獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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不協和音2


びくり、とミミの肩が震える。
ガロウの放った苛立ちの声音は、まるで氷の刃のように冷たく、鋭かった。灰色がかった瞳が、ぎらりとミミを睨みつけている。それは、今まで一度も向けられたことのない、冷酷な光だった。

「も、申し訳…ありません…」

怯えて俯くミミを見て、ガロウははっと我に返ったように、バツが悪そうに顔をそむけた。

「…すまん。少し、飲みすぎたようだ。仕事の付き合いで、断り切れなくてな」
「い、いえ…お仕事ですもの。大変でしたわね」

無理に笑顔を作ってそう言うミミの横を、ガロウは何も言わずに通り過ぎていく。その時だった。
アルコールの匂いに混じって、ミミの知らない、ある香りが鼻を突いた。

(…え?)

それは、自分が使っている石鹸や柔軟剤の、清潔で柔らかな香りではない。ガロウが愛用している、森の若葉を思わせる爽やかなオーデコロンの香りでもない。
甘く、華やかで、むせ返るようで。
まるで、熟れすぎた果実と、夜に咲く花々を煮詰めたような、濃厚な香り。
間違いなく、高価な、女性物の香水の匂いだった。

一瞬、ミミの世界から音が消えた。
血が逆流し、全身が急速に冷えていく。指先が、氷水に浸したかのように感覚を失った。

誰の?
どこで?
どうして、ガロウ様の服から、こんな匂いが…?

頭の中で、疑問が渦を巻く。
貴族との会合、と言っていた。きっと、その場にいたご婦人の香りが移ってしまっただけ。そうなのだわ。そうに違いない。だって、ガロウ様は私の「番」なのだから。魂で結ばれた、たった一人の運命の相手なのだから。彼が私以外の女性と、そんな…そんなこと、あるはずがない。

ミミは必死で、胸の中に湧き上がってくる黒い疑念を打ち消そうとした。
震える唇をきゅっと引き結び、何でもないふりを装って、ガロウの後を追う。

「あの、ガロウ様」
「なんだ」

リビングのソファにどかりと腰を下ろしたガロウは、ネクタイを乱暴に引き抜きながら、不機嫌そうに答えた。

「その…お疲れでしょうから、せめてハーブティーだけでもいかがですか?きっと、よく眠れますわ」

これは、ミミに残された最後の、ささやかな抵抗だった。
この申し出を彼が受け入れてくれさえすれば。いつもと同じように、「ああ、頼む」と頷いてくれさえすれば。この胸を締め付ける不安も、彼の服に染み付いた甘い香りも、すべて気のせいだったのだと、そう思える気がした。
彼女は祈るような気持ちで、カモミールとリンデンフラワーをブレンドした、安眠効果の高いハーブティーを淹れた。湯気が立ち上るカップをソーサーに乗せ、そっと彼の前に差し出す。

「どうぞ、ガロウ様」

しかし、ガロウはそのカップを一瞥しただけで、受け取ろうとはしなかった。
それどころか、まるで汚らわしいものでも見るかのように、ふい、と顔を背けたのだ。

「…気分が悪い。もう寝る」

そう吐き捨てると、彼はソファから立ち上がった。
しかし、彼が向かったのは、二人が共に眠る寝室ではなかった。

「ガロウ様…?」

彼が向かった先は、書斎だった。
ミミの戸惑いの声など聞こえないかのように、彼はためらうことなく書斎のドアノブに手をかける。

「今夜はここで寝る。…入ってくるなよ」

それは、命令だった。
有無を言わさぬ、冷たい拒絶。

ばたん。

そして、重いマホガニーの扉が、ミミの目の前で無情に閉ざされた。
一人、薄暗いリビングに取り残される。
テーブルの上では、彼のために淹れたハーブティーが、行き場をなくしたまま、静かに湯気を立てていた。その温かな湯気だけが、まるでこの部屋に残された最後の温もりであるかのように、儚く揺れていた。

ミミは、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
閉ざされた書斎の扉を、まるでそれが信じられないものであるかのように、瞬きもせずに見つめる。

(どうして…?)
(私、また何か、気に障ることをしてしまったの…?)
(それとも、あの香りのことを、聞かれたくなかった…?)

聞きたいことは、山ほどあった。
けれど、彼の最後の言葉と、あの扉の閉まる音が、ミミからすべての言葉を奪ってしまった。

やがて、ぽたり、と温かい雫が、ミミの手の甲に落ちた。
自分が泣いているのだと、その時になってようやく気づく。
幸せだったはずのこの家が、今はまるで、広すぎて、寒々しい、見知らぬ場所のように感じられた。

冷めていくハーブティーのカップの縁を、ミミはそっと指でなぞる。
カップに残った微かな温もりにすがるように。
心の奥底で、何かが音を立てて崩れ落ちていくのを、彼女はただ、どうすることもできずに感じていた。

不協和音は、もう、誰の耳にも明らかだった。
あとは、それが致命的な破滅の旋律へと変わるのを、待つばかりだった。
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