病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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夜半から降り始めた雪が王都を真白に覆い、城の尖塔も石畳も静かな銀に包まれていた。
今日はユリアン十二歳の誕生日。離宮の大広間は暖炉の炎と水晶灯の光に照らされ、家族と親しい家門だけの慎ましい祝宴が用意されている。

リリーナは氷花の刺繍を散らした白いドレスで弟を迎えた。胸元ではアクアマリンの魔石が淡くきらめき、深紅の絨毯に落ちる灯りを反射する。
ユリアンは去年より一段と背が伸び、淡い金髪をきちんと整えた礼装姿で、照れくさそうに笑った。

「姉さま、見て。剣の稽古用に作った革手袋と、魔法の筆記道具をもらったんだ」
「似合っているわ。――誕生日おめでとう、ユリアン」

ささやかな乾杯が交わされ、雪白のケーキにろうそくが灯される。
だがほのぼのした時間は長く続かなかった。乾杯の余韻が残る宵、第一王子ヴァルセリオスが正装のまま祝宴の扉を押し開いた。その背に、戦装束へ着替える従兵たちの影が見える。

「兄上……?」

ユリアンが目を見開く。
ヴァルセリオスは弟を見つめ、静かに頭を下げた。

「国境で、戦火がこちらへ越えた。ファルデアとパールバの小競り合いが激化し、流れ弾が我が国の補給隊を襲ったそうだ。防衛軍を率いて赴く」

隣国同士の争い――まさか、火がこちらへ飛ぶとは。
宴の温度が瞬く間に下がる。

「兄上が行くの?」
「父上は王都を動かせない。討伐ではなく防衛だ。私は前線で交渉の目も持たねばならない」

ヴァルセリオスの声音は毅然としていたが、甲冑の留め金を締める指先には微かな緊張が滲む。
ユリアンは拳を握りしめ、まっすぐ兄を見た。

「……必ず、無事に帰ってきてください」
「約束しよう。我らが国土に一歩も踏み込ませはしない」

そう言い切り、第一王子は振り返る。
雪明かりの廊下を、遠ざかる足音が吸い込まれるように消えていった。



大広間に残された静寂。
ユリアンは胸のアクアマリンを握りしめた。

「お兄さま、怪我しないかな……姉さま――」

「大丈夫。兄上は騎士そのものよ。あなたが心配していると知れば、あの方はいっそう強くなるわ」

リリーナは優しく微笑んで言った。だが瞳の奥には確かな憂いが揺れている。
国境沿いの街が“蹂躙”と呼ばれるほどの被害を受けた今、国内政治の駆け引きなど吹き飛び、王家は外敵への対応に集中せざるを得ない――それは、守りたかった穏やかな時間が急速に削られていく兆しでもあった。

「僕も……早く強くならなきゃ」
「ええ。だけど今は祈りましょう。――兄上の無事と、国にこれ以上の火種が落ちないように」

窓の外では、静かに降りしきる雪が燭光を弾き、白銀の粒が闇の中に舞っていた。
その純白の景色に、リリーナは小さく祈りを捧げる。
弟の守り、そして兄の帰還。
王家をつなぐ細い糸が、凍える夜気の中でか細く震えていた。
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