偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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「勇者じゃないから」

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(くそっ。間に合わないっ…)

ニルは珍しく舌打ちをして、全速力で走っていた。

魔族が作り出したふざけたダンジョンを抜け、魔王幹部討伐に向かった公爵の息子を救うべく魔物を斬り、走る。

やっと辿り着いたダンジョン最深部。
魔王幹部デュラハンの剣が怪しくギラリっと光り、公爵の息子の首目掛けて振り下ろされようとしていた。
まだデュラハンまでは遠く、その凶刃にニルの剣が届く事は無い。

(助けないと…。助けないと!)

ニルは一か八かで、自身の剣を投擲した。
投擲された剣はデュラハンと公爵の息子の間に刺さり、刺さった剣は守護の光を放ち、デュラハンの剣を弾いた。

首を庇おうとした公爵の息子の腕は斬れてしまったが、なんとか命は繋がった。

剣を防がれ、怒り狂ったデュラハンの刃はニルに向けられる。振り下ろされる刃を前にニルは氷魔法で即席で作った剣で迎え撃つ。

氷で作った剣は重いデュラハンの一撃の前で砕け、左目に焼けるような痛みが走った。激しい痛みの中、ニルは片方だけになった目で敵を見据えた。

神官に治療を受ける公爵の息子を背に庇い、痛みに耐え続け、デュラハンの命数討ち果てるまで剣を振り続けた。


「何故、剣を投げた」

片方だけになった視界に激しい怒りが滲む灰色の瞳が映る。
ニルの胸ぐらを掴むフラムを仲間達が止めに入るが、フラムはニルを睨み続ける。

(じゃあ…、俺はどうすれば良かったんだよ)

公爵の息子の命を救う為にはあれしか方法が無かった。命を救ったのに何故…。





チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる。

ニルは眼帯に覆われた左目に触れ、ぼんやりと木々の合間から見える雲を眺めていた。
ワンッと鳴き声と共に左横を歩いていた魔狼のクロが鼻先でニルの手を突き、散歩の催促をする。

「ああ、ごめん。ごめん」

尻尾を振って見上げるクロの頭を苦笑しながら撫でると右腕で抱っこしていたアオを抱っこし直し、歩みを進める。

森に住み始めてから約一ヶ月が経つ。
小屋に引き篭もりがちだったニルも段々と心に余裕が出来てきたのか、この頃にはよく外に出るようになっていた。

自身の家族であるアオとフラムの従魔の一匹であるクロを連れ、こうして森の中を散歩がてらに散策する。

時折、魔物には出くわすものの偽物勇者だったとはいえ、魔王軍幹部を討ち倒すだけの実力があるニルを前にしては魔物も迂闊に手を出さない。大概が逃げていく。

襲って来たとしても常にニルの左横から離れない魔狼のクロが群れを呼んで撃退するのでニルは戦う必要すらない。寧ろ、ニルは手持ち無沙汰になって困っていた。

(魔物を、狩りたいんだけどな…)

アオという家族を得たニルは今、小屋から去る事を躊躇っていた。
ニルひとりなら森を出て別にしばらく放浪生活でも問題ない。しかし、この森で生まれ、この森に仲間が居る従魔のアオを森から引き離すような事をしたくない。かと言って、従魔契約を解いて、折角手に入れた大事な家族を手放す事はニルには出来ない。

