獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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再生への一歩2

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ある日のこと、ミミがまかないとして故郷で母親から教わった鶏肉とハーブの素朴な煮込み料理を作ったところ、味見したターニャがスプーンを持ったままぴたりと動きを止めた。

「…ミミ、あんた、これ…」
「は、はい!お口に合いませんでしたでしょうか…?」
ミミがびくりと肩を震わせると、ターニャは目を丸くしたまま夢中で煮込みを口に運んだ。
「…うまい。なんだいこりゃあ、とんでもなくうまいじゃないか…!」
「え…!」
「派手さはないし貴族が食うような高級な味でもない。だが…なんだろうね、この腹の底からじんわり温まってくるような優しい味は…。食べただけで疲れた心がほぐれていくようだ…」

ターニャは興奮した様子でミミの肩をばしんと強く叩くと、「決めた!ミミ、こいつを明日からうちの日替わりスープとして店に出しな!」と告げた。
「そ、そんな滅相もありません!私なんかが作ったものをお客様にお出しするなんて…!」
ミミは慌てて首を横に振ったが、ターニャは「あたしがいいって言ってんだ」とニヤリと笑って首を振る。「料理ってのはな、技術だけじゃない。作り手の心が味に出るんだよ。あんたの作るもんには人を優しくする不思議な力がある。こいつは絶対にうちの店の名物になる、あたしが保証するよ」

ターニャの力強い言葉に背中を押され、ミミがおそるおそる初めて店のメニューとして出すことになった『ミミの気まぐれスープ』。その日替わりの一品は、最初こそ常連客たちに首を傾げられていたが、味わううちにその素朴で滋味深い味わいの虜にしていった。
「女将さん、今日のスープはあの猫のお嬢ちゃんのかい?だったら大盛りで頼むよ」
「ミミさんのスープを飲むと、なんだか田舎のおふくろのこと思い出すんだよなぁ」
「このスープのためだけに毎日通ってるようなもんだよ、あたしゃ」
いつしか『ミミの気まぐれスープ』は、「森の恵み亭」になくてはならない看板メニューの一つになっていた。

自分の作った料理を見知らぬ誰かが目の前で「おいしい」と心からの笑顔で食べてくれる光景は、ミミにとって何物にも代えがたい喜びであり救いだった。
仕事の合間にホールの手伝いもするようになったミミは、店の常連客たちとの何気ない会話の中にも新しい居場所を見出していく。
無口だがいつもスープを綺麗に飲み干してくれる老いた狼獣人の鍛冶職人、孫のようにミミを気にかけてくれるおしゃべりな兎獣人のおばあさん、ミミの作る焼き菓子を幸せそうに頬張る若い犬獣人の衛兵。彼らはミミの過去など何も聞かず、ただ今ここにいる「森の恵み亭」の店員であるミミを、一人の人間として温かく受け入れてくれた。
ガロウや父親以外の「他者」と自分の力で新しい人間関係を築いていく、その穏やかで確かな手応えが、ミミの傷ついた心を薄紙を重ねるように少しずつ癒していった。

もちろん辛い記憶が完全に消え去ったわけではなく、ふとした瞬間にガロウの冷たい瞳や父親の怒声が悪夢のように蘇り、胸がずきりと痛む夜もあった。しかしそんな時ミミは屋根裏部屋の窓から階下の店の明かりを見下ろす。そこには自分の帰りを待つ温かい場所があり、自分を必要としてくれる優しい人がいるという事実が、悪夢を振り払う何よりの力になった。

季節が一度巡った頃には、ミミの凍てついていた心に確かな温もりが戻り、その頬に自然な笑顔が浮かぶようになっていた。

ある日の閉店後、いつものようにカウンターでターニャとお茶を飲んでいると、彼女が身振り手振りを交えて話す常連客の失敗談に、ミミは思わず声を上げてころころと笑ってしまった。
「あ…」
笑った後でミミははっと自分の口元を手で押さえた。それは心からの屈託ない笑い声、すべてを失ってから一度も出すことのなかった声だった。
そんなミミの様子を見たターニャは何も言わず、ただ母親のような慈愛に満ちた優しい笑顔を浮かべると、誰にも気づかれないように大きな手の甲でそっと目頭を拭った。

再生への一歩は特別な出来事から始まるのではなく、一杯の温かいスープ、誰かの不器用な優しさ、そして何気ない日常の中で交わされるささやかな会話と笑顔から始まる。ミミの世界は今、そんな小さくて温かい光で再び満たされ始めていたが、その先にどんな運命が待っているのか、彼女はまだ知る由もなかった。

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