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裏切りの宣告1
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書斎の扉が、ミミとガロウの間を隔てるようになってから、一週間が過ぎた。
その時間は、ミミにとって永遠にも等しい、長く冷たい孤独の回廊だった。
ガロウは、ほとんど家に帰ってこなくなった。たまに帰ってきたかと思えば、着替えを取りに立ち寄るだけで、ミミとは目も合わせない。何か話しかけようとしても、「忙しい」「後にしてくれ」と氷のような言葉で遮られ、すぐに姿を消してしまう。
かつて温かな愛で満たされていたはずの家は、今やただ広く、静かで、冷たいだけの箱と化していた。
ミミの体は、日に日に痩せていった。喉を通るのは、ほんの少しの水とスープだけ。夜はほとんど眠れず、暗闇の中でガロウの足音が聞こえるのを待ち、そして朝焼けと共に絶望する、という繰り返しだった。
鏡に映る自分の姿は、まるで知らない誰かのようだった。頬はこけ、空色の瞳からは輝きが失われ、その奥に深い隈が影を落としている。感情を表すのが得意だった猫耳も尻尾も、今は固く閉ざされた心の扉の奥に閉じこもったまま、ぴくりとも動かなかった。
(私が、何か悪いことをしたの…?)
(私の何が、ガロウ様をあんな風に変えてしまったの…?)
考えても、考えても、答えは見つからない。
ミミは、ただひたすらに、献身的に彼を愛し、支えてきたつもりだった。彼が「お前が妻で、俺は幸せ者だ」と言ってくれた、あの言葉を宝物のように信じて生きてきた。
あの幸せな日々は、すべて幻だったのだろうか。
疑念と不安が、毒のように心を蝕んでいく。
けれど、そのたびにミミは、かろうじて残った最後の力で首を振る。
(ううん、違う。違うわ。ガロウ様は、私の番。魂で結ばれた、たった一人の人。きっと、何かとても深い事情があるに違いない。騎士団長という重圧が、彼を苦しめているだけなのよ。私が…私が信じて差し上げなくて、どうするの)
そうだ。こんな時だからこそ、妻である自分が、揺らがずに彼を待ち、受け入れなければ。
崩れ落ちそうになる心を必死で奮い立たせ、ミミはある決意をした。
その夜、彼女は久しぶりに、心を込めて夕餉の支度を始めた。
献立は、二人がまだ結婚して間もない頃、ガロウが「今まで食べたものの中で一番うまい」と子供のようにはしゃいでくれた、鶏肉のクリーム煮。そして、彼が好きな甘口の白ワインも用意した。
ダイニングテーブルには、一番上等なテーブルクロスをかけ、結婚祝いにもらった銀の燭台に、そっと火を灯す。揺れる炎が、部屋に温かな光の輪を広げていった。
「よし…」
すべての準備を終え、ミミは深呼吸する。
今夜、彼が帰ってきたら、ちゃんと話をしよう。
まず、これまでのすれ違いを謝ろう。寂しさから、彼の重荷になるような態度をとってしまったことを。そして、何に悩んでいるのか、自分に打ち明けてほしいと伝えよう。どんな問題でも、二人でならきっと乗り越えられる、と。
番なのだから。
ミミは、祈るような気持ちで、玄関の方を見つめながら、ただひたすらに彼の帰りを待った。
壁時計の針が、ゆっくりと時を刻んでいく。
クリーム煮は冷め、また温め直し、燭台の蝋は静かにその身を溶かしていく。
深夜。もう日付も変わろうかという頃。
ミミの意識が、疲労と睡魔で朦朧とし始めた、その時だった。
カチャリ。
待ち焦がれた、玄関のドアが開く音。
ミミは弾かれたように椅子から立ち上がった。眠気も疲労も一瞬で吹き飛び、心臓がとくん、と期待に跳ねる。
「ガロウ様…!」
喜びを隠しきれない声で、彼女は玄関ホールへと駆け出した。
「お帰りなさいませ!」と、綻ぶような笑顔を彼に向けようとして――その言葉と表情は、途中で凍りついた。
そこに立っていたのは、ガロウ一人ではなかった。
彼の腕に、まるで蔦のようにしなやかな腕を絡ませ、ぴったりと寄り添う、見知らぬ女がいた。
月光を弾いてきらきらと輝く、プラチナブロンドの髪。気の強そうな、挑発的な光を宿したルビーのような赤い瞳。肌の白さは陶器のようで、派手な顔立ちと、豊満な体の線があらわになる豪奢な紫色のドレスを纏っている。首元や手首には、ミミが見たこともないような大粒の宝石が、これみよがしに輝いていた。
一目でわかる。自分とは住む世界の違う、高位の貴族だ。
そして、その女は――ガロウ様と同じ、狼獣人だった。
「…………え?」
ミミの頭の中が、真っ白になる。
思考が停止し、目の前の光景が何を意味するのか、まったく理解が追いつかない。
お客様…?こんな、夜更けに…?ガロウ様のご友人…?それとも、お仕事の関係の…?