だから、魔物を狩りたい。
魔物の素材を売って、生計を立てたい。お金を貯めて、フラムから小屋を買いたいのだ。


「あのさ。俺、魔物を狩りた…」

「ヴゥー、ワンッ!」

ニルに近付きそうになった魔物をクロが吠えて撃退して、クロは期待の眼差しでニルを見上げる。ニルは言いたかった事を飲み込み、クロの頭を撫でた。

「ありがとう。助かったよ」

「わんわんっ!」

守るのを止めろなんて、そのキラキラした眼差しの前で言える筈なんてない。左目のないニルの気を遣って常に左横で警戒してくれるクロの好意を無碍になんて出来ない。

魔物を狩らずどう稼ごう? 
頭を悩ませて歩いていると、森の終わりが見え、ニルは歩みを止める。

森を出れば、小さな町がある。
小さなその町には冒険者ギルドもあり、ギルドカードを持つニルなら依頼を受注できる。


なのに、町へと踏み出そうとした足でニルは後退る。


 『『『勇者様。お助けください』』』


偽物勇者だったニルが勇者として求められる事はもうない。だが、こびり付いて離れないその言葉にニルは体を震わせて、逃げるように森の奥へと戻っていく。

逃げて逃げて、木々の合間から見えたフラムの小屋にニルは安堵して、ホッと詰めていた息を吐く。

ニルはフラムを恐れている。
それなのにフラムの小屋に戻って安堵感を覚えるなんて、と複雑に思いつつもニルは小屋に戻る。

小屋の周りにはあの一角兎の住処にあった青い花が咲いている。玄関の扉を開ければ、中は温かみのある木目調とあの青で統一された部屋がニルを迎え入れる。

勿忘草と呼ばれるあの青い花をフラムは大層気に入ったのか。勿忘草の装飾の入った家具を好み、集めている。

「帰ったか、ニル」

台所でシチューを煮込んでいたフラムがニルの帰宅に気付き、声を掛ける。

「おかえり」

「……た、だいま」

未だに慣れないフラムとのやり取りにニルは吃りながらも言葉を返す。依然、二人の口数は少なく、心の距離もまだ遠い。

しかし、少しずつだが、フラムの氷のように硬い表情は溶け、まだほとんど無表情ながらも広角が少し上がっている。
その軟化した表情にニルも少しずつだが警戒を解き始めていた。


「今日はどうだった?」

シチューを煮込み終わり、エプロンを外しながらフラムは少しだけ広角の上がった表情で今日あった出来事をニルから聞く。

このフラムは一人で出掛けたニルの動向を何時も知りたがる。そして、これといって特に報告する事がないニルは目に見えて狼狽える。

「えっと…、あの…」

「魔物に出くわしたり、危ない目にあったりしなかったか?」

「う、うん。魔物には遭遇したけど、クロが撃退してくれたよ」

「そうか」

やっとの思いでそう報告すると、フラムはフッと笑い、ニルの頭を撫でる。何が嬉しかったのだろうとニルは首を傾げるが、クロが得意げな顔で、褒めてと鼻頭で突っついてくるので、苦笑しつつ、その頭を撫でた。

そんなニルの表情に何かを見定めるようにじっと見つめて、フラムは独り言のようにボソリと呟いた。

「一緒に町に行かないか?」

たった今し方、町に行けずに引き返したニルはその言葉にピクリッと反応して不安げにフラムを見た。

「町?」

「ああ。今日、この森に隣接する小さな町で祭りがあるらしい。王都に比べると小規模なものだが露店も出ると聞いた」

「お祭り…」

お祭りという単語にニルは瞳が揺らぐ。

勇者としての修行に勉学に戦いにと、多忙だったニルにお祭りに参加する機会はなかった。

お祭りはニルにとって遠くから眺めるもの。
教師が教鞭を握り、ニルに勇者としての振る舞いや作法を詰め込む中、勉強部屋の小さな窓から見える賑やかなお祭りの風景。
自身には無縁のものだとその光景からそっと目を逸らした。


(ああ、そうか。もう勇者じゃないから…)

ギュッと胸に抱くアオを抱きしめ、唇を噛み締める。強い好奇心と恐怖で揺れるニルの左頰をフラムの手が優しく撫でた。

「食べ物や小物などの露店が出るらしい。昼はそこで何か買って食べよう。唇を怪我しては露店の味の濃い食事は沁みるぞ」

だから唇を噛み締めるな。左頬に触れていた指がニルの噛み締めていた唇の上を滑る。傷が出来てないか確認して、その指をニルの指に絡めるように手を繋いだ。
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