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三十一
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王視点
――なぜ、我が息子たちは全員あの庭に集まるのか
最初は、王太子だった。セドリック・フォン・ヴェルトリナス。冷静沈着。判断は早く、感情を表に出さない。王になるために育て、王になるために“出来上がった”男。
その息子が――
「……本日は、ハーベルト公爵邸へ」
侍従の報告を聞いた瞬間、王はペン先を止めた。
週に三回。
欠かさず。
「理由は?」
「はい。今回は“視察”とのことです」
視察。
前回は「情報交換」。その前は「散歩」。
どれも嘘ではない。だが、真実でもない。
(……散歩であんなに顔が緩む王太子がいてたまるか)
王は、重く息を吐いた。王太子は、いつも“正しい顔”をしている。臣下の前でも、父である自分の前でも。
それが――
あの庭に向かうときだけ、違う。
肩の力が抜け、歩調が緩み、まるで“役割を脱ぎ捨てる”ような背中になる。嫌な予感しかしない。問題は、それで終わらなかった。
「……第二王子は?」
問いかける声が、自然と低くなる。
あの息子は、本来、城から出たがらない。
兄の背中を追いかけては転び、比べられては拗ね、最終的に自室に籠もる――典型的な、こじらせ型だ。
「本日も、ハーベルト公爵邸へ向かわれました」
王は、目を閉じた。
「……理由は?」
「“話を聞いてもらう”そうで……」
聞いてもらう?誰に?分かっている。分かっているが、認めたくない。王は、ゆっくりと椅子に深く沈み込んだ。
「なぜだ」
低い、腹の底からの声。
「なぜ、王家の男が揃いも揃って、一介の公爵令嬢の庭に入り浸っている」
側近が、気まずそうに咳払いをする。
「……殿下方だけではございません。最近は、文官ルドヴィク・武官カイも……」
「……庭で会議するな」
呻き声が漏れた。追い打ちは、報告書だった。
「王太子殿下は、木陰で書類を確認」
「第二王子殿下は、浮遊クッションで昼寝」
「双方とも、オリビア嬢の許可を得ております」
王は、ゆっくりと額を押さえた。
「……許可?」
王子が。公爵令嬢に。
「私は、夢を見ているのか」
「現実でございます、陛下」
容赦のない即答。
「なお、オリビア嬢は」
「特に気にしておられません」
「……気にしていない?」
「はい。『勝手に生えてるだけ』とのことです」
生えている。
王太子と第二王子が。
庭に。
(意味が分からん)
そして、極めつけ。
「本日、第二王子殿下が“兄と比べないで生きる練習をする”と仰いました」
王は、がばっと顔を上げた。
「誰に言われた」
「……オリビア嬢です」
天井を仰ぐ。
「……教育している……我が子を……」
しかも。効いている。セドリックは、
王太子であることを外して思考し始め。
第二王子は、兄という物差しを手放し、自分の軸を探し始め。
結果――
どちらも、精神的に健全になりつつある。
(だが、なぜ“あの庭”なのだ)
王は、深く頭を抱えた。
「……国王の仕事は、王家を安定させることだ」
独り言のように呟く。
「だが、今、最も安定している場所が一介の公爵令嬢の庭だとしたら……」
側近が、恐る恐る言葉を添える。
「陛下いっそ、公式に……」
「駄目だ」
即答だった。
「これ以上関わらせたら、王家が“育成対象”にされる」
王は、確信していた。あの少女は、王を恐れない。王子を敬わない。ただ、必要な人間を、必要な位置に置くだけだ。
「……セドリックが夢中になるわけだ」
深いため息。
「いや――夢中というより」
言葉を選び、それでも、はっきりと口にする。
「教育されている」
その瞬間、王は遠い目をした。
「……私は、いつ呼ばれるのだろうな」
側近は、即答しなかった。それが、何より恐ろしい。王は、静かに悟った。
この国で、
最も厄介で、
最も有能で、
最も自由な存在は。
王でも、神殿でもない。
昼寝しながら、王子を量産している――
オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルトなのだと。
「……胃が痛い」
心の底から、そう呟く。
だが同時に、ほんの少しだけ――
安心している自分にも、気づいてしまった。
