獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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再生への一歩1

ターニャに拾われてから三日間、ミミは屋根裏部屋でひたすらに眠り、ターニャが運んでくれる滋養に満ちた食事を摂った。熱はすぐに下がり、極限まで衰弱していた体には少しずつ、しかし確実に血の気と肉が戻り始めていた。それはまるで冬を耐え抜いた球根が春を待つような、静かで穏やかな回復の時間だった。

そして四日目の朝、ミミは夜が明ける前に目を覚ました。窓の外はまだ薄暗く王都は深い静寂に包まれていたが、階下からはターニャが店の開店準備を始めたらしい物音がかすかに聞こえていた。
(私も…働かなくては)
もうただ甘えているわけにはいかない、あの日の約束通りここで働かせてもらうのだ。ミミはベッドからそっと抜け出すとターニャが用意してくれた仕事着に着替え、分不相応なほど立派に感じる少し大きい服のエプロン紐をきゅっと固く結び、意を決して屋根裏部屋の階段を降りていった。

厨房はもうもうと立ち上る湯気と焼きたてのパンの香ばしい匂いに満ち、大きなかまどの前ではターニャが額に玉の汗を光らせながら、屈強な腕で巨大な寸胴鍋をかき混ぜていた。
「ターニャさん、おはようございます」
ターニャはミミの姿を認めると手を休め、「おや、ミミかい。もう起きたのかい。体はいいのかい?」と少し驚いたように振り返った。
「はい、もうすっかり。たくさん休ませていただいてありがとうございました。あの…今日から私も何かお手伝いをさせてください!」
ミミが深々と頭を下げると、その真剣な眼差しにターニャはふっと口元を緩める。
「…そうかい、分かったよ。じゃあ早速だけど頼めるかい?」
「はい!何でもお申し付けください!」
ミミが目を輝かせると、ターニャは厨房の隅に積まれた麻袋の山を指さした。
「まずはそこのじゃがいもと人参の皮むきだ。それからそっちの玉ねぎは全部みじん切りにしといておくれ。うちは仕込みが戦争だからねぇ」

それは途方もない量だったが、ミミは一切怯むことなく「はい、承知いたしました!」と明るい声で返事をした。仕事を与えられ、誰かに必要とされることが、今のミミにとってはなによりの喜びだった。

ミミは使い古された小さなナイフを手に取ると一心不乱に野菜の下ごしらえを始め、リズミカルで無駄のない動きでじゃがいもの皮を薄く剥き、人参は大きさを揃えて丁寧に乱切りにし、玉ねぎを刻む時も涙一つこぼさなかった。それはかつてガロウの家で彼の健康を願いながら心を込めて繰り返してきた、体に染み付いている作業だった。
そんなミミの様子を最初は心配そうに見ていたターニャだったが、彼女の驚くべき手際の良さと仕事の丁寧さに次第にその茶色い瞳に感心の色を浮かべ始める。

一時間も経たないうちに山のようだった野菜が美しく下ごしらえされていく様子に、ターニャは「…お嬢ちゃん、あんた、見かけによらず大したもんだねぇ」と声をかけた。
「いえ、これくらい当たり前です…」
「当たり前でできる量じゃないよ、これは。あんた本当にいい腕してるねぇ」
ターニャに褒められ、ミミの頬がぽっと赤く染まる。
誰かに自分の働きをこんな風に真っ直ぐ褒められたのはいつ以来だろうか。
ガロウも時折「器用だな」とは言ってくれたが、それは自分に尽くす便利な存在を愛でるようなニュアンスが混じっていたように今なら思える。
ターニャの言葉には裏表のない、同じ働く者としての純粋な賞賛がこもっていた。

夢中で作業を続けるミミの手元をふとターニャが覗き込み、「…おっと、こりゃひでぇな」と呟いた。
ターニャが指さしたミミの指先は、王都での放浪生活と慣れない水仕事で痛々しいあかぎれがいくつも赤くひび割れていた。
「水仕事は辛いだろう、ちょっと待ってな」
ターニャは店の奥の棚を漁ると一つの小さな陶器の壺を持ってきた。蓋を開けると緑色がかった薬草の独特のいい香りがする。
「こいつはあたしのばあさんの代から伝わってる秘伝の軟膏さ。あかぎれにも切り傷にも火傷にも効く。さ、手を出しな」
「え、でも、そんな貴重なものを…」
「いいから!」
ターニャは有無を言わせぬ口調でミミの手を取ると、そのひび割れた指先にひんやりと心地よい軟膏を一本一本丁寧に塗り込んでくれた。そのごつごつとして大きな手が信じられないくらい優しかった。
「…あんたの手はこれからうちの店の宝になるんだ。大事にしなきゃ罰が当たるよ」
そう言って悪戯っぽく笑うターニャの顔をミミは潤んだ瞳で見つめることしかできず、胸の奥に温かくて少しだけくすぐったいような感情がじんわりと広がっていくのを感じた。

その日からミミの「森の恵み亭」での新しい生活が始まった。朝は誰よりも早く起きて厨房の掃除とかまどへの火入れ、日中はターニャの補助として仕込みと山のような皿洗い、夜は店が閉まると二人で遅い夕食を摂りながらその日の反省や明日の献立について語り合い、そして屋根裏のベッドで心地よい疲労感に包まれて深い眠りに落ちるのだった。
それは騎士団長の妻として過ごした華やかで満ち足りていたはずの日々とは全く違う地味で慎ましい労働の日々だったが、不思議なことにミミの心はあの頃よりもずっと穏やかで満たされていた。仕事に没頭する時間は辛い記憶を一時的に忘れさせてくれ、自分の働きが店の役に立ちターニャに喜んでもらえるという事実が、失いかけていたミミの自己肯定感を少しずつ回復させてくれたのだ。

ミミが厨房に立って一ヶ月が過ぎた頃、彼女の隠れた才能が思わぬ形で花開くことになる。
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