偽物勇者は愛を乞う

きっせつ

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「ありがとう」

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手作りのガーランドが風に吹かれて揺れる。
町唯一の大通りに露店が並び、人で溢れかえっている。

ニルはその光景に目をぱちくりさせて、自身の手に握られた串焼きやらフルーツ串やらを見やる。

森を出るのに少し怖気ついたのはもう数時間前の事。今、ニルの心を占めるのは好奇心と恐れではなく困惑だった。

(どうしよう…)

途方に暮れて、ぼんやりと露店の方を見やると、隣にいた筈のフラムがサッとその露店に走る。ニルはハッと我に帰り、「まずい」とフラムに手を伸ばすが、その手にその露店で売られていた飴が握らされ、ニルの表情は引き攣る。

「ニル。これも美味しそうだな」

「え。いや…、ああ、……うん」


祭りについた当初。
ニルは初めて参加する祭りに人への恐怖より好奇心が優った。興味津々に露店を見ていたが、ニルは無一文、何も買う事は出来なかった。

フラムに「買うか?」と問われたが、ニルは遠慮して首を横に振った。成り行きだが、フラムに衣食住を提供してもらっているニルはこれ以上フラムに迷惑を掛ける訳にはいかない。

祭りも雰囲気だけ味わえたので、それでもう充分。そう考え、フラムの問いに首を横に振り続けたが、その受け答えに段々と不機嫌になっていったフラムは強硬手段に出た。

ニルが少しでも興味を示したものを片っ端から買い始めたのだ。

遠慮し続けたニルの腕の中には食べ切れない程の食べ物でいっぱい。
意を決して串焼きに齧り付くが、減らない。それどころか増えていく。勿論、フラムも食べてくれるが、それでも増えていく。

やっと、食べ切った頃にはニルのお腹はパンパンだった。ニルの腹が満たされると満足したのか、やっとフラムは止まった。

(腹がはち切れるかと思った…)

フラムの暴走が止まり、ニルはやっと落ち着いて祭りを眺める事が出来た。花の冠を頭に乗せて踊る人達。食べ物を食べながら笑い合い、歩く姿。

今まで遠かったものが全て手に届く所にある。それが新鮮でニルの表情は自然に綻ぶ。


「どろぼうっ! 誰かっ、誰か捕まえてぇ!!」

楽しい祭りの中、助けを求める声が響く。
その声に吸い寄せられるように振り向くと、ひとりの老婆が転倒しながら必死に前へと手を伸ばしていた。その手の先には花柄の鞄を小脇に抱えて走り去ろうとする男の姿が見える。

ニルは踵を返して、ほぼ反射的に曲げた足に強化魔法を掛けた。

「フラム。おばあさんの保護をお願い」

そうフラムに声を掛け、思いっきり地面を蹴る。人混みを飛び越えるように高く跳躍したニルの体が宙に浮いた。
くるりと体を宙で回転させ、落下する勢いのままニルは泥棒の男に回し蹴りを放った。

「ぐっ!?」

ニルの蹴りは綺麗に泥棒の頭に命中し、男は呻き声をあげる。ニルの蹴りで脳震盪を起こした泥棒の意識はフッと途絶えた。

そのまま地面に頭から倒れそうになった泥棒の体を支えると、ニルは泥棒を地面に寝かせて、泥棒の手から老婆の花柄の鞄を取り返す。

騒ぎに駆けつけた自警団に伸びた泥棒を託し、ニルはフラムに手を借りて起き上がった老婆に鞄を返し、背の低い老婆の目線に合わせて体をかがめた。

「おばあさん。怪我はない?」

「ええ。大丈夫よ。ありがとう」

戻ってきた鞄を抱いて、老婆はにっこりと満面の笑みでお礼の言葉を口にした。ニルはそのお礼の言葉に目をぱちくりさせる。

「……あり…がとう?」

「ええ。貴方のお陰で大切な鞄が取られずに済んだわ。本当にありがとう」

『ありがとう』
何度も老婆の口から溢れるその感謝の言葉にニルは戸惑い、飲み込めない。その言葉があまりにも久々に聞いた言葉だったから。

初めて勇者として活躍を始めた頃は何度も聞いた言葉だった。しかし、何時しか勇者は人を助けて当たり前になっていき、聞かなくなっていった言葉。


戸惑うニルの頭にフラムの手が乗る。その言葉を知っているのに理解出来なくて。分かっているのに上手く受け取れなくて。助けを求めるようにフラムを見れば、フラムは眉を下げ、ひどく優しい顔をする。

