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一章 ご寵愛の理由
5.皇帝陛下の直々のお迎え
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皇宮からの迎えが来る日、ものすごく仰々しい馬車の列と護衛の集団がディアン子爵家の領地に入ってきた。
これ、ディアン子爵家の全財産を以てしても賄えないような集団なのではないだろうか。
呆気に取られているわたくしたちの前で、一番豪華な馬車のドアが開き、そこから大柄な男性が降りてきた。
白銀の髪に柘榴のような真紅の目、長身によく映える白地に赤と金の縁取りの入った軍服のようなものを着ているその人物は、皇帝陛下に他ならなかった。
「こ、皇帝陛下!?」
「皇帝陛下が直々に!?」
口をぽかんと開いて対応できないわたくしの代わりに両親が驚いているのが分かった。
まさか皇帝陛下が直々に来られるとはわたくしも思っていなかった。
「レイシーがなかなか来てくれないから迎えに来てしまった」
来てしまったじゃないんですよー!?
あなた、皇帝陛下ですよ!
この国で一番尊く、高貴な方なんですよ!?
来てしまった、で気軽に皇宮から離れていい方ではないんですよ!?
思い切り心の中で突っ込んでしまったが、表情には出さない。不敬すぎて出すことはできない。
それなのに、わたくしの隣で皇帝陛下を迎えていたソフィアがぎりぎりと歯噛みしているのが分かった。
「恐れながら申し上げます」
「発言を許そう。レイシーの妹として特別に」
「ありがとうございます。皇帝陛下が姉を特別扱いしていることがこれで国中に広まりました。姉の安全に関してどうお考えなのでしょう?」
皇帝陛下の軽率な行動のせいでわたくしが国中の貴族や皇族たちの注目の的となってしまった。そのことに関してどう落とし前を突けるのかとソフィアは言っているのだ。
それに対して皇帝陛下の答えは簡単だった。
「これはパフォーマンスの一環であるのだ。皇帝であるわたしがレイシーをどれだけ寵愛しているかを見せつければ、貴族たちも皇族もレイシーに重きを置くだろう」
パフォーマンス。
やっぱり皇帝陛下はわたくしをお飾りの側妃か妾妃に仕立て上げようとしているのではないか。
そう思っていると、ソフィアが憎々しげに皇帝陛下を睨み付ける。
「注目を集めることこそが姉の危険に繋がると言っているつもりなのですが。皇帝陛下の寵愛をただ一人受け止めるものなど、狙われて当然ではないですか」
「それはわたしがさせない。わたしの命を懸けてでも大切なレイシーを守ろう」
「具体的には?」
「わたしはレイシー以外と結婚することはないと国中に知らせる。レイシーがいなくなれば、わたしの命もない」
「それが思うつぼだと分からないのですか? 皇帝陛下のお力を削ごうとする輩が、姉をますます狙うではないですか!」
だんだんとソフィアの語気が強くなっているのを感じる。
これはまずいかもしれない。
わたくしはそっとソフィアを手で制した。
「皇帝陛下、お迎えに来てくださりありがとうございます。微力ながら、皇帝陛下のお役に立てるよう努力してまいります」
わたくしが言えば、ソフィアが「お姉様!」と悲痛な声を上げた気がしたが、それもそっと制する。これ以上ソフィアを皇帝陛下と敵対させるわけにはいかない。わたくしが仮初めの側妃か妾妃としていられる間はディアン子爵家も安泰かもしれないが、皇帝陛下の気まぐれで捨てられるようなことがあれば、ディアン子爵家ごと潰されてしまう可能性がある。
「妹の非礼をお許しください」
「ソフィアの言葉はレイシーを思うがこそ出たものだろう。姉を思う妹の気持ちをわたしは尊く感じる。皇帝という身分を恐れずに発言したソフィアに恥じぬように、わたしはレイシーを守ろう」
手を差し伸べられて、白い手袋をつけた大きな手に触れていいものか迷ったが、そっと皇帝陛下の手に手を重ねる。
ディアン子爵家は貧乏なので使用人がほとんどおらず、わたくしは片手に古びたトランクケースを持っていた。そのトランクケースが片手で持つと重くて体が傾げそうになったわたくしに、素早く皇帝陛下の側近らしき男性がわたくしの手からスマートにトランクケースを受け取った。
