転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風

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第4話「悪役令嬢の聖夜の悲劇」

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彼らの腕が絡み合う様を、まるで自分ではない誰かの視点から眺めるように……アリエルは冷めた目で見つめていた。
まるで硝子越しの光景のように現実感がなく、ただ淡々と胸の奥に冷たい重石を積み上げていく。

馬車が止まり、最初に降りたのはルシアンだった。
その手は迷うことなくリリアナへ差し伸べられ、まるで当然の伴侶であるかのようにエスコートする。
アリエルの姿など存在していないかのように、一瞥すら与えずに。

御者が慌ててアリエルへ手を差し伸べるまで、彼女はただ石像のように馬車の中で立ち尽くしていた。
吐く息は白く、頬にあたる夜気は痛いほど冷たい。
……あぁ、そういえば今日は何も口にしていなかった。
食事も、水一滴すらも。
ようやく気づいた空腹に胃が軋む。だが、それ以上に休みたい。早く自室に戻り、扉を閉ざし、眠りにつきたかった。

けれど、その願いすら遮られる。
リリアナがルシアンの腕からそっと離れ、アリエルの前に歩み出てきた。

「アリエル様、後であたしの部屋にきてもらえます?ご相談したいことがあって……」

……ご相談?
悪い予感しかしない。だが、もし今夜のことを弁明すると言うのなら、断るわけにはいかない。
聞きもしなければ、また『傲慢だ』と陰口を叩かれるだけだ。

「……わかりました。着替えが済みましたら、お伺いしますね」
「はーい♡」

軽やかに返すその声音が、妙に耳障りだった。
伯爵令嬢が公爵令嬢を部屋に呼びつける……本来ならあり得ない。
深く溜息を吐きながらも、アリエルは足を進めた。

学園内は表向き、身分差が緩和されている。
だが、実際には根強い階級意識が残り、待遇には明確な差があった。
公爵令嬢であるアリエルの部屋は最上階。陽の光がよく差し込み、中庭に面した広い個室には浴室が備えられ、専属の侍女までいる。
一方で、リリアナが住むのは下層階。日当たりも悪く、壁も薄く、簡素な造りの部屋。
その落差こそが、周囲の嫉妬や軋轢を生む一因だった。

階段を下りるほど、突き刺すような視線を浴びる。
……場違いな場所に迷い込んだみたい。
そんな感覚を必死に振り払いつつ、アリエルは奥へと歩を進めた。

「リリアナ・モンテ……ここね」

目の前の木のドアを三度、コンコンコンと叩く。
返事はない。
だが、中から確かに人の気配がする。
ためらいながら、もう一度ノックを繰り返す。
今度は、かすかに声がした気がした。……聞き間違いではない。

覚悟を決め、ドアノブに手をかける。

「アリエルです。失礼しま……」

ギィ……
重く鈍い音とともに、扉が開いた。

「あぁ……ルシアン様っ……」

……聞こえた声。
視線を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは、ベッドの上で裸身を重ね、熱い口づけを交わす二人の姿だった。

「……ルシアン様……これは……一体……」

「アリエル!?」
「キャッ」

慌てて身体を離す二人。だが、遅い。
その姿が何を意味するかなど、火を見るよりも明らかだった。

冷水を頭から浴びせられたような衝撃。
視界が揺れ、頭がぐらつく。
心臓が耳元で爆音のように鳴り、胃の奥からせり上がる吐き気を必死に手で押さえ込む。

「ち、違うんですアリエル様!これは……!」

咄嗟にリリアナを庇うように抱き寄せ、ルシアンが声を張る。

「リリィを責めないでくれ!全ては僕が……!」
「いいえ!あたしが無理に……!」
「いや、違う!彼女は悪くない!」

互いに罪を被ろうとする言葉。だが……
アリエルの視界は滲み、涙と共に世界がぼやけていく。
声を発することすらできず、その場を飛び出した。

振り返ることはできなかった。
けれど、視界の端に……リリアナがほんの一瞬、確かに微笑んだのを捉えた気がした。

……それでも、もはやどうでもよかった。

どうやって部屋に戻ったのか……いつ眠ったのか……記憶が曖昧だった。
さっきの光景は何かの間違いでは……幻覚でも見たのでは……と何度も思い込もうとするけれど、眠りに落ちるたびに……あの生々しい光景が夢となって繰り返され、飛び起きることしかできなかった。

