あなたの家族にしてください

秋月真鳥

文字の大きさ
26 / 30

26.サイモンの誕生日はホテルで

しおりを挟む
 サイモンと過ごした二回目のヒートで妊娠しなかったことにティエリーは気落ちしたが、サイモンはティエリーを慰めてくれた。
 サイモンに自分とサイモンの誕生日を教えてもらって、ティエリーはサイモンの誕生日になにか贈りたいと考えたが、資格がなく働くパン屋の給料は多くはない上に、ヒートで休んでしまったのでその分も引かれている。
 残り二か月の給料を考えても、サイモンにまともなものは買えない気がしていた。

 サイモンにプレゼントが買えないと落ち込むティエリーにサイモンは提案してくれる。

「結婚式の衣装を作りに行こう。おれもティエリーも規格外に大きいから、特注品の方がしっくりくるだろう。既製品だと選択肢がないかもしれない」
「結婚式を挙げるんですか? もう婚姻届けは出していますよ?」
「ティエリーが落ち着いたら結婚式は挙げたいと思っていた。おれの両親と、レイモンと、レミとイポリートとジルベルトに参加してもらって」

 結婚式というものは経験したことがないが、本棚に並んでいた恋愛小説では必ずと言っていいくらい出て来る題材だった。きれいに着飾った二人が教会で愛を誓う。
 ティエリーとサイモンはもう婚姻届けも出しているし、番なので結婚式をしなくてもいいのではないかと問えば、サイモンはしたいようだ。
 それならばティエリーもサイモンにお願いしたいことがあった。

「あの国境の町のパン屋のお二人を結婚式に招待したいんです」
「それはいいね。ティエリーを大事にしてくれていたみたいだし、ぜひ招待しよう」

 それに今働いているパン屋の店主と厨房で仲良くなった三人の従業員も呼びたいとお願いすれば、サイモンは快く了承してくれた。
 それだけでなく、結婚指輪も買ってくれるという。
 ティエリーばかり嬉しいことがたくさんで、サイモンのお誕生日お祝いになっていないのではないかと心配になると、衣装を作って指輪を買うのをサイモンの誕生日にして、結婚式をティエリーの誕生日にすればいいのだとサイモンは提案してくれる。
 自分の誕生日を知らなかったが、誕生日が結婚記念日になるということは、ティエリーにとってとても嬉しいことだった。

 その後で、サイモンは自分の両親についても教えてくれた。
 ティエリーがサイモンの母だと思っていた相手は、アルファの女性で父にあたり、ティエリーがサイモンの父だと思っていた相手はオメガの男性で母にあたるのだと聞いたときには驚いた。

「サイモンも男性のオメガから生まれていたんですね」
「だから、おれがティエリーを連れて実家に帰ったときも、両親も弟も何も言わなかっただろう」
「そういえばそうでした」

 男性のオメガを普通に受け入れる家庭だったからこそ、サイモンもティエリーと番になっても抵抗がなかったのかもしれない。

「レイモンは何歳ですか?」
「おれの五つ下だから、二十三歳だよ」
「レイモンもアルファですか?」
「そうだよ」

 レイモンがアルファかもしれないというのは薄々勘付いていたが、確信ではなかった。ティエリーは第二性に関する感度が鈍いようだ。それはサイモンと番になってアルファのフェロモンが全く分からなくなってしまったからかもしれない。

「他に聞きたいことは? なんでも聞いて」
「サイモンは、この国では珍しい名前ですよね? この国では綴りがSimonなら、シモンと読みませんか?」
「それ、気になる?」
「ちょっとだけ」

 聞いてみると、サイモンはペンと紙を持ってきた。
 そこに東洋の文字で「西門」と書く。

「これで、サイモンって読むらしいんだ。父方の祖母が日本人で、付けてくれた。レイモンも漢字がある」

 続いてサイモンは「零門」と紙に書いた。

「サイモンの名前は、日本語だったんですね。この文字、エキゾチックで素敵です」
「おれも気に入ってる」
「わたしの結婚指輪の内側に、この文字を刻んでくれませんか?」

