7 / 10
7
しおりを挟む
「……婚約破棄?」
後日。
王太子は目を剥いて皇族たちに聞き返した。
「理由はお分かりですね?」
「……はい。」
皇后があえて婚約破棄の理由を告げる。
「以前の婚約記念で、貴国の品格に疑いを抱いてのことです。聞けば彼、貴国でも王家の次に尊い公爵家の御令息でしたのね?それも婚約者に近い相手が他にいるとのことで。」
「っ!……か、彼はわたくしどもにとっても困った人間で…」
国王の弁解に、天皇が毅然とかぶりを振る。
「貴族が貴族としての自覚を持たないというのは、それだけで重罪です。それともそちらでは自然なことなのですか?」
「!?…い、いえ、そのような!」
王太子と国王は項垂れながら、皇族たちの苦情を聞き入れ、婚約破棄を受け入れた。
同盟国とはいえ、大切な娘を慣れない他国に嫁がせる大切な契約だったのだ。
そのお祝いの序盤から、候補とはいえ婚約者のいる男性が、未婚の女性に無断でキスを迫るところを見せてしまった。
大変見苦しい場面でもあるのだが、この状況でそんなことをすれば、それは『結婚すればお前もこう扱うからな』と暗に言っているものと思われても仕方がないのだ。
「……ああ、そんな、僕はいったい、どうすれば。」
話し合いが終了してひとりになり、今にも叫びたいほどの絶望に駆られた王太子のもとに、レオナルドがやってきた。
「タイシ!」
レオナルドは王太子の両手を掴む。
「この度は本当に残念なことになった!僕も胸が痛いよ!まったくアリサときたら、天皇陛下がたがいらっしゃるなかで、あんなにヒステリックに騒ぎ立てるとは!今度会ったときは、僕からアリサにキツく言っておく!だから彼女を罰するのは勘弁してあげてくれ!」
「……………」
その言葉を聞いたとたん、王太子は無言無表情でレオナルドを見つめる。
そして微笑んだ。
「ああ、わかったよ。」
「そうか!ありがとう!」
その様子に安堵したレオナルドは、それだけ言い残してその場を去っていった。
* * *
「…失礼致します。」
また別の日。
アリサは皇女に呼ばれて、とある一室に足を運んだ。
「どうぞおかけになってください。」
「あ、ありがとうございます。」
やはり緊張は拭えないなか、淑女としての振る舞いとしてそれを隠す。
「単刀直入に用件を申しましょう。以前のパーティーで貴女様にキスを迫ったレオナルド・デュン・ブライデン様について。あの方とどういういきさつがあって、あのような事態になったのか、詳しくお聞かせ願えませんか?」
この国にとってマイナスになるのでは?
自分も何かしらの罰を受けるのでは?
