完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス

文字の大きさ
2 / 12

しおりを挟む
「ああっ!」
 シャルルは悲鳴を上げた。
 一回⋯⋯。
 二回⋯⋯。
 だんだんと気が遠くなっていく。
 ——ああ、どうして僕は、こんな目にあうんだろう⋯⋯。
 ぼんやりする意識の中に浮かんできたのは子供時代の記憶だ。
 シャルルは、物心がついたときにはもう孤児院で暮らしていた。父親の顔も母親の顔も知らない。
 孤児院の修道女たちは冷たく意地悪で孤児を虐げるのを趣味にしていた。みじめな子供時代だった。
 そんなときに国王に身染められてハーレムに入れられた。孤児院のみんなはうらやましがったが、シャルルには恐怖でしかなかった。
 従者たちを虫けらのように扱う赤らんだ顔の太った王を見て、この王とともに寝台に入ることを想像するだけで身の毛がよだつ思いがしたからだ。
 けれども、王妃がとても嫉妬ぶかかったので、シャルルが国王と共寝をすることは一度もないままだった。
 その代わりに王妃と側妃たちのストレス解消の絶好の相手としてひどいいじめを受けている。
「どうか、お許し⋯⋯」
 息も絶え絶えにつぶやいて、シャルルは気を失った。

*****

 三日後——。
 城の中庭で王侯貴族たちはティーパーティーを開いた。
 クリームたっぷりのイチゴシフォンケーキを頬張りながら、着飾ったオメガの女性が楽しげに話し出す。
「平民たちが飢え死にしているそうですわ。パンがないらしいですわね。パンがないならお菓子を食べればいいのに!」
 まわりのアルファやオメガの貴族たちも大きくうなずく。
「ほんとですわ!」
「あいつらはバカだ」
 笑い声が中庭に響いた。
 フランク国の財政を支えているのは農民が作る農作物の輸出だ。
 けれどもここ数年は天候に恵まれず作物の収穫量がものすごく減っている。
 それでも農民たちは高い税金を納めなければならなかった。
 農民たちは自分たちが作った作物を食べることも許されていなかった。もし食べたらそっこく死刑なのだ。
 農作物の不作が続き、幼い子供や体が弱い者から餓死し始めている。
 王族と貴族たちはそれを今、笑っているのだ⋯⋯。
 ——高級国民のみなさまは、なんて冷たいお心をお持ちなのだろう。
 シャルルは心の中でそう思った。
 シャルルは今、ティーパーティの残酷な余興をさせられていた。
 不安定で高い木の台の上に乗せられているのだ。台には脚が二本しかないので、少しでも動くとグラグラと揺れる。
 ——落ちたらまた鞭打ちだ⋯⋯。
 シャルルは台の上で必死でバランスを取っていた。緑色の瞳には涙が浮かんでいる。
 台の下には鞭を持った侍女たちがいた。シャルルが落ちたら鞭で打とうと待っているのだ。
 これは上級国民たちのとっても意地悪でひどすぎる遊びだった。
 ——もうずっとなんにも食べていない⋯⋯。
 いつ食べたか記憶がないほどだ。お腹がすきすぎて力が出ない。立っているだけでも精一杯なのに、不安定な台の上に乗せられている。
