獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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嵐のような騒動の翌日

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昨夜の嵐のような出来事が嘘のように、空は高く澄み渡り王都の街並みを冬の柔らかな陽光が照らしていた。
しかし「森の恵み亭」の店内にはまだあの夜の出来事の残滓が重く垂れ込めている。
客足はまばらで常連客たちもどこかぎこちなく互いに視線を交わしては昨夜の異常事態を噂し合っていた。店の隅のテーブルでエールを呷る老鍛冶職人も今日は冗談の一つも言わずただ黙々とジョッキを傾けている。
誰もが口には出さないが店の空気はあのフードの男が放った絶対的な恐怖の波動を記憶していた。

ミミの心もまた静かな混乱の海を漂っていた。
厨房で野菜を刻みスープの鍋をかき混ぜる。体はいつもの仕事を寸分違わずこなしているのに意識はずっと別の場所にあった。
あの青年は一体何にあれほど怯えていたのだろう。
そしてあのレオンさんという男は。
彼の去り際のどこか気まずそうな横顔と赤く染まった耳の先が瞼の裏に焼き付いて離れない。
自分のために怒ってくれたのかもしれない。
その考えが浮かぶたびに胸の奥がきゅっと甘く締め付けられるような不思議な感覚に襲われた。それは今まで一度も感じたことのない温かくて少しだけくすぐったい感情だった。

「…ミミ」
不意に背後から声をかけられミミはびくりと肩を震わせた。
振り返ると心配そうな顔をしたターニャが立っている。

「あんた大丈夫かい。昨日のことがあってからずっと上の空じゃないか」
「ターニャさん…ごめんなさい。私…」
「無理もないさね。あたしだってまだ何が何だか分からんのだから。…ただねミミ。あのフードの男あんたが思ってるようなただの客じゃないよ。ありゃあ何かとんでもない秘密を抱えてる。あんまり深入りしない方がいいのかもしれないね」

ターニャの言葉にはミミを案じる母親のような響きがあった。
ミミは「はい」と力なく頷くことしかできない。
ターニャの言うことは正しいのかもしれない。
けれどミミの心は理屈とは裏腹にあの静かな男のことが気になって仕方がなかった。

その日の夜も店が閉店時間を迎えようとする頃だった。
ミミはカウンターを拭きながらも無意識のうちに入り口の扉ばかりに気を取られていた。
今日もあの人は来るだろうか。
どんな顔をしてここへ来るのだろう。
期待と不安が入り混じった気持ちで待っていると。

カラン。

心臓が跳ねるほど澄んだベルの音が鳴り響いた。
入ってきたのはやはりレオンハルトだった。
昨日と同じようにダークブラウンの外套を目深にかぶりその巨躯を影のように静かに佇ませている。
しかし今日の彼はいつもと少しだけ様子が違った。
いつもの窓際の席には向かわず店の入り口で立ち尽くしたまま動かない。その姿はまるで中に入ることをためらっているかのようにも見えた。
ミミがどうしたものかと戸惑っているとレオンハルトは意を決したようにゆっくりとカウンターの方へと歩いてきた。
ミミの心臓がドクンと大きく鳴る。
彼がこんなに近くに来るのは初めてのことだった。
見上げるほどの長身。岩のように広く分厚い肩幅。その影にすっぽりと覆われてしまうとまるで世界から切り離されてしまったかのような錯覚に陥る。

レオンハルトはミミの目の前でぴたりと足を止めた。
そして無言のまま外套の内ポケットから一つの小さな包みを差し出した。
簡素な茶色い紙で無骨に包まれただけの素っ気ない包みだった。

「あの…これは…?」
ミミは困惑して尋ねる。
フードの奥から地を這うような低い声が聞こえた。

「…昨日はすまなかった」
その声はいつもよりさらに低くどこか不器用な響きを帯びていた。
謝罪の言葉。
ミミは目を丸くした。
彼が謝ることなど何もないはずなのに。むしろ守ってくれたのは彼のほうだ。

ミミが何かを言う前にレオンハルトはほとんど無理やりという形でその包みを彼女の小さな手に押し付けた。
そしてそれだけを言うと踵を返し今夜はスープを注文することもなくそのまま店の外へと出ていこうとする。
「あ、待ってください!」
ミミは思わず呼び止めた。

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