懸念はあったが、誠意ある対応として、レオナルドとのこれまでを正直にすべて語った。
「……………」
皇女は真っ青のまま何も言わない。
その様子は現代でいうところの『ドン引き』に近かった。
「わたくしからお話しできることはこれだけなのですが…」
「充分です。ありがとうございました。」
同盟国の官僚から『参考までに話を聞いただけで、国や貴女の評価には関係しない』という説明を受け、アリサは安心して部屋を出て帰路に就く。
その道中レオナルドに鉢合わせた。
「やあ、アリサ。」
「…!」
思わず背筋が凍ったけれど、努めてなんでもない風を装って話を聞く。
「ごきげんよう、ブライデン公爵令息。どうかなさいまして?」
「どうかなさいまして?じゃないよ!まったく君ときたら、皇族の前であんなはしたない振る舞いをして!天皇陛下までカンカンに怒って、タイシの婚約が破棄されたんだぞ!僕のフォローがなければ、いったいどんな罰を受けることになったやら…」
「……………」
アリサはニッコリと微笑んで、深々と頭を下げた。
「ご配慮、感謝いたします。先程わたくしも皇女殿下にお呼び出しされ、事情聴取を受けておりました。その結果わたくしがパーティーでしたはしたない振る舞いについては、お許しいただけるとご報告をいただきました。」
「そ…そうか!それは良かった!」
レオナルドは安心したように微笑むと、アリサの隣に並ぶ。
「家まで送ろう。女性のひとり歩きは危ない。」
「いえ、結構です。」
「殿方のお誘いは素直に受けておくものだよ。」
「はあ…そこまで仰るのでしたら、ご自由に。」
「ふふふ、素直じゃないんだから。」
浮かれきったレオナルドは饒舌に話しかける。
しかしアリサはそれらすべてを、脳に一欠片も残さず聞き流していた。
後日。
王太子は目を剥いて皇族たちに聞き返した。
「理由はお分かりですね?」
「……はい。」
皇后があえて婚約破棄の理由を告げる。
「以前の婚約記念で、貴国の品格に疑いを抱いてのことです。聞けば彼、貴国でも王家の次に尊い公爵家の御令息でしたのね?それも婚約者に近い相手が他にいるとのことで。」
「っ!……か、彼はわたくしどもにとっても困った人間で…」
国王の弁解に、天皇が毅然とかぶりを振る。
「貴族が貴族としての自覚を持たないというのは、それだけで重罪です。それともそちらでは自然なことなのですか?」
「!?…い、いえ、そのような!」
王太子と国王は項垂れながら、皇族たちの苦情を聞き入れ、婚約破棄を受け入れた。
同盟国とはいえ、大切な娘を慣れない他国に嫁がせる大切な契約だったのだ。
そのお祝いの序盤から、候補とはいえ婚約者のいる男性が、未婚の女性に無断でキスを迫るところを見せてしまった。
大変見苦しい場面でもあるのだが、この状況でそんなことをすれば、それは『結婚すればお前もこう扱うからな』と暗に言っているものと思われても仕方がないのだ。
「……ああ、そんな、僕はいったい、どうすれば。」
話し合いが終了してひとりになり、今にも叫びたいほどの絶望に駆られた王太子のもとに、レオナルドがやってきた。
「タイシ!」
レオナルドは王太子の両手を掴む。
「この度は本当に残念なことになった!僕も胸が痛いよ!まったくアリサときたら、天皇陛下がたがいらっしゃるなかで、あんなにヒステリックに騒ぎ立てるとは!今度会ったときは、僕からアリサにキツく言っておく!だから彼女を罰するのは勘弁してあげてくれ!」
「……………」
その言葉を聞いたとたん、王太子は無言無表情でレオナルドを見つめる。
そして微笑んだ。
「ああ、わかったよ。」
「そうか!ありがとう!」
その様子に安堵したレオナルドは、それだけ言い残してその場を去っていった。
* * *
「…失礼致します。」
また別の日。
アリサは皇女に呼ばれて、とある一室に足を運んだ。
「どうぞおかけになってください。」
「あ、ありがとうございます。」
やはり緊張は拭えないなか、淑女としての振る舞いとしてそれを隠す。
「単刀直入に用件を申しましょう。以前のパーティーで貴女様にキスを迫ったレオナルド・デュン・ブライデン様について。あの方とどういういきさつがあって、あのような事態になったのか、詳しくお聞かせ願えませんか?」
この国にとってマイナスになるのでは?
自分も何かしらの罰を受けるのでは?