 鞭打ちの傷も治っていなかった。尻も背中もズキズキと痛い。この傷の上をまた打たれると思っただけで恐怖で体が固まった。
 貴族たちはキューカンバーサンドイッチをムシャムシャと食べながら話題を変えた。
「エスタリア国が勢力を伸ばしているそうだ」
「ええ、そうですね。このままでは攻め入ってくるのではないかしら?」
「我がフランク国ではエスタリア国の軍力に負けるのではありませんか?」
「エスタリアの国王はそれは強い騎士なのでしょう? とても残酷で、しかも美食家と聞きました」
「噂では、人間も食べるらしい⋯⋯」
「なんと恐ろしい!」
 貴族たちの顔が青ざめる。
 フランク国の王——デイロ国王は、さっきから黙って貴族たちの話を聞いていた。あご肉がだぶついた赤ら顔でウイスキー入りの紅茶をガブガブ飲んでいる。
 ときおりなんの前触れもなく身近な従者を鞭で打っている。王は、王妃以上に意地悪な性格なのだ。
「我が国がエスタリアに負けるものか⋯⋯。だが、あの人喰い王の機嫌を取っておくのも悪くはないな」
 と、王がつぶやくと、すかさず紫色の巨大な髪型の王妃が残酷に笑った。
「側妃のだれかを貢ぎ物にすればいいのではありませんか?」
 側妃たちの顔が真っ青になった。
「僕は嫌ですからね!」
 実家が大貴族の赤毛のオメガ青年のジャックがキッパリと言う。
「あなたを貢ぎ物にするわけがないでしょう、安心して」
 王妃が言うと、他の側妃たちがあわてる。
「わたくしも嫌です、エスタリアの王は人間を食べるような残酷なアルファなのでしょう? 絶対に嫌です」
「僕も嫌です!」
「大丈夫よ、落ち着いてみなさん。貢ぎ物にする側妃は、あなたたちではないわ」
「では、だれでございますか?」
 人々の視線がすーっとひとりのオメガに集まった。
 シャルルだ——。
「え? 僕?」
 台の上にいたシャルルは驚いてバランスを失った。
「あっ!」
 とうとう地面に落ちてしまった。
「落ちるなと言ったでしょう! おまえには罰が必要のようね!」
 王妃が鋭く叫ぶと、
「どんな罰がいいかなあ⋯⋯?」
 赤毛の青年オメガのジャックが笑いながら近寄ってきた。手には紅茶のカップを持っていて、地面に倒れているシャルルのズボンにドボドボと紅茶をかけた。
「あっ! 熱いっ!」
 逃げてもまた熱湯をかけられた。
 逃げ惑う姿をみんなが笑った。
 股間がぐっしょりと濡れてまるでおしっこを漏らしたようだ⋯⋯。
「お漏らしシャルル!」
「あーら、恥ずかしい!」
 王も王妃も、側妃たちも、従者や侍女たちすらもドッと笑った。
 ——ああ、なんてひどい人たちなんだろう⋯⋯。
 シャルルは地面に爪が食い込むまでギュッと両手を握りしめた。耐えるしかないのだ。耐えるしか⋯⋯。
 笑い声がおさまると、王妃が冷たい声で話し出した。
「ねえ、王さま。シャルルを箱詰めしてエスタリアに送り届けましょう」
「うむ、それはいい考えだ」
 国王がうなずいた。
 こうして最下位のオメガ側妃のシャルル・カミュは、敵国への貢ぎ物になったのだった——。

