パンとオレンジとレモンのピールを混ぜ込んだ白パン。
カブとニンジンのラペに、畑の間引き菜のサラダ。
茹で卵とじゃが芋を潰して混ぜたら、リシュリュー風ソースをたっぷり加えて、砕いた焼きベーコンと黒胡椒を引く。

(まだかなぁ…)
ヴィオラが食器を出していると、廊下に足音がしてドアが開いた。

「あ!おかえりな…さ…どうしたんですか?!デイビッド様!」
「ヴィオラ…悪い、ちょっと油断してて…」
「リリア嬢の魔力に当てられて、魔力酔いだったのをアリーに治してもらったところなんですよ。」
「治ったんですか?!こんなにフラフラなのに!?」
「身体に染みた魔力を、無理やり魔力を使って掻き出すようなものですからね。魔力同士が体内で反発し合うので、かなり辛かったはずですよ?」
「指先まで痺れて身体が言うこときかねぇんだよ…悪いなヴィオラ…手伝えなくて…」
「そんなことないです!今日は私が全部用意しますから!デイビッド様は休んでて下さい!!」

クリーム色のエプロンをかけたヴィオラは、心配そうにこちらを見ながら、デイビッドの前に料理を並べていった。
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