推しを愛でるモブに徹しようと思ったのに、M属性の推し課長が私に迫ってくるんです!

寺原しんまる

文字の大きさ
2 / 26

新しい扉が開く~!2

しおりを挟む
 しかし授業中も鞄の中にあるBL漫画に気を取られ、何度も鞄を開けては閉めをしてしまう。友人が「大丈夫?」と何度も心配そうに聞くが、そのたびに大丈夫と笑顔で応えていた。そんなことを繰り返し、遂に「気になる」という気持ちが我慢ができなくなった瑠璃子は、休憩時間になってトイレに駆け込むことになる。



 男同士の絡みのある漫画だなんて、禁止目録のような気がした瑠璃子は、トイレで隠れて読まなければいけないと思い込んでいた。トイレの個室に入り、焦る気持ちを抑えながら、そっと鞄を開けて漫画を取り出して少し震える手でページを開く。一ページ、一ページ丁重に。



 瑠璃子はどれ程の時間を掛けて読んだのだろうか。一時間か二時間か、それともたった一五分ほどだったのか、全く記憶にない。ただあっという間にページを捲り、舐めるようにページの隅々まで繰り返し読んでいた。鼓動は速くなり、何だか身体も熱い。



 全て読み終わったときは、興奮で言葉が出ず、只々「はぁーー」と何度も息を吐き出す。ようやく出てきた言葉が「……と、尊い!」だったのだから。



 自宅に戻った瑠璃子は、母親のBLコレクションを片っ端から読んだ。それから間もなく、母親とは週末に池袋に一緒に買い物にも出掛けるようになり、二人でBLカップルの話で盛り上がる。父親は妻が楽しければと文句も言わずに、彼女と瑠璃子のBL話を笑顔で聞いていた。



 そんな日常は瑠璃子が就職して一人暮らしをするまで続く。



 就職先の会社へ家からは遠くて通えないので、都内にマンションを借りて住むことにし、BL漫画は誰にも遠慮する必要もないので読む本も過激を極めていく。幾ら仲が良い母親相手にも、激しい描写のものは見せられない。母親はウットリするような「耽美」作が好きで、瑠璃子はガッツリ性描写ありが好きだった。実家では遠慮していた過激BL漫画が、本棚には隠すこともなく並んでいく圧巻の状態になっていく。一人暮らしは瑠璃子の性癖を全開にしていった。



 そんな瑠璃子は現在二五歳。勿論、彼氏無し……。



「西浦さん。今日の朝礼で新しい課長が紹介されるんだって」

「へえ、そうなんだ……」

 同課の女子社員は少し浮き足立っているようだが、瑠璃子にとって新しい課長も古い課長もどうでも良いこと。湖に落ちて女神が出てきても、「両方とも要りません!」と言えるなとほくそ笑む。それよりも、今夜放送の倒産危機に陥った航空会社の社員の葛藤ドラマの方が気になる。



 ――主人公の武田と同僚の木下を早く観たい! 今日はどんな熱い視線のやり取りがあるのか~! 身体は触れちゃう? グフフ……。



 瑠璃子は最近では普通のアニメやドラマを見ていても、「腐った目」で観てしまうようになる。お気に入りのカプ(カップル)を見つけて、その二人の禁断のストーリーを想像しながら楽しむ。今のお気に入り、武田と木下のカプの薄い本を求めて、同人誌即売会にも出掛けるようになっていた。そう、瑠璃子は「生もの」もいける口なのだ。



「ねえ、西浦さん聞いている? 新しい課長ってスッゴい男前なんだって――」

「え? ああ、うん……。そうなんだ」



 瑠璃子が視線を前に向けると、入り口から部長と背の高い男が入ってくる。その男はフワフワの柔らかそうな髪をなびかせて、皺ひとつない上質なスーツを纏い、綺麗に磨かれた革靴をカツカツと音を立てながら歩いていた。直ぐ側の部長の脂ぎった顔とは雲泥の差の美形で、室内の空気が一瞬で変わったのが分かる。



「今日から東京本社に移動になりました浮田です。これから皆さんとともに頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします」



 瑠璃子の息が止まる。そしてグフッと音を出しそうになりながら、大きく息を吸った。目の前に現れたのは推しドラマの主人公、武田にそっくりな容姿の人物。これはどういうことだと、瑠璃子の思考が停止しそうになる。芸能人に似ている? いや、気のせいなのだろうか? だれも武田に似ているなんて言っていない? と言葉がグルグルと回っていた。



「西浦さん。君が浮田課長のアシスタントになるから。頼んだよ!」



 部長の声は聞こえていたが、余りの驚きで声が直ぐに出ない瑠璃子は、少し間を置いて「……はい」と答えた。そう、これが瑠璃子の推しを愛でるモブ生活の始まりだったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

迷子を助けたら生徒会長の婚約者兼女の子のパパになったけど別れたはずの彼女もなぜか近づいてくる

九戸政景
恋愛
新年に初詣に来た父川冬矢は、迷子になっていた頼母木茉莉を助け、従姉妹の田母神真夏と知り合う。その後、真夏と再会した冬矢は真夏の婚約者兼茉莉の父親になってほしいと頼まれる。 ※こちらは、カクヨムやエブリスタでも公開している作品です。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

鳴宮鶉子
恋愛
辣腕同期が終業後に淫獣になって襲ってきます

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

処理中です...