転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風

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第3話「悪役令嬢の誕生日の過ごし方」

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12月13日はアリエルの誕生日。
例年、聖夜祭のためにと、ルシアンから贈られるドレスに合わせたアクセサリー。
そして食堂で小さなケーキを共にするひととき。
入学してからの二度の誕生日に重ねられたその慣習は、アリエルにとって密かな宝物だった。
誕生日、この日だけは……彼は決して忘れるはずがない。

そう信じて、誰も来ない休み時間ごとに食堂へ足を運んだ。
けれど、どれほど待ってもルシアンの姿は現れない。

最後の休憩時間の後、わずかな望みを抱き、再び食堂へ向かう。
そこでは、生徒たちが聖夜祭特別のメニュー……チキンやケーキを楽しげに頬張っていた。
笑い声と温かな灯りに満ちた光景は、ただ孤独を突きつける。
こみ上げる涙を誤魔化すように踵を返し、食堂を後にした。

渡り廊下を歩くと、風に乗って聞き慣れた声が耳に届く。
思わず視線を中庭に落とせば、そこには……

寒さをしのぐように寄り添うルシアンとリリアナ。
無邪気に笑い合い、時折手を取り、目を合わせる二人の姿。

……わたくしは最後に、いつルシアン様とあのように笑ったのだろう。

胸が痛む。けれど、思うがままにリリアナへ詰め寄れば、噂は決定的になるだけ。
アリエルはただ、強く握った自分の手に力を込め、視線を外すこともできずに立ち尽くすしかなかった。

その日、ルシアンに会うことはなかった。
誕生日の贈り物も、届くことはなかった。

そして迎えた聖夜祭当日。

公爵家から送られてきたドレスを纏う。鮮やかな色合いの生地に宝石のような装飾が施され、ろうそくの光を受けて淡く輝く。

「お嬢様っ!とてもお似合いです!!」
「……ありがとう」
「きっと、ルシアン様もお喜びになります!」

……そんなこと、あるかしら。
心の中でそっと呟き、口元だけで苦笑を作る。

約束の時間。宿舎のロビーへと足を運ぶ。
そこで目にしたのは……今まさに馬車へと乗り込もうとするルシアンの後ろ姿だった。

「ルシアン様!?」

呼び止めた声に、彼は一度だけ振り返った。

「あぁ、アリエル。すまない、リリィが一人では不安だと言うので、先に行くよ」
「……え……でも、この馬車は……」
「君はゆっくりと来るといい」

そのまま扉が閉じ、御者の手綱が打たれる。
アリエルのために用意されたはずの、クローバー公爵家の家紋をあしらった豪奢な馬車が、冷たい冬空の下を走り去っていった。
白い息を吐きながら、その後ろ姿が遠ざかり小さくなるのを、ただ立ち尽くして見送るしかなかった。

……このまま聖夜祭へ行くべきなのだろうか。
会場に着いたとして、婚約者不在で一人きりの入場など、どれほどの噂を呼ぶだろう。
それでも、自分が欠席すれば、クローバー家とヴェルナー家の間に溝を生むことになるかもしれない。

胸の奥で迷いがせめぎ合い、凍える指先を握りしめる。
最後に残ったのは、公爵家の令嬢としての責務。
苦渋の決断で出席を選び、急ぎ馬車の手配を願い出た。

だが、すでに多くの馬車は出払っており、残されていたのは質素な一台のみ。
装飾もなく、車体も古びていて、揺れは激しく、進む速さも鈍い。
それでも、どうにかと用意してくれた御者の厚意に、アリエルは深く頭を下げるしかなかった。

やがて数刻の遅れを経て到着し、広間に続くロビーの扉をくぐる。

「……クローバー公爵令嬢、アリエル様」

名を告げる声が、閑散とした空間に澄んで響く。
すでにほとんどの招待客は入場を終えており、がらんとした空間に一人きりの姿は、否応なく目を引いた。

……公爵家の令嬢が、婚約者のいないまま夜会に姿を現す。
これ以上ないほどの話題に違いなかった。

昨年は、ルシアンと並んで入場した。
ほんの一年前のことなのに、思い出そうとすれば遠い昔の記憶のように霞んでいく。
あの時、私は何色のドレスを纏っていただろう。

震える膝を悟られぬよう、背筋を伸ばす。
煌めくシャンデリア、色鮮やかな花々、絢爛な装飾で埋め尽くされた会場へと歩みを進める。
香水の甘やかな香りと、温かな料理の匂いが空気に溶け合い、胸を締めつけるように広がった。