 多分、この国のほとんどの人間には分からないサイモンのもう一つの名前。それをティエリーが常に身に着けておけるならばこんな幸せはない。

「じゃあ、おれも指輪の内側にティエリーの名前を刻んでいい?」
「わたしの名前は、サイモンみたいにエキゾチックでも格好よくもないですよ」
「おれの生涯の伴侶の名前だから、刻んでおきたい」

 真剣に告げるサイモンに、ティエリーは胸をときめかせながら頷いた。

 次のヒートになる前に、サイモンとティエリーは結婚衣装の採寸に行って注文して、注文していた指輪を受け取った。
 内側に小さく「西門」と刻まれた指輪を左手の薬指に付けてもらって、ティエリーは何度もその指輪を撫でていた。
 もうすぐヒートが来るので、番休暇中はずっとその指輪を付けておくつもりだった。

 ティエリーのヒートは二か月ごとに来るようだった。周期が一定になったので、サイモンもティエリーも予定が立てやすくなった。
 今回のヒートはサイモンの誕生日近くだったので、サイモンがホテルを予約してくれていた。

「ヒート専用のプランがあったんだ。ルームサービスは呼ぶまで来ないし、冷蔵庫と簡易キッチンがあって自分たちで料理もできるし、清掃を頼めば、シャワーを浴びている間にベッドメイキングをしてくれる」
「至れり尽くせりじゃないですか。高かったのでは?」
「おれの誕生日なんだから、一緒に過ごしてよ、ティエリー」

 甘えるように言われてティエリーは悪い気がせずにサイモンの言う通りにした。
 ヒート前の微熱が出始めたころにホテルにチェックインして、広いスイートルームに入る。ベッドは大きなものが二つ用意されていた。

「どうして、ベッドが二つ?」
「一つを汚しても、もう一つで行為に及べるだろ」

 どう見てもダブルのベッドが二つ入っている寝室に驚きつつも、ボストンバッグに入れてきた荷物をクローゼットに仕舞うと、サイモンがティエリーの体を後ろから抱き締める。
 身長差があるので包まれるような感覚はないが、サイモンがティエリーの首のチョーカーに手を回して外してしまうと、うなじに顔を埋めて深く息を吸い込んでいる。

「ティエリー、すごいフェロモンだ。いい香り」
「サイモンのフェロモンもすごく香っています。心地いいです」

 後ろから抱き締めるサイモンからもアルファのフェロモンが漂って来て、ティエリーを包み込んでいる。番のフェロモンは浴びているだけで心が落ち着くし、オメガは安定するものだ。
 それだけでなくヒートに入りかかっているので、サイモンのフェロモンを浴びるとどうしても後ろが濡れてしまう。

「シャワーを浴びてきていいですか?」
「おれは食事の準備をしておくよ。本格的なヒートに入る前に何か食べておこう」
「はい。あの、サイモン、嫌じゃないですか?」
「なにが?」
「このホテルの、シャンプーやボディソープの香り」

 アルファは香りに拘りのあるものが多いという。オメガのフェロモンに対しても相性があって香りを心地よく感じないと反応しないようだが、それ以外でもサイモンは香りに拘りがあるので、部屋のボディソープもシャンプーもコンディショナーも無香料だったし、ローションも匂いのないものを使っている。

「そうだった。言ってくれてありがとう。小分けにして持ってきたんだった」

 やっぱり拘りはあったようで、小分けのボトルに詰められたボディソープとシャンプーとコンディショナーを渡されて、ティエリーはほっと胸を撫で下ろした。抱かれる段階でサイモンの嫌いな匂いを纏っておきたくはなかった。

「ローションは? 使う?」
「それは、サイモンに任せてもいいですか? 多分、使わなくてもいいくらい濡れて柔らかくなってると思いますが」

 ヒートのときにはオメガの体は、凶悪なまでに大きいアルファのものを抵抗なく受け入れられるようになる。アルファに抱かれた経験はほとんどなかったが、サイモンのものが大きいということだけはティエリーにも分かっていた。

 シャワーで洗浄して、体も髪も洗ってバスルームから出て来ると、ソファのある方の部屋からいい匂いがしてきた。ヒート前なのでお腹はそれほど空いていないが、匂いにつられてソファに座ると、食べやすいように優しい味付けのチーズリゾットがティエリーとサイモンの分準備されていた。

