病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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夜風が、金の燭台に灯された火を揺らしていた。

ここは宰相家の離れ。
格式と品を誇るこの離宮の一室には、今日も十人を超える貴婦人たちが集っていた。

銀の盆には季節の果実を煮詰めた砂糖菓子と、温めた葡萄酒。
談笑の声は柔らかく、けれど言葉の奥に秘められた刃は鋭い。

「まあ、ご存知? 最近の殿下、妹姫のご容体にばかり気を取られているとか……」

一人の若い侯爵令嬢が、扇子の影から囁くように言った。

「まあまあ……やはり姉弟愛ですのね」
誰かが小さく笑う。

「でも、そのせいで政務の確認が一日遅れたそうですわ」

「まあ、それは──問題ですわね。王になるお方が“私情”でお仕事を後回しに、なんて」

「しかも、側近の書記官に“もう少しお兄様を案じるお立場を考えて”と諫められたとか」

「ほんとう?」

「うふふ、私の耳に届いたということは、“そういうこと”なのですわ」

乾いた笑いが重なる。
その中心で、薄紫のドレスを纏った令嬢が、扇子を閉じて瞳を伏せた。

エルヴィラ・セリオン。
第一王子派の顔役であり、今日の主催者。

笑っていたはずの唇が、わずかに引きつっている。

「……優しさは、美徳ですけれどね。
過ぎたるは、政治においては“隙”になりますわ」

「ましてや、その妹姫が白魔法で自壊寸前、なんて噂もありますし──」

「白魔法って、癒しの魔法でしょう? でも癒す力を過度に使えば……」

「身体が壊れる。そういう話、昔どこかで聞きましたわ」

言葉は毒ではなく、香のように漂う。
しかしそれは確実に、空気を染めていく。

 

エルヴィラは、扇子の裏で指を組んだ。

(……やられた。これは計算された“悪意なき中傷”。火のないところに煙を立てて、私たちを包む気ね)

彼女の隣に座るアレスタ・マルキスが小首を傾げる。

「けれど、どうして今、こんな話が? 妹姫は表にほとんど出てきていませんのに」

(だからこそ、か)
エルヴィラは内心で舌打ちする。

沈黙は、時として最大の武器になる。
姿を見せず、噂だけを巡らせる者は、姿ある者より遥かに厄介だ。

「……リリーナ姫は、慈悲深い方ですもの。
ご病気でも、弟君のお誕生日だけは静かに祝いたいと思われているのでしょうね」

エルヴィラがそう言って取り繕うと、サロンの空気がまた一段階、穏やかさを装って流れ始めた。

けれどその水面下では、静かに熱を持った波紋が広がっている。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、王宮内──

第一王子が侍従に声をかけたほんの一言が、既に貴族たちの間で囁かれ始めていた。

「リリーナの体調はどうか?」

ただそれだけの言葉が、彼の“優しさ”を示すと同時に、“判断の甘さ”を想起させる。

そしてそれは、宰相家の執務室にも届いた。

「……見事だわ、あの子」

報告書を見たカミラは、鼻で笑いながら呟く。

「聖女様は、火の粉を煙に変え、そして静かに風を起こす。
ほんと、ああなると敵に回したくない女ね」

その声は、どこか楽しげですらあった。
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