「よくやった」

フラムの口から紡がれた言葉が鼓膜を揺らし、ニルの頰に温かいものが伝う。

「あ…れ?」

それはポタリッポタリッと次から次へと溢れ出し、止めどなく流れ落ちる。

(なんで…)

なんで、今更そんな事を言うんだ。修行を耐え抜いた時だって、左目を犠牲にして公爵の息子を救った時でさえ、言ってくれなかったじゃないか。

ニルはそう叫びたかった。だというのに、この口から溢れるのは声にならない嗚咽だけ。

ただ泣きじゃくり、でも泣きたくなくて、右目から溢れる涙を無理矢理拭おうとした。しかし、その手はフラムに掴まれて、そのまま引き寄せられる。フラムの腕が涙に震えるニルの体を包んだ。

「ニルは何時だってよくやっていた。だから、もういい。もう辛い事や苦しい事はしなくていい。これからはニルがやりたい事、楽しいと思う事だけして生きていいんだ」

苦しい程にニルを包む体温は温かくて、痛い程にニルに掛けられるフラムの声は優しくて。ニルはなくなった左目の分まで泣き続ける右目を閉じて、その温もりに身を預けた。






燦々と太陽が照り付ける。
ニルは大粒の汗をその頰から滴らせ、トンカチを振るっていた。
最後の釘を打ち付けて、突貫工事ながら上手く穴の塞がった屋根に満足げに頷き、下で見守る家の持ち主に声をかけた。

「おばあさん。穴は塞いだからもう雨漏りはしないと思う」

「ありがとうね、ニルちゃん。恩人なのに屋根の修繕までさせちゃって」

「いいんだ。俺がやりたくてやってる事だから」

申し訳なさそうにニルを見守るおばあさんにニルは満面の笑みでそう応えて、背に乗るアオが落ちないように加減して屋根からおばあさんの元へと飛び降りる。

「本当、ニルちゃんは優しい子だねぇ。ポテトパイ焼いたから良かったら持っていってフラムさんと食べてね」

「うん。ありがとう。俺、おばあさんの焼いたポテトパイ、大好きだから嬉しいよ」

「ふふふっ。嬉しいわ。何時でも食べにおいでね?」

「うん」

ニルにつられておばあさんもにっこりと笑い、ニルの汗を持ってきたタオルで拭く。ニルは少し恥ずかしそうにしつつも頭を屈めて、おばあさんに汗を拭いてもらう。


ニルが追放されてからもう半年が経つ。
この頃のニルは自身の家族のアオとフラムの従魔クロとともによく町に降りていた。

「おう。ニル。よく来たなぁ」

「あっ! ニルちゃん。この前は薬草くれてありがとね。あれ塗ると腰の調子がいいのよ」

「ニル兄! またあの蹴り見せて。俺もやりたいっ」

泥棒を捕まえた一件もそうだが、町に来る度に誰かのお手伝いや手助けをしていたニルはすっかり町の人と打ち解けていた。
笑顔で町の人達に応えるニルの頭をあのゴツゴツとした優しい手が撫でる。

「今日はこの辺で帰ろう。疲れただろう」

振り返れば、町で食材の買い出しを終えたフラムがニルを気遣いつつ空いている手で頭を撫でる。ニルはフラムの優しさに表情をより綻ばせて、頷く。すると、その笑みにフラムは嬉しそうに目を細め、くしゃりとニルの前髪を上げるとその額に唇を寄せた。

「!?」

何事もなかったかのように「帰るぞ」と踵を返すフラムを前にポカンッと口を開けて、ニルは硬直する。

最近のニルは笑顔が増え、明るくなった。一方、最近のフラムは表情がより豊かになり、ニルへのスキンシップが前より激しくなった。

前同様フラムはよくニルの頭を撫でる。くしゃくしゃと頭を撫でて、そして、まるで小さな子供を扱うように額に口付けを落とす。

ニルはその小さな子供を扱うようなその行動に非常に困っていた。だって、ニルはもう十六歳の大人だ。小さな子供じゃない。


フラムが口付けを落とした額に触れ、ニルは耳までりんご色に肌を染め上げる。壊れそうな程激しく脈打つ胸を抱いて、フラムにバレないように小さく微笑んだ。
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