そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥

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一章 ご寵愛の理由

4.騎士団長の来訪

 またあの夢だ。
 わたくしは、夢の中でわたしになる。

 黒い髪、黒い目。
 わたくしとよく似たわたしの顔が鏡に映っている。
 鏡に姿を映したわたしは、自分の服を縫っていた。これまで着ていた服が窮屈になったので、体のサイズに合わせて少し大きく注ぎ足して縫っているのだ。
 縫物をしている足元でガーネくんは大人しく絵本を読んでいた。
 ガーネくんの着ている服は、全部わたしが作ったもので、少し成長しても着られるように幅が詰めてあり、裾や袖も折って縫ってある。
 靴だけは作れなかったので、町の靴屋で買ってきたが、足に合わせるために町に行こうと言うとガーネくんがものすごく怯えるので、足のサイズを測って、大体の大きさで買ってきた。
 ガーネくんはほとんど外出をしないので、それで十分のようだった。

「おねえちゃん、おねえちゃんのお名前はなんていうの?」
「わたしはセシルよ。ガーネくんは自分のお名前、思い出せないの?」

 最初に聞いたときは混乱していて口に出せなかっただけかもしれないので、わたしは何度かガーネくんにこの問いかけをしていた。そのたびにガーネくんは泣きそうな顔で首を振る。
 柘榴に似た真紅の瞳が潤んでくるのはかわいそうなので、わたしはそれ以上聞けなくなる。
 その日もガーネくんは首を振ったが、ちょっとだけ考えて、わたしに手招きした。

「お耳かして?」
「なぁに?」
「あのね、ぼくのお名前、ほんとうは知ってるの。でもだれにも言っちゃダメなんだって言われたの」
「ダメなの?」
「うん。ごめんなさい」

 小さな頭を俯けて謝るガーネくんのサラサラの銀色の髪をわたしは撫でる。

「いいのよ。それじゃ、ここではガーネくんはガーネくんでいいわ」
「おねえちゃんの付けてくれたお名前、すきだよ」
「わたしもガーネくんのお名前好きよ」
「おねえちゃんのことも、すき」

 純粋な真紅の目で見つめられて、わたしはくすくすと笑ってしまう。六歳の男の子から告白をされてしまった。
 十六歳なのに恋愛には全く縁のなかったわたしにとって、それは異性からの初の告白だった。

「わたしもガーネくんのこと、大好き」

 家族として、弟のような存在として、わたしはガーネくんが大好きだった。
 いつか誰かがガーネくんを迎えに来たとしても、わたしはガーネくんのことを忘れないだろう。
 小さなガーネくんがわたしのことを忘れても。


 目が覚めてわたくしは自分に起きたことを思い返していた。
 あれは卒業のパーティーでのこと。
 わたくしは婚約破棄を言い渡された。それに関しては喜んだくらいなのに、なぜか皇帝陛下がわたくしに求婚してきた。
 なんで皇帝陛下はわたくしに求婚したのだろう。
 あれこそ夢だったらよかったのに。

 わたくしの願いは虚しく、わたくしが領地の粗末なお屋敷に帰った翌日に、皇帝陛下から正式な使いがやってきた。
 使いは帝都でも有名な騎士団長のグレゴール・クレメン隊長だった。
 年のころは四十代後半くらいだろうか。わたくしの両親よりも少し年上なクレメン隊長は、皇帝陛下の印章で押された封蝋の手紙を両親に差し出した。

「ヴァレン帝国騎士団団長、グレゴール・クレメンです。ディアン子爵夫妻に皇帝陛下より書状を託けられております。お受け取りください」
「は、はい」

 応接室にクレメン隊長を招き入れた両親は完全に委縮している。皇帝陛下も長身で威風堂々としていたが、クレメン隊長も長身で筋骨隆々としている。背筋を伸ばしてびしっと立っている姿に、わたくしも両親もソフィアも座ることができない。

「クレメン隊長、どうぞ、お座りください」
「いいえ、自分は開封を見届けてお返事をいただくまではこのままで」
「は、はぁ」

 クレメン隊長が立っているのでわたくしたちも座るわけにはいかず、父は立ったまま書状を開封した。
 中に書かれていたことは、想像の通りだった。

『ディアン子爵
 皇帝であるわたし、アレクサンテリ・ルクセリオンは、貴殿の令嬢、レイシー・ディアンに求婚する。一年間の婚約期間を設け、その後、結婚することとしたい。レイシーは皇宮にて一年間教育を行うため、帝都の皇宮においでくださるように。
 アレクサンテリ・ルクセリオン』

 拒否とかそういうことができる文面じゃないですね!?
 これになんと返事をすればいいんですか!?