「ごめん、先に食べてた」
「気にしなくていいですよ」
「食べ終わったらシャワーを浴びようと思って。ティエリー、髪乾かすんだよ」
「あ、はい」

 短いので乾かす必要もないかと放っておいている髪も、サイモンは気にしてくれる。サイモンに言われたら乾かそうと思えるのだからティエリーは現金だ。

 チーズリゾットを食べて髪を乾かして歯を磨いている間に、サイモンはシャワーを浴びてバスルームから出て来て歯を磨いて、髪を乾かしていた。
 少し長めの黒髪が濡れて黒曜石のように光っているのが美しい。下半身にバスタオルを巻きつけただけの格好だが、上半身は鍛え上げられていて、腹筋も割れて中世の彫刻のように美しい。

 しみじみと美しい男性だと思って見ていると、サイモンがティエリーに口付けた。

「フェロモン、濃くなってる。おれを誘ってるの?」
「サイモンのことはいつも誘ってます。もう一回したいのに、仕事だから断られることが多いんですけど」
「それは、許してほしい。おれだって我慢してるんだ」
「我慢しなくていいじゃないですか。寝るのが少し遅くなっても、わたしは仕事が終わるのが早いから帰って眠れます」
「ヒートのときは体力の限り満たしてあげるから、普段はそんなに誘惑しないで。おれだってティエリーをもっと抱きたいと思ってる。でも、仕事に差しさわりがあったら困るだろう?」

 サイモンを困らせるつもりはなかったが、拗ねていることは伝えておこうと思ってティエリーは普段思っていることを口にした。サイモンは許してほしいと言って、ティエリーが淫乱だとか浅ましいとか言ってこない。
 サイモンにならば何を口にしてもいい。
 どれだけ欲しいとねだってもいい。
 安心感の中、ティエリーは強いフェロモンを発してヒートに入って行った。

 ヒート期間中、サイモンはティエリーを満たしてくれた。
 最初の激しいヒートの間は繋がっていない時間がないくらいずっと抱いてくれたし、激しいヒートが治まってからの四日間も、ティエリーに水分と食事を摂らせつつ、無理のない程度に抱いてくれた。

 今回のヒートで、ティエリーは妊娠することができた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

婚約破棄された令息の華麗なる逆転劇 ~偽りの番に捨てられたΩは、氷血公爵に愛される~

なの
BL
希少な治癒能力と、大地に生命を呼び戻す「恵みの魔法」を持つ公爵家のΩ令息、エリアス・フォン・ラティス。 傾きかけた家を救うため、彼は大国アルビオンの第二王子、ジークフリート殿下(α)との「政略的な番契約」を受け入れた。 家のため、領民のため、そして―― 少しでも自分を必要としてくれる人がいるのなら、それでいいと信じて。 だが、運命の番だと信じていた相手は、彼の想いを最初から踏みにじっていた。 「Ωの魔力さえ手に入れば、あんな奴はもう要らない」 その冷たい声が、彼の世界を壊した。 すべてを失い、偽りの罪を着せられ追放されたエリアスがたどり着いたのは、隣国ルミナスの地。 そこで出会ったのは、「氷血公爵」と呼ばれる孤高のα、アレクシス・ヴァン・レイヴンだった。 人を寄せつけないほど冷ややかな瞳の奥に、誰よりも深い孤独を抱えた男。 アレクシスは、心に傷を抱えながらも懸命に生きようとするエリアスに惹かれ、次第にその凍てついた心を溶かしていく。 失われた誇りを取り戻すため、そして真実の愛を掴むため。 今、令息の華麗なる逆転劇が始まる。

プリンなんだから食えばわかる

てぃきん南蛮
BL
海外で定食屋を開くことを夢見て、留学をした董哉。 留学先の紹介で軍事食堂の手伝いをしているが、 アジア人嫌いのオメガ嫌いであるフレッドという兵士から嫌がらせを受ける。 ある日、初めてメイン料理を提供した董哉だったが、フレッドに何癖を付けられる。 料理を貶された董哉は流石に腹が立ち、フレッドに対して────…… 後日、流石に後悔した董哉だったが、 何故かその日からフレッドの態度が軟化し始めて……? 最悪な印象から始まる、偏見持ち海外軍人のα×軍人食堂の日本人バイト留学生Ω

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...