推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

文字の大きさ
4 / 26

長年被った殻を破るのは難しい2

しおりを挟む
 東京本社へ向かう道はスーツ姿の会社員で埋め尽くされている。カツカツと革靴の音が響く通りで、時々スマートフォンで電話をしている者の声が聞こえるだけだ。浮田はそれを横目でチラッとみて、次は小さく溜め息をついた。



 ――朝から御機嫌な関西人が恋しいなあ。最初は大阪赴任にガッカリしたけれど、今ではあのノリが恋しい。



 大手商社に入社し、直ぐに大阪勤務になった。そして大阪は浮田にとって重要な出来事が起こった街だ。



 ある日の飲み会の後に、酔っ払った浮田は同僚達と、心斎橋のSMバーへと興味本位で入店する。きっと学生時代は勉強勉強の日々で、押さえつけられていた欲望が、少し自由にできるお金が増えたことで爆発したのかもしれない。そして少し別な方へと開花していく。



 SMバーは浮田の心のオアシスになった。同僚達は一回だけ行ったらもう行かなくなったが、何度も通い店の子とも仲良くなっていく。



 自分の本能を曝け出している者達を、本当に羨ましいと思いながらいつも見ていた。そのうち、SMに興味を持ち、自分が責められる姿を想像して興奮を覚える。勝手に付けられた王子様キャラが崩壊していく様は、固い殻からの脱皮でもあり解放だった。



 そして、いつもステージ上で虐められている男が、自分ならばと想像し股間を膨らませる。自分を指名してくれと目を輝かせていたが、そこに浮田が立つことは一度もなかった。



 後で知ることになったが、そこでは仕込みの客と店員のSMプレイしかしなく、安全面のために客が飛び入りで入ることはないとのこと。だからどんなに下半身を膨らませていようが、出番はなかったことになる。



 その内、SMバーのバーテンの女の子と仲良くなり、浮田は付き合うことになったのだが、彼女は偽S女王様で、私生活ではむしろMだった。それを知ったときの絶望は凄まじく、暫くは放心状態になってしまう。己をようやく解放できると思い、家には彼女に責めてもらおうと通販で用意しておいた様々なSMグッズがあったのだが、それらは全てクローゼットの奥に封印するしかなかったのだから。



 その彼女とは何せ性癖が違うのだから長くは続かない。彼女とは半年もしないうちに別れることになる。しかし自分の性癖には目覚めてしまっていたので、自宅でSMの探求は続けていく。SMバーへは仕事帰りに寄り、自分を解放する者たちを横目にする日々。



 心はいつも何処か満たされなく、ポッカリと隙間ができていた。この穴を埋めてくれる女王様に出会いたいと思いながら、ネットのSMサイトを眺めることが日課だ。



 そんなとき、東京本社への栄転が決まった。



「浮田君、今日から君は営業二部二課に配属されるのだが、若くてなかなか良いアシスタントがいてねえ。君に付けるからね」

「そうですか……。有り難いです」



 浮田は部長の言葉を聞いても特に嬉しくはなかった。最近では年頃の女性は苦手で、大阪では、上司に頼んでかなり年上の女性をアシスタントに付けてもらっていたからだ。



 それに社会人になっても女性と真面に付き合うことができていない。自分の性癖を理解してくれる女性に出会えないのが一番大きいが、女慣れしているだろうと、先入観で近寄ってこられて幻滅されるのが怖かった。王子様キャラで人生の大半を生きてきたのだから、それ以外をどうすれば良いのか分からない。偽りの殻を破りたいと思っていても、実行に移す勇気はなかった。その為に自然と女性を遠ざけていく。



 大学生のときに何度か女性と付き合ってみるが、皆一概に浮田をイケメン扱いして有り難がる。その所為で自分を曝け出すこともできずに、ぎこちない付き合いになっていた。女性と付き合っても満たされない。寧ろ期待されるイケメンキャラを演じきらなくてはいけないのは疲れる一方で、女性とは距離を置いていくことになる。側に寄られると緊張してしまうので、なるべく距離も取るようにし、会話も少なめにと心得る。



「ぶ、部長……。年配の女性か男性のアシスタントはいませんか?」

「はあ? 浮田君何を言っているんだい? 面白いねえ、君は!」



 部長に背中をバンバンと叩かれて、浮田は新しい部署の扉を潜る。



「今日から東京本社に移動になりました浮田です。これから皆さんとともに頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします」



 浮田が挨拶したときに視界の端で、赤い眼鏡を光らせて鋭い視線を投げかけてくる女性がいた。それは正に自分が求めている女王様の佇まい。腕を前で組んで指をポンポンと動かし腕を叩いている。脚は少し開いて仁王立ち……。足元は七センチ黒ヒール!



「西浦さん。君が浮田課長のアシスタントになるから。頼んだよ!」



 部長の声でハッと我に返った浮田は、彼女の名前が西浦だと知った。多分、嬉しくて笑みが溢れていたかもしれない。すると彼女が少し間を開けて「……はい」と不機嫌に言う。



 ――ああ、もう駄目だ……。彼女は理想の女王様の容姿にドンピシャじゃないか!



 浮田は勃ちそうになる下半身に「待て」と信号を送るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~

有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。 ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。 そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。 彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。 「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...