病弱を装う王女ですが、弟の未来のためならどんな手でも使います【完結】

藤原遊

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離宮の寝室には、摘みたての百合の香が薄く残っていた。
窓越しに射す春の光はまだ淡く、白い寝台に横たわるリリーナの頬をやわらかく照らす。
長い昏睡の底から、彼女がようやく帰ってきた――それだけで世界が軋む音がした。

侍女レイナが薬湯を交換し終え、そっと礼をして退室する。
扉が閉まる音が遠ざかり、部屋には心臓の鼓動と風の息だけが残った。

ユリアンは椅子を引き寄せ、姉の枕元に腰を下ろす。
指先で、透けるほど細い手を包み込む。
脈は弱いが確かにある。
その温もりが、喉奥で震える嗚咽をかろうじて堰き止めた。

「……目を開けてくれて、ありがとう」

囁きは、雪解けの水音のように震える。
リリーナの睫がわずかに震え、薄い唇が微かに動いた。

「ユリアン……大丈夫……?」

自分より深い傷を負いながら、なお弟を案ずる声。
その優しさが刃のように胸に刺さる。

ユリアンは頭を垂れ、彼女の手の甲に唇を落とした。
幼い頃、軽い誓いとして口づけた場所。
しかし今、その行為は甘く重い罪を帯びている。

「もう、大丈夫じゃないよ。姉上を失うかもしれないと思った瞬間から……」

ゆっくりと顔を上げる。
蒼い瞳と琥珀の瞳が重なり、息を呑むほど近い距離で互いの像を映した。

「僕は、もう、あなたを“姉”として愛せない。
生きていてくれれば、それでいいなんて……嘘だった。
あなたが誰のものにもならず、僕のそばで呼吸してくれなければ、意味がない」

言葉は止められなかった。
口にするほど、胸の奥で熱が膨らみ、理性の鞘をひび割らせる。

リリーナは戸惑いに揺れた瞳で彼を見つめた。
しかし、その頬に触れる指を拒めるほどの体力はない。
否――彼女自身、その指を拒む意思をすでに手放しかけていたかのように、まぶたを伏せた。

ユリアンはその隙間へ息を吹き込み、額を重ねる。
呼吸が絡まり、体温が混ざる。
たったそれだけの接触で、彼の世界は甘く反転した。

「……この命すべてをもって、あなたを護る。
あなたが僕を拒むなら、王座も栄光も棄てて、ただ隣で朽ちる」

震える声が、ほとんど溜息のように唇を滑り落ちる。
そして――ためらいを焼き払うように、彼はゆっくりと唇を重ねた。

触れたのは一瞬。
けれど、その一瞬でリリーナの睫が震え、熱い雫が頬をつたった。
涙か、血の気の戻った微かな熱か。
それを指で拭いとり、もう一度、今度は深く口づけた。

淡い喘ぎが胸元で溶け、白い寝衣が指先に皺を刻む。
彼女は弱々しくも確かな力でユリアンの袖を握った。
その仕草が拒絶ではなく、縋るようなものだったことが、彼の理性をとどめのない甘い闇へ導く。

「ユリアン……私は……」
「言わなくていい。今は、ただ生きて」

彼は新たに作り直したアクアマリンの護り石をそっと胸元にかける。
砕けた旧い石の破片を封じ込めたそれは、春の陽光を受けて、淡い蒼を灯した。

「もう二度と砕かせない。今度こそ、僕があなたを護る」

血より赤い誓いが彼の胸に燃え、静養の離宮に甘く危うい熱が満ちた。
風に揺れるカーテンの向こうで、森の新緑が青白い光を弾き、鳥がひと声、妖しく啼いた。
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