獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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珍しい閉店間際の来客1

季節が秋から冬へとゆっくり装いを変え、王都の街路樹が赤や黄金の葉を散らし、人々の吐く息が朝夕白く色づくようになった。そんな肌寒い季節が訪れると「森の恵み亭」はより一層賑わいを見せ、人々はターニャの豪快な料理と店の名物となった『ミミの気まぐれスープ』の優しい味わいを求めて毎夜のように集まってくる。

ミミがこの店に来てからもうすぐ一年、あの日の骨と皮ばかりだった痩せた姿はもはやどこにもない。規則正しい生活と栄養のある食事のおかげで頬は健康的な丸みを取り戻し、失われていた空色の瞳の輝きもすっかり元に戻っていた。
何より変わったのはその表情で、おどおどとした怯えの色は消え、穏やかで柔らかな笑みを自然に浮かべられるようになった。それは自分の居場所を見つけ、誰かに必要とされているという自信が彼女の内側から滲み出る光だった。

「はい、お待たせいたしました!熊肉の赤ワイン煮込み、熱いうちにどうぞ!」
「ミミちゃん、こっちのテーブル、片付けお願いね!」
「かしこまりました!」

忙しい時間帯に厨房から出てホールの仕事を手伝うのもすっかり板につき、常連客たちと交わす何気ない会話の一つ一つがミミの心を豊かにしていった。
もちろん過去の傷が完全に癒えたわけではなく、眠れない夜には今でもガロウの冷たい瞳や父親の怒声が悪夢となって心を苛むこともあったが、そんな夜も屋根裏部屋の窓から階下の店の温かい明かりを見下ろせば不思議と心が落ち着いた。
(ここには私を信じ、受け入れてくれたターニャがいる。ここが私の新しい我が家なのだ)
そう思うだけで、ミミはまた明日を生きる力を得ることができた。

その日も「森の恵み亭」は開店から閉店まで大勢の客で賑わい、壁の古時計の長針が閉店時間を指そうとした頃、最後の客である陽気なドワーフの一団が「ごちそうさん!ミミちゃんのアップルパイ、今日も最高だったぜ!」と満足げに帰っていった。

「ふぅー…今日もよく働いたねぇ」
ターニャがカウンターの椅子にどかりと腰を下ろして大きな体で伸びをする。
「はい、本当に。たくさんのお客様に来ていただけて嬉しいですね」
ミミはテーブルの食器を手際よく片付けながらにこりと微笑んだ。
「そりゃあんたのスープとデザートのおかげさ。最近じゃあたしの料理よりあんたの料理を目当てに来る客の方が多いんじゃないかねぇ」
「そ、そんなことありません!ターニャさんの料理があるからこそです!」
「はいはい、謙遜しなさんな」
ターニャはからかうように笑うとレジの売上を数え始めた。
ミミがテーブルをきれいに拭き上げて床を掃き清めるこの閉店後の静かな時間は、一日の達成感と心地よい疲労を感じられる彼女の好きな時間だった。

「よし、と。じゃあそろそろ看板を下ろしちまおうかねぇ。ミミ、悪いけど表の看板、ひっくり返しといておくれ」
「はい、分かりました」
ミミがエプロンで手を拭きながら店の入り口へ向かった、その時だった。

カラン。
静まり返った店内にドアベルの音がやけに澄んで鳴り響き、ミミとターニャは同時に顔を見合わせた。
ターニャが「おや?」と訝しげに眉をひそめる。「こんな閉店間際に客が来るなんて珍しいこともあるもんだねぇ」
確かにこの店の常連客は閉店時間をよく心得ており、一見客ももう少し早い時間に来るのが常だった。
「もしかしたら、遠くから来た旅の方でしょうか…?」
ミミが小首をかしげる。
ターニャは用心深くカウンターの下の護身用のすりこぎにそっと手を伸ばしながら入り口へ視線を向けた。「…まあ、どんな客でも腹を空かせてるなら追い返すわけにはいかないさね。ミミ、あんたは厨房にいていい。あたしが様子を見てくるよ」
「いえ、大丈夫です。私が…」

ミミがそう言いかけたのと、入ってきた客がゆっくりと扉を閉めたのはほぼ同時だった。
その瞬間、ミミは息を呑む。
店の空気が変わった。それまで店内に満ちていた穏やかで温かな空気が、まるで一枚の薄いガラスのようにぴしりと音を立てて凍り付くような錯覚。
圧倒的な存在感。それは力自慢の熊獣人であるターニャさえ比較にならないほど、濃密で揺るぎない王者の気配だった。

入ってきたのは旅人なのだろうか、使い古された分厚いダークブラウンの外套を頭からすっぽりと深く被った一人の大柄な男だった。
顔はほとんど見えないが、逆光に浮かぶシルエットだけで常人ではないと嫌でも分かる。
天井に頭が届きそうなほどの長身に、岩を削り出したかのように広く分厚い肩幅。外套の下に隠された体躯は、恐ろしく鍛え抜かれているに違いない。
そして何よりミミを震わせたのは、その男が発する尋常ではない威圧感だった。
獣としての本能が警鐘を鳴らす。
目の前にいるのはただの獣人ではない、食物連連鎖の頂点に立つ捕食者だと。
迂闊に近づけば首筋に牙を立てられかねない、そんな原始的な恐怖がミミの背筋をぞくりと駆け上った。

男は店内を見回すでもなく、ただまっすぐに一番奥の窓際テーブル席へと音もなく歩を進めていく。その巨躯に似合わないしなやかで一切無駄のない動きに、まるで空気までもが彼の威に圧されて道を開けるかのようだ。

「……な、なんだい、ありゃあ…」
カウンターの陰でターニャが呆然と呟く。彼女もまた、目の前の男が放つ異様な覇気に完全に気圧されていた。
男はテーブルに着くと石像のようにぴくりとも動かなくなったが、フードの奥の深い闇からカウンターの方をじっと見つめる視線だけはひしひしと感じられる。

「…ミ、ミミ。あたしが…」
「いえ」
ターニャが意を決してカウンターから出ようとするのを、ミミは小さな声ではっきりと制した。
「私が行きます。お客様、ですから」
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