推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

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長年被った殻を破るのは難しい1

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「今日から東京本社で勤務か……」



 浮田卓すぐるは少し溜め息をついてつり革を握った。背は185センチあるので、満員電車の中では頭が他の乗客より上にくるので助かる。少しフワッとした猫毛で若干茶色だが地毛だ。その髪をそっと掬い上げながら、前方方向を見つめる。



 周囲の女性が浮田に熱視線を送ってきているようだ。顔が良いと小さい頃から言われているが、自分では特別だとは思わない。それを言うと周りに変な顔をされるので、最近では何も発言しないようにしている。



 三十七歳だがいつも二十代後半だと思われることが多い。しかし浮田は「若く見られて嬉しい」とは思えない。どちらかと言えば、自分には貫禄がないのかと心配なのだが、同僚からは「贅沢な悩み」だと不評を買った。



「あ、すみません! 降ります」



 自分の周りにやけに多い女性の人混みをかき分けながら、少し目線を下げて満員電車から降りる。女性に近くに寄られるのは苦手だからだ。



 中高、特に大学時代はハッキリ言ってモテた。飲み会に行けば女性が浮田の周りに群がり、男友達からは嫌みを言われることもあったが、浮田自身にはどうすることもできない。



 勿論、言い寄られても女慣れしていない浮田は緊張で何も話せなくなる。他の友人みたいにお持ち帰りもできず、いつも手ぶらで帰宅していた。



 きっと女性に眺められる期間が長かったからだろう。すっかりと「鑑賞される者」になっていた。アイドルが性を前面に出さないように、浮田も何処か中性な雰囲気を出すことが身についてしまったのかもしれない。女性を前にガツガツしてはいけないと。



 少し赤くなった顔を片手で押さえ、ホームへと出た浮田は、そのまま人混みに流されて出口へと向かう。女性が近くに来ると赤くなってしまうのは、いつからだろうか。もう覚えてはいない。最近、仕事以外で女性と会話をしたことはあっただろうか?



 ――あ、昨夜の仕事帰りに寄ったコンビニの店員さんが女性だったかな。中国の人だったか?



 本社勤務と言えば聞こえは良いが、浮田は以前の勤務地だった大阪淀屋橋の方が気に入っている。東京駅周辺を利用する会社員はどこか自尊心が高い人物が多く、自分には汚点などないと言いたげだ。その癖、なぜだか暗い。車内では誰一人として声を出す者はいないし、駅構内も同じかもしれない。無言で一斉に改札口に向かう様は、虫のような気がしてくる。自尊心の高い虫……。それに今日から自分も仲間入りだと思うと気が重くなる。



 ――汚点がない人物なんて、いないさ。誰だって……、秘密をかかえている。



 関西の人間は自尊心が低い訳ではなく、朝から活気に溢れているような感じが関西弁から漂っていた。駅構内も何処か騒がしい。一直線に改札に進まず、何故だかジグザグに進む者も多い。



 後から関西人の同僚に聞いたのだが、「最短で進める道を選んでいる者が多い」そうだ。信号が赤でも平気で渡る。「赤信号、車が来なけりゃ青信号」らしい。それに、関西人はただ話すだけで漫才をしている気がする。勿論、関東人が勝手にそう思うだけなのかもしれないが……。



 浮田は関東の私立中高一貫進学校に通い、大学は都内の国立大学を出る。中学高校では容姿が王子様っぽいとかで、女子からはプリンス扱いをされていた。何をやっても「可愛い」と言われ、誰もそれを否定したこともない。ちょっとしたアイドル扱いで、浮田が校内を歩けばキャーキャー悲鳴も聞こえていたほどだ。その経験から、観られる側の行動がいたについてしまったのだ。



 では女遊びが激しかっただろうと思われるが、先に話したように決してそうではなかった。進学校で勉強が忙しかったのもあるが、女子達は徒党を組んで「浮田君を愛でる会」を作り、誰一人抜け駆けすることを許さなかったのだ。



「朝から嫌な過去を思い出した……」



 浮田は大きく溜め息をつくのだった。

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