「レイシー、荷物はそれだけか?」
「はい。皇宮に持って行けるものはほとんどありませんので」
残念ながらディアン子爵家は貧乏貴族なので、ドレスも今着ているもの一着しかないし、普段着も贅沢に何枚も持っているわけではない。装飾品なんて持っているはずがないし、靴も替えはない。トランクケースに入っているものといえば、少しの衣服と裁縫箱と編み物の箱くらいだった。
「これからレイシーに合ったものを誂えていけば問題ないだろう。ディアン子爵、子爵夫人、レイシーのことは今後わたしに任せてほしい。必ず幸せにする」
「どうかよろしくお願いいたします」
「レイシーのこと、気にかけてやってくださいませ」
皇帝陛下を前にすれば両親もこれくらいしか口に出せないのだろう。
馬車のステップを上がりながらわたくしは両親を振り返った。父は黒い目に、母は紫色の目に涙を浮かべている。
皇帝の唯一の伴侶となれば命を狙われるのはどうしようもない。
何より、皇宮に入ったわたくしが、皇帝陛下が飽きない限りは戻ってくることは許されないだろう。皇帝陛下が飽きてしまったとしても、皇帝陛下のお子を身籠っている可能性がある限りはわたくしは皇宮から出られないに違いない。
次に両親やソフィアと会えるのはいつだろう。
涙ぐんでしまいそうになるわたくしだが、馬車の中に入ってそれが吹き飛んだ。
ここ、馬車の中ですよね?
豪奢な広すぎる馬車の中には、横になれる寝椅子が置いてあったり、テーブルと椅子が置いてあったりする。どこに座ればいいのか迷っていると、皇帝陛下がソファを示してくれた。
「疲れているなら横になって構わないが、そうでないなら、そこで茶でも飲みながらゆっくりと帝都までの道のりを楽しもう」
皇帝陛下の馬車はお茶まで出て来るらしい。
ソファに座ると、静かに馬車が動き出して、わたくしの前にお茶が運ばれてくる。揺れで零れても平気なようにお茶は熱くなかったが、爽やかな香りで、匂いだけでとても高級だということを痛感する。
わたくしが庭で育てているハーブで作ったハーブティーとは全く違うようだ。
滑らかに動き出した馬車も、揺れることを知らないように静かに走っている。
「レイシー、この日を楽しみにしていた。あなたの好きなもの、したいことを教えてほしい」
「わたくしの好きなもの、ですか?」
「皇宮でも不自由はさせない。レイシーの暮らしやすいようにしたいのだ」
そう言われて頭に浮かんだのは刺繍と縫物とレース編みと家庭菜園だった。
「わたくし、刺繍と縫物とレース編みが好きで、将来は領地に企業を立ち上げようと思っておりました。それに家庭菜園! 自分で育てた野菜や果物を自分で収穫して食べる。これほどの楽しみはありません」
「そうか。皇宮でもレイシーのための庭を作ろう。そこで野菜や果物を育てるといい。温室も必要かな? 刺繍や縫物やレース編みもしてもらって構わない。出来上がったらぜひわたしにも見せてほしい。卒業パーティーで気になっていたのだが、そのドレスの刺繍、とても清楚でレイシーに似合っている」
「この刺繍はディアン子爵家の領地に伝わる模様を使いました。ソフィアのドレスには華やかな花の模様を刺繍しましたが、わたくしはこのような伝統的な刺繍模様も大好きなのです」
好きなことに関してはつい語ってしまうわたくしに、皇帝陛下は微笑みながら聞いてくれる。どんなことにも眉一つ動かさない冷徹な皇帝陛下と聞いていたが、わたくしには笑いかけてくれているような気がするのだが、これはなんなのだろう。
「それでは、レイシーのドレスは伝統的な刺繍で仕上げさせよう」
「あ……ドレスを持っていなくて、卒業パーティーと同じドレスで申し訳ありません」
貴族社会においては同じドレスを何度も着るのは失礼だと分かっているのだが、持っていないので仕方がない。ドレス用の布は高いし、縫うのには時間と手間がかかってしまう。
わたくしが持っているドレスは数着で、このドレス以外は流行遅れになっているので置いてきてしまった。
恥ずかしさに俯くわたくしに皇帝陛下は優しく語り掛ける。
「レイシーにそのドレスは本当に似合っている。レイシーの美しさを際立たせている」
美しい?
