あなたの家族にしてください

秋月真鳥

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27.オメガ男性の母

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 ティエリーの妊娠が分かったが、男性のオメガはそれほどお腹が大きくならないのと、ティエリーがとても大柄なのでお腹が目立たないであろうことも考慮して、結婚式の衣装を注文したテイラーには伝えておいた。

「おめでとうございます、ジュネ様、クルーゾー様。結婚式までに体型が変わっても、精一杯対応させていただきます」

 おめでとうございますと言われてサイモンもじわじわと喜びが沸き上がってくる。ヒートからひと月して医者に行ったときには、まだ信じられない思いだったが、今になってティエリーのお腹に新しい命が宿っていることを実感する。

 まだ悪阻は始まっていなかったし、妊娠初期でティエリーは十分に働けたので、パン屋の仕事も続けていた。男性のオメガの場合、骨盤が開かない体質のものもいて自然分娩が難しいかもしれないということで、帝王切開で産むのが一般的だった。
 サイモンも弟のレイモンも、男性オメガの母が帝王切開で産んだ。
 ティエリーがどのような体質かはまだ分からないが、どんな状況にも対応できるようにサイモンは仕事を部下に割り振り、育児休暇もしっかりと取れるように申請していた。

 男性オメガの赤ん坊は少し早めに産むのだという。
 母体に影響がないように、赤ん坊が大きくなりすぎないうちに産む。
 医者の説明は聞いていたが、サイモンは詳しいことを男性のオメガである母に聞こうと思っていた。

 女性のアルファである父と男性のオメガである母という、若干ややこしい家庭ではあるが、ティエリーも男性のオメガなので、同じ男性のオメガから話を聞ければ安心するだろう。
 妊娠の報告に行くついでに、サイモンは男性のオメガである母に話を聞くつもりだった。

 妊娠の報告に行くと両親はとても喜んでくれた。

「サイモンが父親になるだなんて、信じられないね」
「おめでとう、サイモン。ティエリーもおめでとう。サイモンと番になってくださってありがとうございます」

 改めてアルファの女性の父からお礼を言われて、ティエリーは頬を染めて目を伏せて幸福そうにしていた。
 その姿が愛しくて抱き締めたかったが両親の前なのでぐっと我慢する。

「あの……お義母様は男性のオメガで、サイモンとレイモンを産んだと聞きました。男性のオメガの妊娠についてお聞きしていいですか?」
「もちろん、何でも聞いていいよ」
「悪阻は酷かったですか?」
「悪阻は個人差があるからおれを参考にはできないかな。おれも、サイモンとレイモンのときで全く違った」
「詳しく伺っていいですか?」
「サイモンのときには悪阻がものすごく酷くて、何か食べるとすぐに吐いてたし、産み月ちかくまで悪阻が続いたけど、レイモンのときはほとんど悪阻はなくて、食べ過ぎて体重が増えるのを医者に注意されたよ」

 教えてくれるオメガ男性の母に、ティエリーは興味深そうに聞いている。

「帝王切開だったと聞いています。それが分かったのはいつ頃ですか?」
「妊娠初期に骨格の検査があって、それで骨盤が開かないタイプだって診断されたんだ。ティエリーも近いうちに骨格の検査があると思うよ」
「母乳は出ましたか?」
「おれは母乳が出るタイプだったけど、これも個人差だって言われてた。母乳の出ないタイプの男性オメガもいるみたいだから、気負わずに出なかった場合はミルクでも育てられるから気にしないでいいと思うよ」

 医者には聞けない経験者の言葉を聞いて、ティエリーは少しずつ落ち着いてきたようだ。まだ平たいお腹を撫でて不思議そうに呟く。

「ここにサイモンとわたしの赤ちゃんがいるんですね」
「おれも、自分のお腹にいるって最初は実感なかったけど、お腹が大きくなってきたら実感がわくよ。サイモンもレイモンもものすごく蹴る胎児で、寝てるときに蹴られて起こされることもよくあったよ」
「蹴るようになるんですね」
「おれは女の子には恵まれなかったけど、女の子はまた違うのかもしれない」

