病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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冬が近い。そう感じたのは、朝の窓を開けた瞬間だった。

吐いた息が、かすかに白くなった。
梢の葉は色褪せ、庭には枯葉が舞っている。
冷えた空気の向こうから、街の騎馬商人たちが冬毛皮の売り声を響かせていた。

リリーナは、机の上に開いた予定帳に視線を落とす。

《ユリアン誕辰祭:十日後》

弟の八歳の誕生日。それは、静かだが確かな灯のような記念日だった。

「……今年は、雪が降るかもしれないわね」

彼は冬に生まれた。冷たい季節の子供なのに、誰よりもあたたかい笑顔を持っていた。
だからこそ──彼の未来を奪う者は、何人たりとも許さない。

リリーナは手元の書類を整え、帳面を一冊引き寄せた。
表紙には金のインクで「反転」と書かれている。

 

◆ ◆ ◆

 

「“第一王子は、妹を案じるあまり政務に支障をきたしている”──噂の筋は、そう?」

「ええ。心配系のネガ、ってやつですね」
書斎の隅、火鉢の前で、エドガーが軽く笑う。

「上層サロンに少しずつ流します。“妹に甘すぎて判断が鈍る”とか、“侍女に叱られた”とか」

「叱られた?」

「嘘のようで嘘じゃないと、受け入れられやすいんです」

リリーナは紅茶のカップを揺らし、小さく笑った。

「面白いわね。たったそれだけで、王の器かどうかが計られるのだから」

「器というより、“担ぎやすいかどうか”です。
上の人間が一番恐れるのは、重すぎる王ですから」

リリーナは帳面を開き、項目をいくつか指でなぞった。

「“王子の浪費”は?」

「弱火で流してます。“妹の医薬に多額の献金”という形で。
“白魔法に依存する王子”みたいな雰囲気が出れば成功です」

「リスクは?」

「殿下が姫様に接近する頻度が上がれば、噂が加速します。
でも、それはそれで好都合でしょう?」

リリーナは少し考え、頷いた。

「ええ。……誕生日までは穏やかにいきたいけれど、
火種は先に撒いておく必要があるもの」

そして目を落としたのは、もう一冊の帳面。
そこには、弟への誕生日献立と贈り物の候補が、細かな字で記されていた。
• 甘栗のミルク煮
• 蜂蜜とナッツの焼き菓子
• 薄手の白銀の手袋
• 毛糸の青いマフラー(リリーナの手編み)

「“あたたかくて、綺麗で、長く使えるもの”を……って言っていたのよ、彼」

「健気ですねえ。姫様が選ぶものなら何でも喜びそうですけど」

「でも、だからこそ意味のあるものを贈りたいの。
あの子は、贈り物の“意味”を、とても大事にするから」

その声には、いつもの微笑みと、戦略家の冷徹が同居していた。

リリーナはカップを置き、立ち上がる。

「……ねえ、エドガー。祭りって、誰のためにあると思う?」

「子ども……ですか?」

「ええ。子どもたちのため。希望のため。
でもそれを動かすのは、大人の手。用意して、仕掛けて、舞台を整える。
今の私は、まさにそれをしているわ」

「……誕生日の話、ですよね?」

「もちろん」

月光が窓の外で凍り、白く照らしていた。

リリーナの帳面に、ひとつ新たな項目が加えられた。

《エルヴィラの動揺を測るための“囁き”》

 

静かに、夜が深まっていく。
誕生日の準備と、王宮に巡る策謀の火種とともに──。
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