美しいのは皇帝陛下のお顔なのですが。
そう言いたかったが、わたくしは言えないまま、爽やかな香りのお茶を口に含んだ。
これ、ディアン子爵家の全財産を以てしても賄えないような集団なのではないだろうか。
呆気に取られているわたくしたちの前で、一番豪華な馬車のドアが開き、そこから大柄な男性が降りてきた。
白銀の髪に柘榴のような真紅の目、長身によく映える白地に赤と金の縁取りの入った軍服のようなものを着ているその人物は、皇帝陛下に他ならなかった。
「こ、皇帝陛下!?」
「皇帝陛下が直々に!?」
口をぽかんと開いて対応できないわたくしの代わりに両親が驚いているのが分かった。
まさか皇帝陛下が直々に来られるとはわたくしも思っていなかった。
「レイシーがなかなか来てくれないから迎えに来てしまった」
来てしまったじゃないんですよー!?
あなた、皇帝陛下ですよ!
この国で一番尊く、高貴な方なんですよ!?
来てしまった、で気軽に皇宮から離れていい方ではないんですよ!?
思い切り心の中で突っ込んでしまったが、表情には出さない。不敬すぎて出すことはできない。
それなのに、わたくしの隣で皇帝陛下を迎えていたソフィアがぎりぎりと歯噛みしているのが分かった。
「恐れながら申し上げます」
「発言を許そう。レイシーの妹として特別に」
「ありがとうございます。皇帝陛下が姉を特別扱いしていることがこれで国中に広まりました。姉の安全に関してどうお考えなのでしょう?」
皇帝陛下の軽率な行動のせいでわたくしが国中の貴族や皇族たちの注目の的となってしまった。そのことに関してどう落とし前を突けるのかとソフィアは言っているのだ。
それに対して皇帝陛下の答えは簡単だった。
「これはパフォーマンスの一環であるのだ。皇帝であるわたしがレイシーをどれだけ寵愛しているかを見せつければ、貴族たちも皇族もレイシーに重きを置くだろう」
パフォーマンス。
やっぱり皇帝陛下はわたくしをお飾りの側妃か妾妃に仕立て上げようとしているのではないか。
そう思っていると、ソフィアが憎々しげに皇帝陛下を睨み付ける。
「注目を集めることこそが姉の危険に繋がると言っているつもりなのですが。皇帝陛下の寵愛をただ一人受け止めるものなど、狙われて当然ではないですか」
「それはわたしがさせない。わたしの命を懸けてでも大切なレイシーを守ろう」
「具体的には?」
「わたしはレイシー以外と結婚することはないと国中に知らせる。レイシーがいなくなれば、わたしの命もない」
「それが思うつぼだと分からないのですか? 皇帝陛下のお力を削ごうとする輩が、姉をますます狙うではないですか!」
だんだんとソフィアの語気が強くなっているのを感じる。
これはまずいかもしれない。
わたくしはそっとソフィアを手で制した。
「皇帝陛下、お迎えに来てくださりありがとうございます。微力ながら、皇帝陛下のお役に立てるよう努力してまいります」
わたくしが言えば、ソフィアが「お姉様!」と悲痛な声を上げた気がしたが、それもそっと制する。これ以上ソフィアを皇帝陛下と敵対させるわけにはいかない。わたくしが仮初めの側妃か妾妃としていられる間はディアン子爵家も安泰かもしれないが、皇帝陛下の気まぐれで捨てられるようなことがあれば、ディアン子爵家ごと潰されてしまう可能性がある。
「妹の非礼をお許しください」
「ソフィアの言葉はレイシーを思うがこそ出たものだろう。姉を思う妹の気持ちをわたしは尊く感じる。皇帝という身分を恐れずに発言したソフィアに恥じぬように、わたしはレイシーを守ろう」
手を差し伸べられて、白い手袋をつけた大きな手に触れていいものか迷ったが、そっと皇帝陛下の手に手を重ねる。
