黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

侍従 兼 護衛 兼…

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シェルリアーナは、デイビッドにしがみつくヴィオラをその腹から引き剥がした。

「さ、ヴィオラ?そろそろベッドに戻って。いい加減離れないと何されるかわかんないわよ?!」
「何もしねぇよ!!」
「アンタね、薄布の夜着1枚で婚約者が抱き着いて来て何もする気が起きないとか!その方が問題じゃない!?なんなの?中にワタでも詰まってんの?!」
「最高権力直下の城内でなんかしようって考える方がヤバくないか…?!」

デイビッドはどさくさに紛れて離れようとしないヴィオラを再びベッドへ寝かせ、明日また来ると約束して部屋を出た。
空の水差しを回収して外にいたメイドに渡すと、にっこり笑いかけられ、どこか気まずくなった。

「言いたいことひとつも言えなかった…」
「明日にしなさいよ。それにしても、随分長い事寝てたのね。」
「あぁ、こんな時間になってるとは思わなかった…あの後何があったんだ…?」
「…あの後…って、どの後の事よ。」
「夕方過ぎに、診察室から抜け出そうとしてシモンズ先生に見っかって…ぶっとい注射打たれたとこまでは覚えてる…」
「アンタそれ、3日も前の事よ?」
「は?3日!?」
「そう。ずっと目が覚めなくて、心配のし過ぎでヴィオラは倒れたんだから。少しは反省しなさいよね!?」
「3日って…じゃ…ヴィオラの誕生日は…」
「過ぎたわよ?まぁお祝いの雰囲気じゃなかったからパーティーはまた後日改めてって事になったけど。」
「そん…な…」

実はデイビッド、集会で人が集まる事を見越してヴィオラにバースデーのサプライズを企画していたアリスティアと、裏で色々用意していたのだった。
17歳の乙女を祝うちょっとした、それでも一生忘れられないようなパーティーにしようと、積み重ねたあれこれが、一瞬で無に帰した。

「嘘だろ……」
「アリス様も相当がっかりされてたわ。」
「また祝えなかった…」
「ああ、あとコレは言っておかなきゃ!アンタこれ以上城の中歩き回らないでくれる?」
「なんでだよ!」
「それについてはこれから話があるはずよ。かなり重要な王族命令に近くなるはずだから、大人しくシモンズ先生のとこに戻ってなさい。」
「なんなんだよ…?」

朝は厨房に籠もるつもりであったが、それも止めた方が良さそうだ。
解せないが、自分が眠っていた間に何があったのか把握しきれない内は大人しくしているしか無いと諦め、デイビッドはまたシモンズの診察室へ戻って行った。


「お帰りなさい。」
「暗がりで気配消すのヤメロ!」

デイビッドがこっそり診療室へ戻ろうとしたところ、闇の中に潜む人影に気が付き、こちらも用心して近づくと、ベッドに腰掛けたエリックだった

「一応聞きますけど、命狙われた自覚あります?」
「生きてたよ…」
「これから殺される人がウロチョロしないで下さいよ。」
「何言ってんだ?」
「貴方は死ぬんですよ、今夜これから。」
「エリック…?!」
「貴方が死んだら、どれ程の貴族が浮かれて動き出しますかねぇ…」
「おい…エリック…」

悪い冗談と笑い飛ばすには異様な雰囲気を醸すエリックに、デイビッドは僅かに後退った。

「って事で、アーネスト殿下は貴方の死を利用して、貴族相手にいよいよ膿の絞り出しにかかるそうです。なので貴方には大人しくしてて貰わないと。公にはしませんが、人伝にはになるんですよ。だからフラフラしないで下さいね?!」 
「脅かすな!!!」
「ヤダなぁ、僕が貴方を殺すはずナイでしょ?!」
「どうだかな…お前はデュロックの“目”なんだろ?だったら…」
「あー、やっぱり警戒してました?疑われてたんだぁ。心外だなぁ、僕は純粋にジェイムス様の個人的な雇用で動いてる、他でもない貴方の護衛ですよ?」

ひょいと立ち上がったエリックは、身構えたデイビッドの肩をポンポン叩き、にっこり笑って見せた。

「あ、でもどうします?死んだ噂が流れるなんて不名誉な事ですし、拒否しても良いそうですよ?」
「噂なんざ日常茶飯事、気にすんのも今更だ。」
「あっさりしてるなぁ。アーネスト殿下ってば、貴方の説得に自信がないからって、交渉と説得役を僕に押し付けて来たんですよ?」
「後で何かしらの取引き材料にはするからいい。」
「殿下もかわいそうに…」