いや、でも、それにしては距離が近すぎる。まるで、恋人同士のように…。
「ど、なた様…でしょうか…?」
やっとのことで絞り出した声は、自分でも情けないほどに震えていた。
しかし、ガロウはミミの問いかけなど聞こえていないかのように、その存在すら認識していないかのように、隣の女にだけ、甘く蕩けるような声で話しかけた。
その時間は、ミミにとって永遠にも等しい、長く冷たい孤独の回廊だった。
ガロウは、ほとんど家に帰ってこなくなった。たまに帰ってきたかと思えば、着替えを取りに立ち寄るだけで、ミミとは目も合わせない。何か話しかけようとしても、「忙しい」「後にしてくれ」と氷のような言葉で遮られ、すぐに姿を消してしまう。
かつて温かな愛で満たされていたはずの家は、今やただ広く、静かで、冷たいだけの箱と化していた。
ミミの体は、日に日に痩せていった。喉を通るのは、ほんの少しの水とスープだけ。夜はほとんど眠れず、暗闇の中でガロウの足音が聞こえるのを待ち、そして朝焼けと共に絶望する、という繰り返しだった。
鏡に映る自分の姿は、まるで知らない誰かのようだった。頬はこけ、空色の瞳からは輝きが失われ、その奥に深い隈が影を落としている。感情を表すのが得意だった猫耳も尻尾も、今は固く閉ざされた心の扉の奥に閉じこもったまま、ぴくりとも動かなかった。
(私が、何か悪いことをしたの…?)
(私の何が、ガロウ様をあんな風に変えてしまったの…?)
考えても、考えても、答えは見つからない。
ミミは、ただひたすらに、献身的に彼を愛し、支えてきたつもりだった。彼が「お前が妻で、俺は幸せ者だ」と言ってくれた、あの言葉を宝物のように信じて生きてきた。
あの幸せな日々は、すべて幻だったのだろうか。
疑念と不安が、毒のように心を蝕んでいく。
けれど、そのたびにミミは、かろうじて残った最後の力で首を振る。
(ううん、違う。違うわ。ガロウ様は、私の番。魂で結ばれた、たった一人の人。きっと、何かとても深い事情があるに違いない。騎士団長という重圧が、彼を苦しめているだけなのよ。私が…私が信じて差し上げなくて、どうするの)
そうだ。こんな時だからこそ、妻である自分が、揺らがずに彼を待ち、受け入れなければ。
崩れ落ちそうになる心を必死で奮い立たせ、ミミはある決意をした。
その夜、彼女は久しぶりに、心を込めて夕餉の支度を始めた。
献立は、二人がまだ結婚して間もない頃、ガロウが「今まで食べたものの中で一番うまい」と子供のようにはしゃいでくれた、鶏肉のクリーム煮。そして、彼が好きな甘口の白ワインも用意した。
ダイニングテーブルには、一番上等なテーブルクロスをかけ、結婚祝いにもらった銀の燭台に、そっと火を灯す。揺れる炎が、部屋に温かな光の輪を広げていった。
「よし…」
すべての準備を終え、ミミは深呼吸する。
今夜、彼が帰ってきたら、ちゃんと話をしよう。
まず、これまでのすれ違いを謝ろう。寂しさから、彼の重荷になるような態度をとってしまったことを。そして、何に悩んでいるのか、自分に打ち明けてほしいと伝えよう。どんな問題でも、二人でならきっと乗り越えられる、と。
番なのだから。
ミミは、祈るような気持ちで、玄関の方を見つめながら、ただひたすらに彼の帰りを待った。
壁時計の針が、ゆっくりと時を刻んでいく。
クリーム煮は冷め、また温め直し、燭台の蝋は静かにその身を溶かしていく。
深夜。もう日付も変わろうかという頃。
ミミの意識が、疲労と睡魔で朦朧とし始めた、その時だった。
カチャリ。
待ち焦がれた、玄関のドアが開く音。
ミミは弾かれたように椅子から立ち上がった。眠気も疲労も一瞬で吹き飛び、心臓がとくん、と期待に跳ねる。
「ガロウ様…!」
喜びを隠しきれない声で、彼女は玄関ホールへと駆け出した。
「お帰りなさいませ!」と、綻ぶような笑顔を彼に向けようとして――その言葉と表情は、途中で凍りついた。
そこに立っていたのは、ガロウ一人ではなかった。
彼の腕に、まるで蔦のようにしなやかな腕を絡ませ、ぴったりと寄り添う、見知らぬ女がいた。
月光を弾いてきらきらと輝く、プラチナブロンドの髪。気の強そうな、挑発的な光を宿したルビーのような赤い瞳。肌の白さは陶器のようで、派手な顔立ちと、豊満な体の線があらわになる豪奢な紫色のドレスを纏っている。首元や手首には、ミミが見たこともないような大粒の宝石が、これみよがしに輝いていた。
一目でわかる。自分とは住む世界の違う、高位の貴族だ。
そして、その女は――ガロウ様と同じ、狼獣人だった。
「…………え?」
ミミの頭の中が、真っ白になる。
思考が停止し、目の前の光景が何を意味するのか、まったく理解が追いつかない。
お客様…?こんな、夜更けに…?ガロウ様のご友人…?それとも、お仕事の関係の…?
いや、でも、それにしては距離が近すぎる。まるで、恋人同士のように…。
「ど、なた様…でしょうか…?」
やっとのことで絞り出した声は、自分でも情けないほどに震えていた。
しかし、ガロウはミミの問いかけなど聞こえていないかのように、その存在すら認識していないかのように、隣の女にだけ、甘く蕩けるような声で話しかけた。
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第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
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