(……国は)
(まだ、大丈夫かもしれん)
そう思えてしまうこと自体が、もう手遅れなのだと知らずに。
――なぜ、我が息子たちは全員あの庭に集まるのか
最初は、王太子だった。セドリック・フォン・ヴェルトリナス。冷静沈着。判断は早く、感情を表に出さない。王になるために育て、王になるために“出来上がった”男。
その息子が――
「……本日は、ハーベルト公爵邸へ」
侍従の報告を聞いた瞬間、王はペン先を止めた。
週に三回。
欠かさず。
「理由は?」
「はい。今回は“視察”とのことです」
視察。
前回は「情報交換」。その前は「散歩」。
どれも嘘ではない。だが、真実でもない。
(……散歩であんなに顔が緩む王太子がいてたまるか)
王は、重く息を吐いた。王太子は、いつも“正しい顔”をしている。臣下の前でも、父である自分の前でも。
それが――
あの庭に向かうときだけ、違う。
肩の力が抜け、歩調が緩み、まるで“役割を脱ぎ捨てる”ような背中になる。嫌な予感しかしない。問題は、それで終わらなかった。
「……第二王子は?」
問いかける声が、自然と低くなる。
あの息子は、本来、城から出たがらない。
兄の背中を追いかけては転び、比べられては拗ね、最終的に自室に籠もる――典型的な、こじらせ型だ。
「本日も、ハーベルト公爵邸へ向かわれました」
王は、目を閉じた。
「……理由は?」
「“話を聞いてもらう”そうで……」
聞いてもらう?誰に?分かっている。分かっているが、認めたくない。王は、ゆっくりと椅子に深く沈み込んだ。
「なぜだ」
低い、腹の底からの声。
「なぜ、王家の男が揃いも揃って、一介の公爵令嬢の庭に入り浸っている」
側近が、気まずそうに咳払いをする。
「……殿下方だけではございません。最近は、文官ルドヴィク・武官カイも……」
「……庭で会議するな」
呻き声が漏れた。追い打ちは、報告書だった。
「王太子殿下は、木陰で書類を確認」
「第二王子殿下は、浮遊クッションで昼寝」
「双方とも、オリビア嬢の許可を得ております」
王は、ゆっくりと額を押さえた。
「……許可?」
王子が。公爵令嬢に。
「私は、夢を見ているのか」
「現実でございます、陛下」
容赦のない即答。
「なお、オリビア嬢は」
「特に気にしておられません」
「……気にしていない?」
「はい。『勝手に生えてるだけ』とのことです」
生えている。
王太子と第二王子が。
庭に。
(意味が分からん)
そして、極めつけ。
「本日、第二王子殿下が“兄と比べないで生きる練習をする”と仰いました」
王は、がばっと顔を上げた。
「誰に言われた」
「……オリビア嬢です」
天井を仰ぐ。
「……教育している……我が子を……」
しかも。効いている。セドリックは、
王太子であることを外して思考し始め。
第二王子は、兄という物差しを手放し、自分の軸を探し始め。
結果――
どちらも、精神的に健全になりつつある。
(だが、なぜ“あの庭”なのだ)
王は、深く頭を抱えた。
「……国王の仕事は、王家を安定させることだ」
独り言のように呟く。
「だが、今、最も安定している場所が一介の公爵令嬢の庭だとしたら……」
側近が、恐る恐る言葉を添える。
「陛下いっそ、公式に……」
「駄目だ」
即答だった。
「これ以上関わらせたら、王家が“育成対象”にされる」
王は、確信していた。あの少女は、王を恐れない。王子を敬わない。ただ、必要な人間を、必要な位置に置くだけだ。
「……セドリックが夢中になるわけだ」
深いため息。
「いや――夢中というより」
言葉を選び、それでも、はっきりと口にする。
「教育されている」
その瞬間、王は遠い目をした。
「……私は、いつ呼ばれるのだろうな」
側近は、即答しなかった。それが、何より恐ろしい。王は、静かに悟った。
この国で、
最も厄介で、
最も有能で、
最も自由な存在は。
王でも、神殿でもない。
昼寝しながら、王子を量産している――
オリビア・ヴェルトリナス・ハーベルトなのだと。
「……胃が痛い」
心の底から、そう呟く。
だが同時に、ほんの少しだけ――
安心している自分にも、気づいてしまった。
(……国は)
(まだ、大丈夫かもしれん)
そう思えてしまうこと自体が、もう手遅れなのだと知らずに。
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