明日から1週間、デイビッドは使用人部屋に匿われて過ごす事になるそうだ。
使用人の区画から出ない事を条件に、ある程度の自由は許されるが、基本1人で居なければならないので本物の貴族なら辛いところだっただろう。

他の王族達も高見の見物…基い、友が心配で残るそうだが、デイビッドは王族の泊まる貴賓室のある回廊に足を踏み入れることは出来ない。
そうなれば婚約者とも会えないのが普通だ。

デイビッドの部屋は、パントリーのすぐ裏手にあるコック達の私室の一角に用意されていた。
廊下で区切られた反対側がキッチンメイド達の区画でその先に中庭と、使用人達が洗濯や洗い物をする水場が設けられている。

ガランとした部屋の中には、空のクローゼットと寝具、テーブルと椅子が一脚あるだけで、食事は基本使用人用の食堂でするらしい。
設えられたランプは魔導式でデイビッドには点けられないので、蝋燭とオイルランプが用意されていた。


マッチの燃える匂いと共に柔らかな火が灯ると、エリックは改めてデイビッドと向き合った。

「ねぇ、デイビッド様は…僕を刺客だと思っていたんですか?」
「デュロックの当主には、必ず領地から見張りが付けられる…万が一使い物にならなくなったり、不利益な存在となった時、その息の根を止めて領地へ報告に帰る影が、人知れずにな。」
「でも、旦那様には特定の人物が付くような事はありませんでしたよ?」
「親父も死んだ爺さんも、王家直下で動いてたからな。いらなくなりゃ国が勝手に処分してくれるだろうってんで、途中で外されたんだ。俺は…役立たずのお荷物だから…早い内から目が付けられてもおかしくない。」

エリックは解せないという顔をしながら、デイビッドのまだ取れない肩の包帯を眺めていた。

「安心して下さい。僕は貴方を護るためにここにいるんですよ。」
「青い小瓶…」
「え?」
「渡されなかったか?深い青色した薬瓶。不治の病に冒されたり、助からねぇ怪我でもした時、精神がイカれた時だのに飲ませろ的なこと言われて、持たされただろ?」
「も…たされ…ました…旦那様の、補佐だった1人に…でも、あれは当主とそれに準ずる者専用の特別な薬だと…」
「デュロック秘蔵の劇薬だ。眠るように一瞬で命を奪ってくれるって話だぞ…?」
「そん…な…!」
「奴等らしい手口だよ。本人の意思なんざお構い無しで刺客に仕立て上げちまう。良かったな、俺がまだ人間のままでいて。でなけりゃ勝手に人殺しにさせられてたかも知れねぇぜ?ヴィオラに感謝しろよ?」
「なんで…ヴィオラ様…?」
「俺はヴィオラのおかげで人間のままでいられてんだ…でなきゃ今頃人の皮被ったバケモノになってた可能性の方が高い。トチ狂って何仕出かしてたかもわかんねぇぞ?そうなりゃどっかでその瓶の中身を使っただろうよ。」

自嘲気味に話すデイビッドは、相変わらず不機嫌な薄ら笑いを浮かべたまま、暗い窓の外を見ている。
エリックは、デュロックという謎多き一族の深い闇の一片を知り恐怖すると共に、この自虐的で可愛げの欠片もない年下の主人の度肝をどうやったら抜けるか、密かに思案し出した。


次の朝、ヴィオラは目を覚ますなりベッドから飛び起きた。
夜着を脱ぎ捨て、デイビッドに贈られた薄桃色のフレアドレスに、黒いリボンベルトをかけてワクワクしながら部屋で朝の診察を待っていた。
ソワソワと落ち着かないヴィオラを診て、シモンズは呆れながら離床の許可を出した。

「ありがとうございました、シモンズ先生!」
「はいよ、この年頃は単純で羨ましい…」

この日はアザーレアがどうしても抜け出せない仕事で大使館に行かねばならず、泣く泣くヴィオラを城に残して出かけて行った。

「明後日には戻るからなぁーー!!」
「お気を付けて姉上ぇー!」
「お前はいらん!ヴィオラの見送りだけでいい!!」
「酷っ!姉上酷い!!」
「アザーレア様、行ってらっしゃいませー!」

馬車を見送ったヴィオラは、朝食の前に朝のお茶を飲みながら、セルジオとカミール、ディアナ達と勉強や学園の課題を終わらせると、城内の広い階段を静々と降りて行った。
絨毯敷きの豪華な回廊の先には使用人用の通路が見えている。
厨房はその中腹にあり、今朝も良い香りが漂っていて、既にジャファルが扉に張り付いていた。
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