獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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新しい居場所2

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「…おいし…い…」

ぽつりと呟きが漏れた。
それはミミがこの数週間忘れてしまっていた、心からの言葉だった。
二口三口と夢中でスープを口に運ぶ。
温かい液体が空っぽだった胃の腑にじんわりと満ちていく。そのたびに失われていた体中の熱が、少しずつ少しずつ蘇ってくるようだった。
生きている。
私今、生きているんだ。
その当たり前だったはずの実感がどうしようもないほどの愛おしさを伴って、ミミの胸に込み上げてきた。

そして次の瞬間だった。
ぽたりと。
ミミの瞳から大粒の涙が一滴、スープの椀の中へと落ちた。
それをきっかけにまるで心のダムが決壊したかのように、彼女の瞳から堰を切ったようにぼろぼろとぼろぼろと涙が溢れ出した。

「…うっ…うぅ…っ…ひっく…」

しゃくりあげるのを止めることができない。
スープの味と涙の塩辛い味が口の中で混じり合う。
どれだけ泣いても涙は枯れることを知らなかった。
夫に裏切られたあの夜の絶望、家族に捨てられたあの朝の孤独、王都で彷徨った日々の恐怖と屈辱。
誰にも言えずたった一人で心の奥底に押し込めて固く固く蓋をしていたすべての感情が、この一杯の温かいスープによって溶かされ溢れ出してしまったのだ。

ミミは子供のように声を上げて泣いた。
そんな彼女の隣で熊獣人の女性は何も言わなかった。
ただ黙ってそのごつごとした大きな手のひらでミミの背中を優しく、しかし力強く何度も何度もさすり続けてくれた。
その無言の、だが何よりも雄弁な優しさがミミにさらに涙を流させた。

どれくらいの時間そうしていただろうか。
やがてミミの涙も枯れしゃくりあげる声もか細い嗚咽に変わる頃、女性はお盆の上にあった新しいお茶の入ったカップをミミの手にそっと握らせた。

「…少しはすっきりしたかい?」
「…はい…ごめんなさい…お見苦しいところを…」
「いいさ気にすんな。溜め込んでたもんを全部吐き出すのも大事なことだよ」

女性はそう言ってにかりと笑った。その笑顔はまるで全てを包み込んでくれる、大きな太陽のようだった。

「さてと。少しは落ち着いたところで聞かせてもらおうかね。あんた一体何があったんだい?どこから来てどうしてあんなところで死にかけちまってたんだい?」

その問いかけは詰問するような響きではなかった。
ただ純粋にミミのことを知ろうとしてくれている、温かな響きがあった。
ミミはお茶で喉を潤すと途切れ途切れにしかし正直に、自分の身の上をすべて打ち明けた。

騎士団長の番だったこと。
夫に「真の番」が現れたと言われ一方的に離縁されたこと。
それは「間違い」だったのだと自分の全てを否定されたこと。
実家に助けを求めたが「一族の恥さらし」と追い返されたこと。
生きるために王都へ来たが仕事も見つからずすべてを失ってしまったこと。

誰にも言えなかった絶望と孤独。
そのすべてをミミは目の前の女性に洗いざらい吐き出した。
話しているうちにまた涙が込み上げてきたが、今度はしゃくりあげるようなものではなかった。
ただ静かに頬を伝うだけの悲しい涙だった。

熊獣人の女性はミミの話を一度も遮ることなく、ただ眉間に深いしわを寄せ時には静かな怒りをその茶色い瞳に滲ませながら、黙って最後まで聞いてくれた。

ミミがすべてを話し終え泣き疲れてぐったりと肩を落とした時、女性は腕を組みふうむと大きく唸った。

「…なるほどねぇ。そりゃあひでぇ話だ。胸糞が悪くなるってのはこういうことを言うんだねぇ」

そして彼女はミミの顔をまっすぐに見つめた。

「…で?お嬢ちゃんはこれからどうするつもりなんだい?話を聞く限り行く当てなんざどこにもありゃしないんだろう?」

その問いにミミは力なく首を横に振ることしかできなかった。
そうだ。自分にはもう何もない。行く場所も帰る場所もこの広い世界のどこにもないのだ。

すると熊獣人の女性はまるでそれを待っていたかのように、その大きな口元にニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「だったら話は早い」

彼女はぽんと自分の膝を打った。

「行く当てがないならここで働きな」
「…………え?」

ミミは自分の耳を疑った。
あまりに予想外の言葉に呆然と女性の顔を見つめることしかできない。

「見ての通りうちは食堂でね。あたしはここの女主人ターニャってんだ。でこの店、亭主が死んでからあたし一人で切り盛りしててねぇ。正直もう体がいくつあっても足りないくらい人手不足で困ってたところなのさ」

ターニャと名乗った彼女はそう言って楽しそうに笑う。

「屋根裏でよけりゃあんたが今寝てるこの部屋もあんたにやるよ。三食賄い付き。給金はまあ最初は雀の涙ほどしか出せないけど、働きぶりを見てちゃんと上げてやるさ。どうだい?悪い話じゃないだろう?」

信じられなかった。
夢を見ているのではないかと思った。
身元も分からず何の保証もないこんな自分を雇ってくれるというのか。

「で…でも…」

ミミはか細い声で反論しようとした。

「私…身分を証明するものも何もありません…。それにこんなみすぼらしくて…何の力にも…」
「やかましいね!」

ターニャはぴしゃりとミミの言葉を遮った。
そして彼女はミミの骨張って荒れてしまった手を、その大きな両手で優しくしかし力強く包み込んだ。

「あんたの手を見りゃ分かるよ」

ターニャはミミの瞳をまっすぐに見つめて言った。

「この手のひらと指にできたあかぎれは怠け者が作ったもんじゃない。毎日毎日誰かのために一生懸命家事をこなしてきた働き者の手だ。身分証なんざがなくたってこの手を見りゃあたしには分かる。あんたは根っこが真面目で優しいいい子だ。あたしの目に狂いはないさ」

その言葉はどんな慰めよりもどんな同情よりも、ミミの心の一番深い場所に温かくそして力強く響き渡った。
この人は私の「肩書」や「家柄」ではなく「私自身」を、この手を見て信じてくれたのだ。

「あ…」
「あ…あ…」

ミミの口から声にならない声が漏れる。
そして次の瞬間彼女はベッドから転がり落ちるようにして床に膝をついていた。
そして目の前の恩人に向かって何度も何度も額が床に付くほど深く深く頭を下げた。

「ありがとう…ございます…!」
「ありがとう、ございます…ッ!」

感謝の言葉を繰り返すことしかできない。
温かい涙が再び彼女の頬を伝い落ちる。
しかしそれはもう悲しみの涙ではなかった。
絶望の淵から救い上げられた感謝と喜び、そして希望の涙だった。

「はいはい分かった分かったからもう顔を上げな」

ターニャは少し照れくさそうにそんなミミの肩を掴んで立たせた。

「そんなことよりほらさっさとスープの残りを食っちまいな。せっかくの料理が冷めちまうだろ?」

そう言って笑う彼女の顔は少し乱暴でぶっきらぼうで、でも世界中の誰よりも優しく温かく見えた。

絶望の淵でミミは一筋の小さな、しかし何よりも力強い希望の光を見つけた。
それは一杯の温かいスープと一人の女性の、海のように深い優しさの中に確かに灯っていた。
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