クロークでケープを外した瞬間、広間にファーストダンスの旋律が流れる。
ざわめきが起こり、視線が一斉に集まる。
目の前に広がった光景に、アリエルの瞳は凍りついた。

……ルシアンと、リリアナ。
二人は寄り添い、互いを見つめ合いながら、ぎこちないながらも楽しげに舞っていた。

確かに、彼は言ったのだ。
『アリエルも16歳だ。ネイビーのドレスなどどうだろう?』と。
『……少し大人びすぎてしまうのでは?』とためらうわたくしに、
『君ならきっと、どんな色も似合うよ』と。

その言葉を信じて選んだネイビーのドレス。
深い藍に宝石を散らした気品ある衣装は、公爵家の令嬢としてふさわしく、一目で最高級とわかる仕立てだった。

それなのに……目の前で彼が身を包むのは、淡いピンクのタキシード。
リリアナのドレスと色を合わせ、まるで二人で一枚の絵画を描くように揃えられていた。

リリアナの衣装は、可憐ではあるが、どこか時代遅れのリボンを多用した幼さの残るもの。
それでも、婚約者である自分とは違う色をまとったルシアンの隣で微笑む姿は、周囲には『絆』と映ったに違いない。

音楽は耳に届かず、ただ周囲の囁きだけが胸を刺す。

「まぁ……ファーストダンスを踊ってもらえないなんて」
「あれでは、どちらが婚約者なのか……」
「せっかくのドレスも、空しく映るばかりね」

声が重なり、会場の壁に反響するように頭の中で響いた。

一曲目が終わり、ルシアンがようやくアリエルに気づき、入り口へと駆け寄ってくる。

「アリエル。遅かったじゃないか」

その表情に、咎めも、気遣いもない。
視線は彼女の纏うドレスすら掠めず、ただ当然のように告げられる言葉。
……ファーストダンスの意味を知らぬはずはないのに。

「馬車の手配が遅れてしまい……申し訳ございません」
「アリエル様♡ ドレス、とても素敵です♡」
「……ありがとうございます、リリアナ嬢」

そのやり取りの一つ一つが、周囲の視線に晒される。

「公爵令嬢が涙を堪えている」

と、まるで舞台の上の見世物のように。
アリエルはそのことを、痛いほど悟っていた。

そんなことは構わず、次の曲が始まる。

「ルシアン様♪もう1曲お願いします♡」
「……行ってらしてください、ルシアン様」

リリアナが当然のようにルシアンの腕を引き寄せ、甘えた声音でおねだりする。
その姿を見れば誰の目にも明らかだった。アリエルが無理に笑顔を浮かべ、気丈に振る舞っていることなど、まるで存在しないかのように……ルシアンはただリリアナだけを気にかけている。

好奇の目はすべてアリエルに注がれた。
王太子の婚約者候補として注目を浴びていたはずの少女が、今や『捨てられた令嬢』として噂されるのを待つ人形のように、聖夜祭の会場でただただ耐えていた。

……長い夜だった。
煌びやかな音楽も、華やかな笑い声も、アリエルの耳には遠い。
胸に突き刺さるのは、冷たくざわめく人々の視線だけ。

やっとの思いで終わりを迎えた帰路。
行きと同じように、公爵家の馬車が用意されていた。だが、今度は違う。アリエルの隣ではなく、ルシアンの隣に当然のような顔でリリアナが腰掛けている。
アリエルが言葉を発する前に、ルシアンが自然にその手を取って座らせたからだ。

……許可もなく、公爵令嬢の馬車に勝手に乗り込む伯爵令嬢。
けれど抗議の言葉は喉に詰まり、声にならなかった。
拒絶すればまた『嫉妬深い女』と囁かれるだけ。
何より、ルシアンがリリアナを受け入れているという事実が、アリエルの心を凍らせていた。
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