 父の顔を見ていると、青ざめているのがよく分かる。
 結婚をしないと宣言していた皇帝陛下が、側妃なのか妾妃なのか分からないが、わたくしを召し上げようとしている。皇帝陛下以外に直系の皇族はいない。前皇帝陛下の弟君はいるが、皇位継承権を放棄している。その子どもたちも、皇帝陛下に子どもができ次第、皇位継承権を放棄させるつもりだと聞いている。
 皇帝陛下は子どもを作らなければいけない。
 それが皇帝としての義務なのだろうと分かっているのだが、わたくしは側妃にも妾妃にもなりたいとは思わなかった。

 やっと政略結婚の煩わしさから逃れたのだ。自由にさせてほしい。
 でも、そういうわけにはいかない。

「レイシーに皇宮に行く準備をさせます。その期間くらい慈悲深い皇帝陛下は待ってくださいますでしょう」
「そのように皇帝陛下に伝えます」
「レイシーはディアン子爵家の長女で後継者です。この件に関しては?」
「ディアン子爵家には二人娘がおられるでしょう。これが答えです」

 父はクレメン隊長の圧にも耐えてわたくしに猶予を与えてくれただけでなく、わたくしが長女で後継者だということを告げて、断る口実にしたかったようだが、クレメン隊長はあっさりとそれを跳ね除けた。
 やっとクレメン隊長が座ってくれたので、わたしたちも座って、父は震える手で皇帝陛下に返事を書いていた。
 返事はクレメン隊長に渡されて、クレメン隊長はそれを持って帝都に戻って行った。

 クレメン隊長を見送った後で、わたくしたちは大騒ぎになっていた。

「どうして、お姉様が!? 皇帝陛下は、何を考えていらっしゃるの!? お姉様、皇宮になど行ったら、苛められてしまうのではないですか?」
「わたくしも、あまりにも場違いすぎると思います。でも、皇帝陛下はお立場として誰かを娶らねばならないのでしょう。それで、ちょうどよく婚約破棄されたわたくしを見つけて声をかけたのでは?」
「デビュタントで見初めたというのは?」
「口実だと思います。本当は誰でもよかったのだと」

 そうでないとおかしすぎる。
 デビュタントなんて一人三十秒も挨拶していないのである。そのときに運命を感じたとか言われても全く信じられない。
 目の前に婚約破棄されたちょうどいい女がいて、自分は誰かと結婚するように周囲から圧力をかけられているところで、その婚約破棄された女が都合がよかったから側妃か妾妃にしようとしただけの話だろう。

 巻き込まれてしまって非常に迷惑なのだが、こうなったらどうしようもない。
 わたくしは皇宮に行く準備をするしかなかった。

「すまない、レイシー。皇帝陛下の命を断ることなどできない」
「レイシー、あなたが皇宮でどんな扱いを受けるのかと想像すると、わたくしもつらいです」
「大丈夫です、お父様、お母様。どうせ、名ばかりの白い結婚だと思います。皇帝陛下は誰か都合のいい女を側妃か妾妃にして、周囲から結婚しろと言われないようにしたいのでしょう」

 皇帝陛下の気持ちは分からなくはない。
 わたくしも、政略結婚は正直嫌だったし、元婚約者のレナン殿と結婚することもあまり考えたくなかった。婚約破棄されて、自由になれた、瑕疵のついた女とはもう誰も結婚したがらないだろうからお一人様を楽しめると思っていたのだ。

 そう考えると、皇帝陛下と腹を割って話してみれば意外と共犯者になれるかもしれない。

「お姉様は楽観的すぎますわ。皇帝陛下がお姉様の二の腕を掴んで膝も突かせず、自分の席の横に座らせていたのを卒業パーティーに出ていた貴族、みんなが見ていましたわ。皇帝陛下はお姉様への態度が異常でした」
「それは、結婚に信憑性を持たせるためではないでしょうか」
「お姉様は自分に無頓着すぎるのです。お姉様のような聡明で優しい方、誰でも好きになってしまうに決まっています」

 それは身内のひいき目というものではないですか、ソフィア?
 ソフィアがわたくしのことを慕ってくれているのは嬉しいけれど、ソフィアの思っているのとは少し違うような気がするのだ。
 皇帝陛下はわたくしを利用しようとしているだけに過ぎないのではないのかとわたくしは思っている。

「皇帝陛下とお姉様はデビュタント以外で出会っているのでは?」
「それはありません」

 ソフィアに疑われたけれど、それだけははっきりと断言できる。あんなきれいな顔のお方にわたくしは接近したこともないし、親しく言葉を交わしたこともなかった。
 本当にデビュタントの日に、短くご挨拶をしただけなのである。

 皇帝陛下に好かれる要素がない。
 そう主張するわたくしに、ソフィアは懐疑的な眼差しを向けていた。
 わたくしのことが大事だからこそ、皇帝陛下とわたくしの仲を疑ってしまうのだろう。

 その日からわたくしは忙しくなった。
 皇宮に持って行けるドレスなど、わたくしは持っていない。着て行けるドレスも自作したもの以外ない。それ以外にどうしても持って行きたいものといえば、刺繍用とお針子用の縫物セットとレース編み用の編み物セットくらいだった。
 非常に少ない荷物で、これから皇宮で暮らしていけるのかと不安になる。
 皇宮では毎日同じドレスでいたら注意されるのではないだろうか。なによりも、衛生的ではない。
 着替えのドレスくらい縫っておくべきかと思ったが、それまで時間を取ることができなかった。

 皇宮からの迎えの日は、すぐそこまで迫っていた。
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