獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした

天音ねる(旧:えんとっぷ)

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予想外のプレゼント


レオンハルトの大きな背中がぴたりと止まる。
彼は振り返らない。
ミミは手の中の包みを見つめた。まだ微かに彼の体温が残っているような気がした。

「あの…どうして…」
どうして謝るのですか。
どうしてこれを私に。
聞きたいことは山ほどあったが言葉にならない。
レオンハルトはしばらく沈黙していたがやがて背を向けたままぽつりと呟いた。

「…手が」
「え?」
「…手が冷たそうだったからだ」
それだけを言い残すと彼は今度こそ振り返らずに夜の闇の中へと大きな背中を消していった。

カラン。
ドアベルの音がやけに寂しく響き渡る。

一人残されたミミは呆然と手の中の包みと彼が消えた扉を交互に見つめていた。
手が冷たそうだったから。

彼の不器用な言葉が胸の中でゆっくりと反響する。
ミミはおそるおそる手の中の包みを開いた。
中から現れたのは一組の手袋だった。

上質で柔らかな革でできた濃い茶色の手袋。飾り気のないシンプルなデザインだったがひと目でとても丁寧に作られた良い品だと分かる。
そして何よりミミを驚かせたのはその大きさだった。まるで彼女のためにあつらえたかのようにその小さな手にぴたりと合うサイズだったのだ。

いつも水仕事で荒れてひび割れた自分の手。
冬が近づくにつれてその指先はかじかみ赤紫色になっていた。
彼は見ていたのだ。
誰も気づかないようなそんな小さなことを彼はちゃんと見ていてくれたのだ。
ガロウは決して気づかなかった。彼はミミの手を美しいと褒めはしたがその手が自分のためにどれだけ酷使されているかなど考えたこともなかっただろう。
父親も母親も気づかなかった。彼らは娘の苦労より世間体を案じるばかりだった。
でもこの人は。
名前も知らないこの不器用な人は。
ちゃんと私のことを見ていてくれた。

その事実に気づいた瞬間ミミの瞳から堰を切ったように熱い雫がぽろぽろとこぼれ落ちた。
それは悲しい涙ではなかった。
絶望の淵に突き落とされて以来ずっと凍てついていた心の奥の奥にある硬い氷がじわりと溶け出していくような温かくて優しい涙だった。

ミミはそっとその手袋に手を通してみた。
驚くほど柔らかい革が彼女の荒れた手をふわりと優しく包み込む。まるで彼自身の大きな手のひらで守られているかのような錯覚。
じんわりと胸の奥から温かいものが広がっていく。
それはターニャにもらったスープの温かさとも常連客たちの励ましの温かさとも違う。
もっとずっと個人的で甘くてそして少しだけ切ない初めての温もりだった。

「…ありがとうございますレオンさん」

誰に聞かせるともなく呟いた言葉は涙で震えていた。
でもその時ミミの唇にはあの夜すべてを失ってから初めてかもしれない心からの何の屈託もない柔らかな笑みが浮かんでいた。
彼女はその温かい手袋を胸に抱きしめしばらくの間その場から動くことができなかった。

店の外。
少し離れた路地の暗がりにレオンハルトは巨大な影のように佇んでいた。
彼は店の窓から漏れる温かい光を見つめている。その光の中にいるであろう小さな猫獣人の姿を思い浮かべながら。

彼女は贈り物を受け取ってくれただろうか。
喜んでくれただろうか。
それとも気味悪がって捨ててしまっただろうか。

柄にもないことをしたという自覚はあった。
王としてではなくただの一人の男としての衝動的な行動。
その結果が気になって彼はこの場をすぐに立ち去ることができなかったのだ。

やがて店の窓にミミの小さな影が映った。
彼女が何かを胸にそっと抱きしめているのが見える。

そしてレオンハルトの獅子としての優れた視力は確かに捉えた。
彼女の顔に浮かんだ柔らかなあの笑顔を。
その瞬間レオンハルトの心臓が大きく跳ねた。
腹の底から今まで感じたことのないような熱いものがこみ上げてくる。
それは王としての責務でもなく民への慈愛でもない。
ただ一人の女性に向けられた純粋で獰猛な独占欲とそしてどうしようもないほどの愛おしさだった。

彼は自分の変化に戸惑っていた。
ミミと出会ってから自分は自分では無いような気がする。

あの小さな存在がこの百獣の王の心をいともたやすくかき乱していく。
レオンハルトは自分の頬がかすかに熱を持っていることに気づき慌てて顔をそむけた。
フードの影で彼の耳がほんのりと赤く染まっていたことを知る者は誰もいない。

獅子王は初めての感情に戸惑いながらもその胸に宿った温かい光を確かめるように夜の闇の中へ静かにその大きな体を溶け込ませていくのだった。
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