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一章 ご寵愛の理由
3.デビュタントの夜に
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貴族の学園の卒業パーティーは皇帝陛下主催なので、皇帝陛下が一応顔を出される。
毎年、一瞬だけ顔を出して城に戻って行かれると聞いていたのだが、今回は違うようだ。
わたくしは、皇帝陛下のために用意された席に、皇帝陛下の横になぜか座らされている。
最初はわたくしも断ったのだ。
「不敬に当たりますので、皇帝陛下の横に座ることはできません。わたくしは立っております」
「では、わたしも立とう」
「皇帝陛下は座ってください」
「レイシーが座るなら、座ろう」
「いえ、わたくしは立っておりますので、皇帝陛下は座ってください」
「それでは、わたしも立っている」
絶対に譲らない皇帝陛下とわたくしのやり取りは五分くらい続いて、結局周囲の目にわたくしが負けた。
皇帝陛下を座らせないわけにはいかなかったので、わたくしも座らせていただいたのだが、なんと皇帝陛下の横である。
前の席とか斜め前の席とか空いているはずなのに、横に座らされてしまった。
「皇帝陛下、この方は?」
「わたしの婚約者になるレイシー・ディアンだ」
側近らしき貴族や騎士の前で堂々と紹介されてしまって、わたくしは慌てる。
「婚約はお受けしておりません」
「受けてもらえないのか?」
「そ、それは……」
結婚しないと宣言している皇帝陛下は、側妃でも妾でもいいので女性をそばに置くようにと周囲から言われているのは知っている。その皇帝陛下が婚約しようというのだから、周囲が止めるはずがない。
「レイシー嬢、おめでとうございます」
「皇帝陛下、ご結婚なさる気になられたのですね。素晴らしいことです」
感動している側近や騎士たちに言いたい。
わたくし、片田舎の貧乏令嬢なんですが、本当にいいんですか!?
わたくしが着ているドレスも、わたくしが自分で作ったものなんですけど!?
さすがに不敬になるのでそれは口に出せなかったが、代わりに皇帝陛下に一応言い返す。
「わたくしの婚約が正式に破棄されたわけではありませんし、両親に確認してみないと」
「そうだったな。ディアン子爵家に使いを出そう。正式に迎えを寄越すとしよう」
「わたくし、長女ですので、次女のソフィアの方が……」
「わたしが望んでいるのは、レイシー、あなただけだ」
なんで!?
ソフィアの方がまだ十六歳だけれど、美人だし、スタイルもいいのに!?
わたくしは背が高すぎて、胸も貧相だし、と考えてから、わたくしは横に座る皇帝陛下をまじまじと見てしまった。
立っているときにわたくしは皇帝陛下の胸くらいまでしか身長がなかった。
レナン殿は自分の身長が高くないことを気にしていて、わたくしに決して踵の高い靴を履かないように言っていたのだが、皇帝陛下の横に立つなら踵の高い靴を履かないと逆に小さく見えてしまうのではないだろうか。
「あの、なんで、わたくしを?」
「デビュタントでわたしに挨拶をしたときのことを覚えているかな? あのときに、わたしはあなたに気付いた」
「気付いた?」
「あなたは、わたしの運命なのだと」
「運命?」
もう訳が分かりません。
わたくし、他人から運命を感じられるような容姿をしていないことには自覚があります。
妹のソフィアは色んな男性から「運命を感じた」と口説かれているのを見たことがあるけれど、わたくしに運命を感じる相手がいるだなんて思わなかった。
それが皇帝陛下なのである。
皇帝陛下の婚約者になったら、お城に行かなければいけないのだろうか。
わたくしはディアン子爵家の長女なのに、皇帝陛下に望まれたら、帝家に嫁がねばならないだろう。ディアン子爵家のことはソフィアに任すしかなくなるのか。
ソフィアには幸せな結婚をしてほしいと願っていたけれど、それも無理になってしまうのか。
「わたくしのスローライフ……」
あぁ、さようなら、わたくしの平穏。
わたくしのスローライフ。
わたくしは皇帝陛下の側妃として、貧乏子爵家の出身で周囲から白い目で見られて、皇帝陛下のお渡りを待つ身になるのだわ。
思わず遠い目になるわたくしに、皇帝陛下がシャンパンを勧めて来る。細いシャンパングラスを受け取ると、わたくしは緊張で喉がからからになっていたことに気付いた。
一口飲むと、喉が潤う。
「レイシーは好きなものは?」
「わたくしの好きなものですか?」
「お腹は空いていないかな? なにか軽食を取って来させようか?」
卒業パーティーには給仕がいて、飲み物や軽食を持って来てくれる。
緊張で食べ物は喉を通りそうになかったのでわたくしが遠慮すると、皇帝陛下は自分のグラスのシャンパンを飲み、ご自分も軽食は頼まなかったようだった。
「ダンスに誘いたかったのだが、この場では警備が行き届いていないので、踊ることは禁じられている。レイシーも卒業のパーティーで踊りたかっただろうがすまない。わたし以外の相手と踊るのを許せるような寛容な男ではないのだ」
「いや、元々、誰もわたくしを誘いませんし」
元婚約者のレナン殿ですらわたくしを見限ってエミリー嬢と踊っていたのだ。貧乏子爵家のわたくしをダンスに誘う酔狂な相手はいない。
それを口に出せば、皇帝陛下が怪訝そうな顔になる。
「レイシーはこんなにも聡明で素晴らしいのに」
「学年首席を取ると、素晴らしいよりもこざかしいが上回るようでして」
わたくしが学園の六年間ずっと学年首席を取っていたのに対して、レナン殿はずっと「女に勉強など必要ない。女に必要なのは愛嬌だ」などと言っていたのを思い出す。
最低の婚約者だったので、婚約が破棄されたことに関しては全く文句はなかったどころか、ラッキーとまで思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「この刺繍、レイシーが入れたのか?」
「はい。わたくし、ドレスを誂える余裕がありませんので、自分でドレスを仕立てました。この刺繍、ソフィアのものよりも簡素なのですが、ソフィアのドレスはもっと豪華に仕上げておりますよ。ソフィアのドレスをお見せしたい」
あ、いけない。
ついつい、刺繍のことになると楽しくて語ってしまう。
わたくしが喋りすぎたと反省して口を閉じると、皇帝陛下は冷徹と評される整っているが感情のあまり乗らないはずのお顔に、笑みを浮かべて聞いていた。
「このレースも、レイシーが編んだのか?」
「はい。レース編みは得意なのです。わたくしの名前も、レースのように繊細で美しい子になるようにと、レースが由来でレイシーと付けられました」
「レースが由来だったのか。それでこんな美しい名前なのだな」
まずい。
刺繍やレースのことになるとついつい口が滑らかになってしまう。
皇帝陛下に対して不敬ではなかっただろうか。
そもそも、自作のドレスで皇帝陛下の横に座るだなんてあっていいのだろうか。
今更ながらに青ざめるわたくしに、皇帝陛下は微笑みながら聞いていてくれたが、側近に耳打ちされて立ち上がった。
「すまない、レイシー。楽しい時間はここで終わりのようだ。今日は失礼する。後日、城から正式に使いを出すので待っていてくれ」
「考え直しませんか?」
「何をだ?」
「えっと……全てを?」
わたくしとの婚約を考え直してほしい。
わたくしの思いは皇帝陛下には届かなかった。
あの白銀の髪と柘榴のように真紅の目。
わたくしは、あの色彩をどこかで見たことがあるような既視感を覚えていた。
卒業パーティーの後で、わたくしとソフィアはディアン子爵家の領地に戻ったのだが、両親には既に通達が行っていたようだった。
「レイシー、皇帝陛下がお前に求婚したと?」
「レナン殿はレイシーとの婚約を破棄して、慰謝料を払うと言っています」
「レイシー、皇帝陛下といつお知り合いになったのだ?」
両親に説明を求められて、わたくしは答えられることが何もなかった。
言えたのは一つだけ。
「デビュタントのときに、皇帝陛下はわたくしを見初められたと仰っていました」
「なんと!?」
「あの一瞬で!?」
あの年、十五歳になった子息令嬢は何十人といたはずだ。
それが挨拶をするのだから、一人三十秒も皇帝陛下にお顔を見せることはなかっただろう。
その一瞬で皇帝陛下はわたくしに運命を感じた。
嘘のようにしか思えないのだが、それ以外に皇帝陛下とわたくしの交流などなくて、わたくしはそれしか言えなかった。
毎年、一瞬だけ顔を出して城に戻って行かれると聞いていたのだが、今回は違うようだ。
わたくしは、皇帝陛下のために用意された席に、皇帝陛下の横になぜか座らされている。
最初はわたくしも断ったのだ。
「不敬に当たりますので、皇帝陛下の横に座ることはできません。わたくしは立っております」
「では、わたしも立とう」
「皇帝陛下は座ってください」
「レイシーが座るなら、座ろう」
「いえ、わたくしは立っておりますので、皇帝陛下は座ってください」
「それでは、わたしも立っている」
絶対に譲らない皇帝陛下とわたくしのやり取りは五分くらい続いて、結局周囲の目にわたくしが負けた。
皇帝陛下を座らせないわけにはいかなかったので、わたくしも座らせていただいたのだが、なんと皇帝陛下の横である。
前の席とか斜め前の席とか空いているはずなのに、横に座らされてしまった。
「皇帝陛下、この方は?」
「わたしの婚約者になるレイシー・ディアンだ」
側近らしき貴族や騎士の前で堂々と紹介されてしまって、わたくしは慌てる。
「婚約はお受けしておりません」
「受けてもらえないのか?」
「そ、それは……」
結婚しないと宣言している皇帝陛下は、側妃でも妾でもいいので女性をそばに置くようにと周囲から言われているのは知っている。その皇帝陛下が婚約しようというのだから、周囲が止めるはずがない。
「レイシー嬢、おめでとうございます」
「皇帝陛下、ご結婚なさる気になられたのですね。素晴らしいことです」
感動している側近や騎士たちに言いたい。
わたくし、片田舎の貧乏令嬢なんですが、本当にいいんですか!?
わたくしが着ているドレスも、わたくしが自分で作ったものなんですけど!?
さすがに不敬になるのでそれは口に出せなかったが、代わりに皇帝陛下に一応言い返す。
「わたくしの婚約が正式に破棄されたわけではありませんし、両親に確認してみないと」
「そうだったな。ディアン子爵家に使いを出そう。正式に迎えを寄越すとしよう」
「わたくし、長女ですので、次女のソフィアの方が……」
「わたしが望んでいるのは、レイシー、あなただけだ」
なんで!?
ソフィアの方がまだ十六歳だけれど、美人だし、スタイルもいいのに!?
わたくしは背が高すぎて、胸も貧相だし、と考えてから、わたくしは横に座る皇帝陛下をまじまじと見てしまった。
立っているときにわたくしは皇帝陛下の胸くらいまでしか身長がなかった。
レナン殿は自分の身長が高くないことを気にしていて、わたくしに決して踵の高い靴を履かないように言っていたのだが、皇帝陛下の横に立つなら踵の高い靴を履かないと逆に小さく見えてしまうのではないだろうか。
「あの、なんで、わたくしを?」
「デビュタントでわたしに挨拶をしたときのことを覚えているかな? あのときに、わたしはあなたに気付いた」
「気付いた?」
「あなたは、わたしの運命なのだと」
「運命?」
もう訳が分かりません。
わたくし、他人から運命を感じられるような容姿をしていないことには自覚があります。
妹のソフィアは色んな男性から「運命を感じた」と口説かれているのを見たことがあるけれど、わたくしに運命を感じる相手がいるだなんて思わなかった。
それが皇帝陛下なのである。
皇帝陛下の婚約者になったら、お城に行かなければいけないのだろうか。
わたくしはディアン子爵家の長女なのに、皇帝陛下に望まれたら、帝家に嫁がねばならないだろう。ディアン子爵家のことはソフィアに任すしかなくなるのか。
ソフィアには幸せな結婚をしてほしいと願っていたけれど、それも無理になってしまうのか。
「わたくしのスローライフ……」
あぁ、さようなら、わたくしの平穏。
わたくしのスローライフ。
わたくしは皇帝陛下の側妃として、貧乏子爵家の出身で周囲から白い目で見られて、皇帝陛下のお渡りを待つ身になるのだわ。
思わず遠い目になるわたくしに、皇帝陛下がシャンパンを勧めて来る。細いシャンパングラスを受け取ると、わたくしは緊張で喉がからからになっていたことに気付いた。
一口飲むと、喉が潤う。
「レイシーは好きなものは?」
「わたくしの好きなものですか?」
「お腹は空いていないかな? なにか軽食を取って来させようか?」
卒業パーティーには給仕がいて、飲み物や軽食を持って来てくれる。
緊張で食べ物は喉を通りそうになかったのでわたくしが遠慮すると、皇帝陛下は自分のグラスのシャンパンを飲み、ご自分も軽食は頼まなかったようだった。
「ダンスに誘いたかったのだが、この場では警備が行き届いていないので、踊ることは禁じられている。レイシーも卒業のパーティーで踊りたかっただろうがすまない。わたし以外の相手と踊るのを許せるような寛容な男ではないのだ」
「いや、元々、誰もわたくしを誘いませんし」
元婚約者のレナン殿ですらわたくしを見限ってエミリー嬢と踊っていたのだ。貧乏子爵家のわたくしをダンスに誘う酔狂な相手はいない。
それを口に出せば、皇帝陛下が怪訝そうな顔になる。
「レイシーはこんなにも聡明で素晴らしいのに」
「学年首席を取ると、素晴らしいよりもこざかしいが上回るようでして」
わたくしが学園の六年間ずっと学年首席を取っていたのに対して、レナン殿はずっと「女に勉強など必要ない。女に必要なのは愛嬌だ」などと言っていたのを思い出す。
最低の婚約者だったので、婚約が破棄されたことに関しては全く文句はなかったどころか、ラッキーとまで思っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
「この刺繍、レイシーが入れたのか?」
「はい。わたくし、ドレスを誂える余裕がありませんので、自分でドレスを仕立てました。この刺繍、ソフィアのものよりも簡素なのですが、ソフィアのドレスはもっと豪華に仕上げておりますよ。ソフィアのドレスをお見せしたい」
あ、いけない。
ついつい、刺繍のことになると楽しくて語ってしまう。
わたくしが喋りすぎたと反省して口を閉じると、皇帝陛下は冷徹と評される整っているが感情のあまり乗らないはずのお顔に、笑みを浮かべて聞いていた。
「このレースも、レイシーが編んだのか?」
「はい。レース編みは得意なのです。わたくしの名前も、レースのように繊細で美しい子になるようにと、レースが由来でレイシーと付けられました」
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皇帝陛下に対して不敬ではなかっただろうか。
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わたくしとの婚約を考え直してほしい。
わたくしの思いは皇帝陛下には届かなかった。
あの白銀の髪と柘榴のように真紅の目。
わたくしは、あの色彩をどこかで見たことがあるような既視感を覚えていた。
卒業パーティーの後で、わたくしとソフィアはディアン子爵家の領地に戻ったのだが、両親には既に通達が行っていたようだった。
「レイシー、皇帝陛下がお前に求婚したと?」
「レナン殿はレイシーとの婚約を破棄して、慰謝料を払うと言っています」
「レイシー、皇帝陛下といつお知り合いになったのだ?」
両親に説明を求められて、わたくしは答えられることが何もなかった。
言えたのは一つだけ。
「デビュタントのときに、皇帝陛下はわたくしを見初められたと仰っていました」
「なんと!?」
「あの一瞬で!?」
あの年、十五歳になった子息令嬢は何十人といたはずだ。
それが挨拶をするのだから、一人三十秒も皇帝陛下にお顔を見せることはなかっただろう。
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