懸念はあったが、誠意ある対応として、レオナルドとのこれまでを正直にすべて語った。
「……………」
皇女は真っ青のまま何も言わない。
その様子は現代でいうところの『ドン引き』に近かった。
「わたくしからお話しできることはこれだけなのですが…」
「充分です。ありがとうございました。」
同盟国の官僚から『参考までに話を聞いただけで、国や貴女の評価には関係しない』という説明を受け、アリサは安心して部屋を出て帰路に就く。
その道中レオナルドに鉢合わせた。
「やあ、アリサ。」
「…!」
思わず背筋が凍ったけれど、努めてなんでもない風を装って話を聞く。
「ごきげんよう、ブライデン公爵令息。どうかなさいまして?」
「どうかなさいまして?じゃないよ!まったく君ときたら、皇族の前であんなはしたない振る舞いをして!天皇陛下までカンカンに怒って、タイシの婚約が破棄されたんだぞ!僕のフォローがなければ、いったいどんな罰を受けることになったやら…」
「……………」
アリサはニッコリと微笑んで、深々と頭を下げた。
「ご配慮、感謝いたします。先程わたくしも皇女殿下にお呼び出しされ、事情聴取を受けておりました。その結果わたくしがパーティーでしたはしたない振る舞いについては、お許しいただけるとご報告をいただきました。」
「そ…そうか!それは良かった!」
レオナルドは安心したように微笑むと、アリサの隣に並ぶ。
「家まで送ろう。女性のひとり歩きは危ない。」
「いえ、結構です。」
「殿方のお誘いは素直に受けておくものだよ。」
「はあ…そこまで仰るのでしたら、ご自由に。」
「ふふふ、素直じゃないんだから。」
浮かれきったレオナルドは饒舌に話しかける。
しかしアリサはそれらすべてを、脳に一欠片も残さず聞き流していた。
334
あなたにおすすめの小説
双子の姉に聴覚を奪われました。
浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』
双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。
さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。
三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。
私は真実の愛を見つけたからと離婚されましたが、事業を起こしたので私の方が上手です
satomi
恋愛
私の名前はスロート=サーティ。これでも公爵令嬢です。結婚相手に「真実の愛を見つけた」と離婚宣告されたけど、私には興味ないもんね。旦那、元かな?にしがみつく平民女なんか。それより、慰謝料はともかくとして私が手掛けてる事業を一つも渡さないってどういうこと?!ケチにもほどがあるわよ。どうなっても知らないんだから!
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
わたしの婚約者なんですけどね!
キムラましゅろう
恋愛
わたしの婚約者は王宮精霊騎士団所属の精霊騎士。
この度、第二王女殿下付きの騎士を拝命して誉れ高き近衛騎士に
昇進した。
でもそれにより、婚約期間の延長を彼の家から
告げられて……!
どうせ待つなら彼の側でとわたしは内緒で精霊魔術師団に
入団した。
そんなわたしが日々目にするのは彼を含めたイケメン騎士たちを
我がもの顔で侍らかす王女殿下の姿ばかり……。
彼はわたしの婚約者なんですけどね!
いつもながらの完全ご都合主義、
ノーリアリティのお話です。
少々(?)イライラ事例が発生します。血圧の上昇が心配な方は回れ右をお願いいたします。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。
私がいなくなっても構わないと言ったのは、あなたの方ですよ?
睡蓮
恋愛
セレスとクレイは婚約関係にあった。しかし、セレスよりも他の女性に目移りしてしまったクレイは、ためらうこともなくセレスの事を婚約破棄の上で追放してしまう。お前などいてもいなくても構わないと別れの言葉を告げたクレイであったものの、後に全く同じ言葉をセレスから返されることとなることを、彼は知らないままであった…。
※全6話完結です。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
心を病んでいるという嘘をつかれ追放された私、調香の才能で見返したら調香が社交界追放されました
er
恋愛
心を病んだと濡れ衣を着せられ、夫アンドレに離縁されたセリーヌ。愛人と結婚したかった夫の陰謀だったが、誰も信じてくれない。失意の中、亡き母から受け継いだ調香の才能に目覚めた彼女は、東の別邸で香水作りに没頭する。やがて「春風の工房」として王都で評判になり、冷酷な北方公爵マグナスの目に留まる。マグナスの支援で宮廷調香師に推薦された矢先、元夫が妨害工作を仕掛けてきたのだが?
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる