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いつもの席の、特別な客2
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ターニャも、最初は、カウンターの陰から、鋭い警戒の視線を、男に送り続けていた。
しかし、彼が、ミミに対して、何一つ、危害を加える素振りも見せず、ただ、律儀に、毎日、彼女のスープを食べるためだけに通っているのだと理解すると、その警戒心も、次第に、呆れと、好奇心へと変わっていった。
「…それにしても、物好きな客だねぇ」
ある日の閉店後、ターニャは、カウンターを拭きながら、感心したように言った。
「毎日、毎日、飽きもせずに、よく通ってくるもんだよ。よっぽど、あんたのスープが、お気に入りなんだろうねぇ。…あんたの、熱烈なファンなんじゃないのかい?」
「そ、そんな…!からかわないでください、ターニャさん!」
ミミは、顔を真っ赤にして、首を横に振った。
しかし、ターニャの言う通り、男が、自分の料理を、気に入ってくれている。
その事実は、ミミの心に、くすぐったいような、誇らしいような、温かい感情を、日々、育んでいった。
ミミの心境も、この数週間で、大きく変化していた。
最初の頃に感じていた、あの身がすくむような恐怖や、緊張は、いつしか、完全に消え失せていた。
彼の存在は、もはや、威圧的なものではなく、どこか、安心感すら与える、日常の風景の一部となっていた。
閉店間際の、静まり返った店内に、彼が、いつもの席で、静かにスープをすする音だけが、小さく響く。
その時間が、ミミにとっては、一日の終わりの、静かで、特別な、大切な時間になっていた。
(今日のスープは、お口に合ったかしら…)
(昨日は、少し、疲れているように見えたけど、大丈夫かな…)
(あのフードの下では、どんな顔を、しているんだろう…)
彼のことを、考える時間が増えた。
彼はいまだに、一言も、注文以外の言葉を発しない。名前さえも、名乗らない。
ミミにとって、彼は、いつまでも、「フードの男」のままだった。
しかし、それでは、あまりにも、他人行儀で、寂しい気がした。
(レオン…さん…)
ある日のこと、ミミは、心の中で、そっと、彼に名前を付けてみた。
レオン。
百獣の王、獅子の名。
あの、威風堂々とした佇まいと、一度だけ見た、黄金の瞳に、ふさわしい名前のような気がした。
レオンさん。
その名前を、心の中で、そっと呼んでみる。
すると、不思議なことに、彼の存在が、より一層、身近で、特別なものに感じられた。
それは、誰にも言えない、ミミだけの、ささやかな、秘密の楽しみだった。
そんなある日の夜。
外は、王都に来てから、一番の、土砂降りの雨だった。
激しい雨粒が、店の窓ガラスを、ばちばちと叩き、時折、遠くで雷鳴が轟く。
「こりゃあ、ひどい降りだねぇ。さすがに、今夜は、もう誰も来ないだろうさ。早めに、店を閉めちまおうかねぇ」
ターニャが、そう言って、あくびを噛み殺した、まさに、その時だった。
カラン。
雨音に混じって、澄んだベルの音が、響いた。
ミミとターニャは、はっとしたように、顔を見合わせる。
まさか。
こんな、嵐のような夜に。
扉を開けて入ってきたのは、やはり、レオンさんだった。
外套は、雨に濡れて、ぐっしょりと重たげに黒ずんでいる。フードの先からは、ぽた、ぽたと、冷たい雫が滴り落ちていた。
それでも、彼の佇まいは、いつもと少しも変わらない。
まるで、嵐の中を歩くことなど、彼にとっては、庭を散歩するのと、何ら変わらないことであるかのように。
彼は、いつもの席に着くと、濡れた外套を脱ぐでもなく、ただ、じっと、ミミの方を見つめた。
その姿にミミの胸がきゅっと、締め付けられる。
こんなに濡れて、寒くないのだろうか。
温かいものを、早く食べさせてあげたい。
その日の日替わりスープは、たっぷりの根菜と、ソーセージを煮込んだ、ポトフだった。
ミミは、いつもより、熱々に、そのスープを温め直すと、湯気の立つ皿を、彼の元へと、急いで運んだ。
「お待たせいたしました…。どうぞ、温まってください」
思わず、そんな言葉が、口をついて出ていた。
レオンさんは、少しだけ、驚いたように、フードの奥で、動きを止めた。
そして、ほんのわずか、ミミにも聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で、こう呟いた。
「…ああ」
それだけだった。
けれど、ミミには、その一言が、何よりも、温かい返事のように聞こえた。
彼は、その日も、スープを、最後の一滴まで、綺麗に平らげた。
そして、いつもより、少しだけ多い銀貨をテーブルに置くと、再び、嵐の吹き荒れる、夜の闇へと、その大きな背中を消していった。
一人、厨房に戻ったミミは、自分の胸に、そっと手を当てた。
心臓が、とくん、とくん、と、温かく、そして、優しく、脈打っている。
恐怖でも、緊張でもない。
もっと、穏やかで、陽だまりのように、ぽかぽかとした、初めて感じる、この感情。
これが、一体、何なのか。
今のミミには、まだ、分からなかった。
ただ、彼の存在が、自分の日常の中で、かけがえのない、大切なものになっていることだけは確かだった。
いつもの席に座る、特別な客。
彼が、明日もまた、この店の扉を開けてくれることを、ミミは心から願っていた。
しかし、彼が、ミミに対して、何一つ、危害を加える素振りも見せず、ただ、律儀に、毎日、彼女のスープを食べるためだけに通っているのだと理解すると、その警戒心も、次第に、呆れと、好奇心へと変わっていった。
「…それにしても、物好きな客だねぇ」
ある日の閉店後、ターニャは、カウンターを拭きながら、感心したように言った。
「毎日、毎日、飽きもせずに、よく通ってくるもんだよ。よっぽど、あんたのスープが、お気に入りなんだろうねぇ。…あんたの、熱烈なファンなんじゃないのかい?」
「そ、そんな…!からかわないでください、ターニャさん!」
ミミは、顔を真っ赤にして、首を横に振った。
しかし、ターニャの言う通り、男が、自分の料理を、気に入ってくれている。
その事実は、ミミの心に、くすぐったいような、誇らしいような、温かい感情を、日々、育んでいった。
ミミの心境も、この数週間で、大きく変化していた。
最初の頃に感じていた、あの身がすくむような恐怖や、緊張は、いつしか、完全に消え失せていた。
彼の存在は、もはや、威圧的なものではなく、どこか、安心感すら与える、日常の風景の一部となっていた。
閉店間際の、静まり返った店内に、彼が、いつもの席で、静かにスープをすする音だけが、小さく響く。
その時間が、ミミにとっては、一日の終わりの、静かで、特別な、大切な時間になっていた。
(今日のスープは、お口に合ったかしら…)
(昨日は、少し、疲れているように見えたけど、大丈夫かな…)
(あのフードの下では、どんな顔を、しているんだろう…)
彼のことを、考える時間が増えた。
彼はいまだに、一言も、注文以外の言葉を発しない。名前さえも、名乗らない。
ミミにとって、彼は、いつまでも、「フードの男」のままだった。
しかし、それでは、あまりにも、他人行儀で、寂しい気がした。
(レオン…さん…)
ある日のこと、ミミは、心の中で、そっと、彼に名前を付けてみた。
レオン。
百獣の王、獅子の名。
あの、威風堂々とした佇まいと、一度だけ見た、黄金の瞳に、ふさわしい名前のような気がした。
レオンさん。
その名前を、心の中で、そっと呼んでみる。
すると、不思議なことに、彼の存在が、より一層、身近で、特別なものに感じられた。
それは、誰にも言えない、ミミだけの、ささやかな、秘密の楽しみだった。
そんなある日の夜。
外は、王都に来てから、一番の、土砂降りの雨だった。
激しい雨粒が、店の窓ガラスを、ばちばちと叩き、時折、遠くで雷鳴が轟く。
「こりゃあ、ひどい降りだねぇ。さすがに、今夜は、もう誰も来ないだろうさ。早めに、店を閉めちまおうかねぇ」
ターニャが、そう言って、あくびを噛み殺した、まさに、その時だった。
カラン。
雨音に混じって、澄んだベルの音が、響いた。
ミミとターニャは、はっとしたように、顔を見合わせる。
まさか。
こんな、嵐のような夜に。
扉を開けて入ってきたのは、やはり、レオンさんだった。
外套は、雨に濡れて、ぐっしょりと重たげに黒ずんでいる。フードの先からは、ぽた、ぽたと、冷たい雫が滴り落ちていた。
それでも、彼の佇まいは、いつもと少しも変わらない。
まるで、嵐の中を歩くことなど、彼にとっては、庭を散歩するのと、何ら変わらないことであるかのように。
彼は、いつもの席に着くと、濡れた外套を脱ぐでもなく、ただ、じっと、ミミの方を見つめた。
その姿にミミの胸がきゅっと、締め付けられる。
こんなに濡れて、寒くないのだろうか。
温かいものを、早く食べさせてあげたい。
その日の日替わりスープは、たっぷりの根菜と、ソーセージを煮込んだ、ポトフだった。
ミミは、いつもより、熱々に、そのスープを温め直すと、湯気の立つ皿を、彼の元へと、急いで運んだ。
「お待たせいたしました…。どうぞ、温まってください」
思わず、そんな言葉が、口をついて出ていた。
レオンさんは、少しだけ、驚いたように、フードの奥で、動きを止めた。
そして、ほんのわずか、ミミにも聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で、こう呟いた。
「…ああ」
それだけだった。
けれど、ミミには、その一言が、何よりも、温かい返事のように聞こえた。
彼は、その日も、スープを、最後の一滴まで、綺麗に平らげた。
そして、いつもより、少しだけ多い銀貨をテーブルに置くと、再び、嵐の吹き荒れる、夜の闇へと、その大きな背中を消していった。
一人、厨房に戻ったミミは、自分の胸に、そっと手を当てた。
心臓が、とくん、とくん、と、温かく、そして、優しく、脈打っている。
恐怖でも、緊張でもない。
もっと、穏やかで、陽だまりのように、ぽかぽかとした、初めて感じる、この感情。
これが、一体、何なのか。
今のミミには、まだ、分からなかった。
ただ、彼の存在が、自分の日常の中で、かけがえのない、大切なものになっていることだけは確かだった。
いつもの席に座る、特別な客。
彼が、明日もまた、この店の扉を開けてくれることを、ミミは心から願っていた。
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