*****

 ——ここはどこだろう?
 シャルルは、真っ暗な箱の中で考えた。
 ここがどこで、今が昼なのか夜なのかもわからない。
 シャルルは真っ暗な箱の中にいるのだ⋯⋯。
 ——せめてパンのかけらだけでももらえたらいいなあ⋯⋯。
 祈るような気持ちでそう思った。
 自分の国では食べるものはほとんどもらえなかった。毎日いじめられて、餓死するギリギリの量しか食べることを許してもらえなかった。
 ——ほんの少しだけでもいいから、食べ物がもらえますように。
 シャルルの願いはそれだけなのだ。 
「うわっ!」
 いきなりグラリと箱が揺れたので、両手両足にぐいっと力を入れてバランスをとる。
 どうやら敵国のエスタリア国に着いたらしい⋯⋯。
 ガサゴソという音が聞こえてきた。だれかが箱を開けようとしている。
 ——あ、まぶしい!
 箱が開くと目の前がパッと明るくなった。眩しすぎてなにも見えない。
 明るさに慣れようと思ってなん度も瞬きをしていると、とっても魅力的な低音ベルベットボイスが聞こえた。
「そなた、名前は?」
「シ⋯⋯、シャルル・カミュともうします!」
 必死でそう答えた。
 ぼんやりと人影が見えるようになってくる⋯⋯。
「あっ!」
 見えたと同時に大きな声を出してしまった。目の前の人物が信じられないほど整った容姿をしていたからだ!
 ——うわあ! なんてかっこいいお方なのだろう⋯⋯。
 二十代半ばの美貌の青年アルファだった。
 艶やかな黒髪。そして滅多にないほど美しい切れ長の目に、きらめく海のようなブルーの瞳をしている。
 しなやかな黒豹のような青年だった。青年の全身から若々しくて野生的な力強さが感じられる。
 ものすごく背が高い。たくましい広い肩と分厚い胸は歴戦の騎士のようだが、豪華な漆黒のフロックコートは高位の貴族だけが着る服装——。
 ——どなただろう⋯⋯?
 自分が置かれている状況をすっかり忘れて、ぼーっと見惚れてしまった。
「俺の名はアルベルト・カサドだ」
 美貌のアルファがにっこりと笑った。ものすごく嬉しそうな笑顔だった。まるで欲しいものがやっと手に入った少年のような無邪気な笑顔だ⋯⋯。
「えっ?」
 ——では、このお方はエスタリア国の王さま?
 アルベルト・カサドは、エスタリア国の国王の名前ではないか!
 ——大変だ!
 箱から飛び出した。あわてすぎて頭から床に落ちてしまう。
「ご⋯⋯、ご無礼をいたしました!」
 ——ああ、どうしよう! 貢ぎ物だという立場を忘れて、陛下のお顔にぼんやりと見惚れてしまった!
 敵国への貢ぎ物にされたということは、奴隷として差し出されたということだ。
 人扱いはしてもらえない。『物』として扱われるのだ。
 奴隷が国王の顔を正面から見つめるなど決して許されることではないのだ。
 ——どうしよう、殴られるかもしれない⋯⋯。
 怖くてブルブルと震えていると、アルベルト王に関するある『噂』を思い出した。
 ——ああ、そうだ! アルベルト王はものすごい美食家で、『人さえも食べる』という噂があったんだ!
 ということは、殴られるどころか食べられるかもしれないではないか!
 ——ああ、どうしよう!
 恐怖で気を失いかけた。
 そのとき——。
「今日からそなたは我が国の国宝だ」
 アルベルトがささやいた。体がとろけるかと思うほど甘い声で⋯⋯。
「え?」
 ——国宝? どうして僕が国宝?
 必死に考えて、シャルルはハッとした。
 ——やっぱりあの噂はほんとうだったんだ! これからアルベルト陛下に食べられるんだ! 僕は『国宝級の食材』になってしまったんだ! ああ、どうしよう!!
「どうした? 国宝になるのは嫌か?」
 アルベルト王が穏やかな声で聞いた。
 そっと優しく包み込んでくれるような、暖かさにあふれた声だ。
 こんなに優しい声を上級国民からかけてもらったのははじめてだった。
 ——アルベルト陛下はもしかしたらお優しい方なのかな? ただものすごい美食家だから、人間をお食べになるのかな⋯⋯。僕は奴隷としてここにきたんだから、嫌だなんて言ってはいけなんだ⋯⋯。
 自分の立場を考えて、あふれそうになる涙をグッとこらえた。消え入るような小さな声で答える。
「いいえ、嫌ではありません。⋯⋯こ、⋯⋯光栄でございます」

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

恵方巻を食べてオメガになるはずが、氷の騎士団長様に胃袋を掴まれ溺愛されています

水凪しおん
BL
「俺はベータだ。けれど、クラウス様の隣に立ちたい」 王城の厨房で働く地味な料理人ルエンは、近衛騎士団長のクラウスに叶わぬ恋をしていた。身分も属性も違う自分には、彼との未来などない。そう諦めかけていたある日、ルエンは「伝説の恵方巻を食べればオメガになれる」という噂を耳にする。 一縷の望みをかけ、ルエンは危険な食材探しの旅へ! しかし、なぜかその旅先にはいつもクラウスの姿があって……? 勘違いから始まる、ベータ料理人×氷の騎士団長の胃袋攻略ラブファンタジー!

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

運命の息吹

梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。 美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。 兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。 ルシアの運命のアルファとは……。 西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

処理中です...