 サイモンの母はサイモンとレイモンの二人しか生んでいない。
 それにも理由があったようだ。

「二回目の帝王切開で大出血して死にかけたんだ。それで、もう子どもは二人いるからこれ以上は望まないようにしようって夫婦で決めたよ」
「大変だったんですね」
「サイモンもレイモンも立派に育ってくれたから、おれは幸せ者だよ」

 微笑む母に、父が寄り添う。
 その姿を見て、性別こそ違うが、サイモンも将来こんな二人になりたいと思った。
 報告にはレイモンも駆け付けてくれた。

「サイモン、おめでとう。ティエリーもおめでとう。ティエリーは一時期サイモンの部屋を出てたんだろう? 仲直りできてよかったな」
「別に喧嘩してたわけじゃないよ」
「そうなのか? サイモンの言葉が足りなくてティエリーを傷付けたんじゃないのか?」
「そんなこと……ないよな、ティエリー」
「はい、違います。わたしが勝手に勘違いしてしまっただけです。今はサイモンのそばにいられて幸せですし、サイモンなしでは生きられません」

 恥じらいながらもはっきりと告げてくれるティエリーにサイモンは安心していた。
 結婚式の日取りを伝えて、参加してくれるようにお願いして、サイモンとティエリーはマンションに帰った。
 ティエリーのパン屋での扱いはアルバイトだったので、仕事に行っていない日は給料がもらえないだけで休みも融通が利いた。不定期なサイモンの休みの日をティエリーは休みにあててくれていた。

「ティエリー、髪を洗ってあげようか?」
「いいんですか?」

 妊娠しているので夜の営みは控えていたが、スキンシップは多めにと医者に言われていた。番のアルファのフェロモンは妊娠中のオメガを安定させるようなのだ。
 毎晩一緒に風呂に入って、ティエリーの髪を洗って、マッサージもするサイモンにティエリーは気持ちよさそうにしている。妊娠後期に入ってくると足がむくんだりするので、マッサージはますます必要になりそうだ。

 目を閉じてバスタブから頭を出して髪を洗ってもらっているティエリーはリラックスしたようすである。香ってくるフェロモンは相変わらず甘くいい匂いではあったが、性的に誘うものではなくなっている。

「動物は妊娠期には雄を近寄せなかったりするけど、ティエリーはおれのフェロモン平気?」
「すごく心地いいです。守られてると実感します」

 丁寧に髪を洗って、頭皮をマッサージして、シャンプーの泡を流して、コンディショナーで髪をケアして、サイモンは自分の体と髪をさっと洗ってティエリーと入れ替わりにバスタブに入った。
 二人で入るには少々狭いし、何よりサイモンがティエリーに変な気になりそうになる。サイモンが反応しているのに気付いたら、ティエリーは口で慰めたり、手で慰めたりしようとしてくるので、それは遠慮したくて一緒にバスタブには入らなかった。
 ソファに座ったティエリーの髪を乾かして、自分の髪も適当に乾かして、サイモンはティエリーと共にベッドに行く。
 サイモンのベッドで眠るティエリーは穏やかな顔をしている。

 妊娠して少しティエリーが変わったとすれば、長時間眠るようになったくらいだった。
 サイモンも目覚めはいい方だし、すっきりと朝起きられるが、ティエリーはサイモンより先に起きていることが多かった。それがサイモンが朝食を作りにベッドから出るまで目覚めることなく、サイモンが起きた気配で目を覚ますようになった。
 仕事から帰ってもティエリーは眠っていることが多い。
 妊娠は体がもう一人分の細胞を作り上げるので、かなり体力を消耗するのだろう。食べる量は変わらないようなので、それだけは安心していた。

 ティエリーが心地よく過ごせることだけを考えて、それまでは現場に出ることもあったが、サイモンはチームの中でも完全に後方支援に回ることにした。
 チームには新しい警察官も入って、人数も増えて、サイモンが育児休暇を取ることになっても問題なく仕事ができるように配慮されていた。
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