病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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冬が終わり、王都にもようやく春の気配が訪れはじめた。

朝靄の中に漂う土と草の香り。屋根の雪は溶け、小川の流れが細く澄んで聞こえるようになった。
だが、心地よい季節の訪れとは裏腹に、城内の空気は日増しに重く、冷たくなっていた。

「臨時徴税案が、議会に正式提出されました」

エドガーの報告に、リリーナは手にしていた茶杯を静かに置いた。
春の陽光が射し込む書斎の中、微かに震える影が机の上に落ちている。

「戦火がこちらに届いてから、まだ二ヶ月も経っていないのに……」

書面に目を通す彼女のまなざしは、静かに、だが鋭く細められていた。
『第一王子殿下の遠征を支えるために』――その一文に、意図が凝縮されている。

「今、この国のすべてが“戦”に巻き込まれているという既成事実を、作り出したいのね」

カミラが椅子に腰を下ろし、長い脚を組み替えながら吐き捨てるように言った。

「名分は立ってるわ。戦費。防衛。王族の安全。どれも否定できない。だからこそ、厄介なのよ」

「そして、徴税の範囲があまりに広い」

リリーナは静かに続ける。

「王都の商人、職人、下層貴族。――かろうじて冬を越した者たちの財布に、今、手を伸ばす」

「彼らが不満を持つのは当然です。しかも、第一王子の“名の下に”課されるとなれば、悪感情はあっという間に膨れ上がります」

エドガーの声もまた、静かながら憂いを含んでいた。

「……兄上はそれを望んでいないわ」

リリーナは胸元に手を添える。
薄絹の内側、アクアマリンの魔石がぬくもりを保ったまま、彼女の胸の鼓動を感じていた。

「兄上は、誰よりも“騎士”であろうとする方。民に剣を向けるようなことは、決して本意じゃない」

「でも、貴族たちは動いている。彼の名前を盾に、己の望む国を築こうとしている」

カミラの口調に、わずかな焦燥が滲んだ。

リリーナは椅子から立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
早咲きの白い花が、城の中庭にぽつぽつと開き始めていた。
春は確かに来ている。けれど、それは決して穏やかなものではなかった。

「……代案を出しましょう」

その声は、あくまで静かで、優美だった。
けれどカミラも、エドガーも、その言葉の奥に秘められた意志の強さに気づいていた。

「国境の交易路を通る商隊に、安全保障と引き換えの通行税を課す。輸送隊を軍が護衛する代わりに、適切な協力金を。名分も立つし、民の生活には手を出さずに済む」

「その代わりに、奨学基金からの食料補助を継続。中堅層が過剰に搾られるのを防ぐ」

「あなた……最初からここまで想定してたの?」

カミラが半ば呆れたように言うと、リリーナは小さく笑った。

「兄上が戦場に立ったその日から、私は民衆の盾になると決めたわ。ユリアンのためにも、王家のためにも。……そして、兄上の名誉のためにも」

窓の向こうに、白い花が風に揺れている。
その美しさは、どこか儚く、しかし確かに希望のように見えた。
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