ディアン子爵家は貧乏なので使用人がほとんどおらず、わたくしは片手に古びたトランクケースを持っていた。そのトランクケースが片手で持つと重くて体が傾げそうになったわたくしに、素早く皇帝陛下の側近らしき男性がわたくしの手からスマートにトランクケースを受け取った。
「レイシー、荷物はそれだけか?」
「はい。皇宮に持って行けるものはほとんどありませんので」
残念ながらディアン子爵家は貧乏貴族なので、ドレスも今着ているもの一着しかないし、普段着も贅沢に何枚も持っているわけではない。装飾品なんて持っているはずがないし、靴も替えはない。トランクケースに入っているものといえば、少しの衣服と裁縫箱と編み物の箱くらいだった。
「これからレイシーに合ったものを誂えていけば問題ないだろう。ディアン子爵、子爵夫人、レイシーのことは今後わたしに任せてほしい。必ず幸せにする」
「どうかよろしくお願いいたします」
「レイシーのこと、気にかけてやってくださいませ」
皇帝陛下を前にすれば両親もこれくらいしか口に出せないのだろう。
馬車のステップを上がりながらわたくしは両親を振り返った。父は黒い目に、母は紫色の目に涙を浮かべている。
皇帝の唯一の伴侶となれば命を狙われるのはどうしようもない。
何より、皇宮に入ったわたくしが、皇帝陛下が飽きない限りは戻ってくることは許されないだろう。皇帝陛下が飽きてしまったとしても、皇帝陛下のお子を身籠っている可能性がある限りはわたくしは皇宮から出られないに違いない。
次に両親やソフィアと会えるのはいつだろう。
涙ぐんでしまいそうになるわたくしだが、馬車の中に入ってそれが吹き飛んだ。
ここ、馬車の中ですよね?
豪奢な広すぎる馬車の中には、横になれる寝椅子が置いてあったり、テーブルと椅子が置いてあったりする。どこに座ればいいのか迷っていると、皇帝陛下がソファを示してくれた。
「疲れているなら横になって構わないが、そうでないなら、そこで茶でも飲みながらゆっくりと帝都までの道のりを楽しもう」
皇帝陛下の馬車はお茶まで出て来るらしい。
ソファに座ると、静かに馬車が動き出して、わたくしの前にお茶が運ばれてくる。揺れで零れても平気なようにお茶は熱くなかったが、爽やかな香りで、匂いだけでとても高級だということを痛感する。
わたくしが庭で育てているハーブで作ったハーブティーとは全く違うようだ。
滑らかに動き出した馬車も、揺れることを知らないように静かに走っている。
「レイシー、この日を楽しみにしていた。あなたの好きなもの、したいことを教えてほしい」
「わたくしの好きなもの、ですか?」
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「この刺繍はディアン子爵家の領地に伝わる模様を使いました。ソフィアのドレスには華やかな花の模様を刺繍しましたが、わたくしはこのような伝統的な刺繍模様も大好きなのです」
好きなことに関してはつい語ってしまうわたくしに、皇帝陛下は微笑みながら聞いてくれる。どんなことにも眉一つ動かさない冷徹な皇帝陛下と聞いていたが、わたくしには笑いかけてくれているような気がするのだが、これはなんなのだろう。
「それでは、レイシーのドレスは伝統的な刺繍で仕上げさせよう」
「あ……ドレスを持っていなくて、卒業パーティーと同じドレスで申し訳ありません」
貴族社会においては同じドレスを何度も着るのは失礼だと分かっているのだが、持っていないので仕方がない。ドレス用の布は高いし、縫うのには時間と手間がかかってしまう。
わたくしが持っているドレスは数着で、このドレス以外は流行遅れになっているので置いてきてしまった。
恥ずかしさに俯くわたくしに皇帝陛下は優しく語り掛ける。
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