目覚めた瞬間、喉の奥から押し殺した嗚咽が漏れる。
そして目を閉じれば、またすぐにあの姿。
思い出したくも無いのに、ベッドに絡み合う二人の姿が焼きついて離れない。

わたくしの何がいけなかったのだろう……?
どうしたら良かったのだろう……?
自問自答を重ねても答えは見つからず、胸の奥には空洞だけが広がっていく。

アリエルは終わりの見えない悪夢に苛まれ、逃げるように実家に戻り、短い冬季休暇を過ごした。

もう、悲しいのかどうかすら分からない。ただ胸を締め付ける痛みだけが、延々と続いてアリエルを苦しめた。
同じく休暇のはずのルシアンが訪ねてくることもなければ、手紙ひとつ届くこともない。
何も喉を通らないのに、涙だけが滝のように溢れ続け、泣き疲れては眠り…また夢に魘されて目を覚ます。
その繰り返しに、心配する家族にすら上手く説明できず、ただ「大丈夫です」と繰り返すしかなかった。

そして冬季休暇が明け、学園に戻ると……アリエルに対する誹謗中傷は、より一層激しくなっていた。

「ルシアン様が気の毒だわ……!あんな高慢な公爵令嬢には誰だって疲れるわ」
「リリアナ嬢は小柄で可憐で、それでいて健気にアリエル様に頭を下げてたのに」
「守ってあげたいって思うのも当然よね」
「潔く身を引けばよいのに」

出所など、考えるまでもなかった。

アリエルが近くにいるとわかりながらも、リリアナは嬉々として噂を広げている。
わざと聞こえるように語る姿に出くわすことすらあった。

「アリエル様は本当は優しい方なんです……あたしが至らないから叱られて……」
「色目を使ったって噂は誤解なんです……!あたしがルシアン様と親しくしたせいで……!」
「ドレスの色のことも…あたしのためを思って言ってくださっただけで……」
「どうか……アリエル様を責めないでください……!」

耳を塞ぎたくなるような醜聞も増えるばかりだった。

「婚約者がいながら、他の男子生徒に色目を……」
「とても豊満なお身体をされてますしね」

ある時には、見知らぬ男子生徒にまで声をかけられる。

「誰の部屋にでも訪れるとお聞きして……是非、今夜……」

身体をなぞるような視線、舐め回すような言葉。何という下劣で悍ましい……
あまりの発言に絶句し、ただ背を向けて立ち去るしかなかった。
悔しくて、情けなくて、歯痒さで全身が震えた。

「………っっ!!!」

部屋に入るたび、何度うずくまり、声を殺して泣いただろう。
侍女に悟られないように枕に顔を押しつけ、嗚咽を必死で押し殺す。

日中は淡々と授業に出席し、終われば宿舎に籠る毎日。
かつて誰よりも本を愛した彼女が、今は文字すら目に入らず、ただ時間だけが過ぎていく。

季節は巡り、寒い冬から暖かな春へ。やがて夏が近づくある日……ルシアン様に呼び出され、中庭で向き合った。
二人きりになるのは、いったいいつ以来だろう。
そもそも最後にまともに顔を合わせたのは、いつのことだったか。

「すまない、もっと早く君との時間が取れれば……」
「……いえ」

あぁ、これがルシアン様との最後の会話になるのだろう。
ずっと前から、こうなることは分かりきっていた。
今感じているのは、割り切りか、諦めか……それすら曖昧で、自分でも分からなかった。

「潔く身を引けばよいのに」

誰かが言っていた言葉を思い出す。まったくもってその通りだ。
けれど、簡単に口にしないで欲しい。
婚約を喜んでくれた両親。良くしてくださったヴェルナー家の方々。
たくさんの人を不幸にすることになるのだ。

アリエルはほんの少しの寂しさと悲しさを胸に抱きながら、静かにその時を待った。
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