5 / 36
一章 楽府オーディション
1-4 母の形見と炎辰
しおりを挟む
明鈴が出て行った後、誰かの視線を感じ、翠蓮は暗くなった外に目をやる。
木々や庭の隅に、雪がわずかにあるだけだ。
翠蓮は寝台に、ぼすっと寝転ぶ。
「皆、すごく上手だったな。
安易に村を飛び出してきちゃったけど……そんなに甘い試験じゃないよね……」
城壁を見た時のわくわくした気持ち。それは少しずつしぼみかけていた。
「こんな気持ちじゃ駄目よ、翠蓮……明鈴と、合格するって約束したじゃない?」
元気を出そうと、腹に力を入れてぐっと身体を起こす。胸に手を当てて深呼吸してみると、翠蓮はいくらかすっきりした気持ちになった。
「みんな……元気にしてるかな……」
ぽつりと呟き、襟元から首飾りを取り出す。首から外して手に取ると、美しい蒼色がきらめく。
まるで夜の海のような深い蒼色――
母の遺品整理の時に出てきたという。
「母君は、宝石は好まなかったようだがな」
翠蓮に手渡しながら、楽団長は首をかしげていた。
半月を思わせるしなやかな弧を描くその石は、無駄な装飾はない。すべすべした感覚が気持ちよくて、無意識に石を撫でる。
「確かに、あんまりお母さんらしくないかな?」
記憶の中の母は、儚げで淡い色が似合う。この蒼色をまとわせた母を想像するが、少し、ちぐはぐかもしれない。
ふと、蒼瑛皇子の顔が、思い出された。
(なぜ、あの方の顔が――)
思わず石を撫でる手を止めた。
彼に指をとられた時に、身体に流れ込んで来た感覚。あの懐かしさは何だったのだろうか。
「どこか出会ってるとか? そんなわけないか」
皇子と言えば、"殿下"と呼ばれていた紅い瞳の胴鎧の彼――
「あの人が、蒼瑛殿下の御兄様……」
なぜかちくりと胸が痛む。
助けてくれたのに、きちんとお礼もできなかった。
石を両手で包み込む。
いつもならこの石に心癒されるはずなのに、今日に限って胸のざわつきが消えない。
翠蓮は、その違和感から逃げるように、無理やりまぶたを閉じた。
◇ ◆
宮廷北側にある書斎は暗闇に包まれていた。
中では机を囲うようにして、数人が座っている。
その中心には、蒼瑛の兄である炎辰が腰を下ろしていた。
彼こそ、本来であれば揺るぎなき皇位継承者のはずだった。
本来であれば――
現皇帝は、能力主義と称して皇子達を競わせる方針を公言している。
そのせいで、宮廷派閥は揺れに揺れ、足の引っ張り合いも絶えない。
炎辰の側近の一人が、苛立った様子で声を上げる。
「まだ何も掴めぬのか!?」
側近たちは黙したまま、窺うように視線を走らせる。
蝋燭の灯りが揺らぎ、炎辰を不気味に照らした。
皇后である母親譲りなのだろうか。
冷酷さと計算高さ、そのすべてを血の中に受け継いでいるかのようだった。
仕切っていた側近は大きなため息をつく。
「全く、楽府なんて無駄な組織だと言うのに……」
楽府創設の話が出た当初から、炎辰派の臣下たちは官僚を通じ反対意見を奏上したり、ありもしない噂話を流布した。
だが、どれも功を奏さなかった。
そして腹立たしいことに、当の蒼瑛は、どれも意に介さないというように涼しい顔をしているのだ。
それまで黙っていた炎辰は、鋭い光を目に宿し、短く言葉を発する。
「何か、ないのか?」
そのひと言に、側近たちは息を飲んだ。
前回失敗した仲間は、炎辰の一声であっさり手打ちになった。
「次は自分かもしれない」と言う恐怖から皆、身をすくめる。
にわかに昊天が名乗りを上げた。彼は炎辰に仕えてから、高官へ昇進していた。
「炎辰さま、買収した審査員から面白いことを聞きました。翠蓮という娘がおりまして……――」
炎辰はわずかに唇を緩めた。
その歪んだ笑みに、昊天はたじろぎ衣で汗を拭う。
「……明日の歌人の審査、蒼瑛殿下はご不在のようです。
少々の騒ぎをお許しいただければ、例の娘を追い詰めてみましょうか……」
「……くれぐれも大ごとにしてくれるなよ?」
抑揚のない声だが、言外には悪意が滲んでいた。
「御意にございます……」
書斎には側近達の、不気味な笑い声が低く響いていた。
木々や庭の隅に、雪がわずかにあるだけだ。
翠蓮は寝台に、ぼすっと寝転ぶ。
「皆、すごく上手だったな。
安易に村を飛び出してきちゃったけど……そんなに甘い試験じゃないよね……」
城壁を見た時のわくわくした気持ち。それは少しずつしぼみかけていた。
「こんな気持ちじゃ駄目よ、翠蓮……明鈴と、合格するって約束したじゃない?」
元気を出そうと、腹に力を入れてぐっと身体を起こす。胸に手を当てて深呼吸してみると、翠蓮はいくらかすっきりした気持ちになった。
「みんな……元気にしてるかな……」
ぽつりと呟き、襟元から首飾りを取り出す。首から外して手に取ると、美しい蒼色がきらめく。
まるで夜の海のような深い蒼色――
母の遺品整理の時に出てきたという。
「母君は、宝石は好まなかったようだがな」
翠蓮に手渡しながら、楽団長は首をかしげていた。
半月を思わせるしなやかな弧を描くその石は、無駄な装飾はない。すべすべした感覚が気持ちよくて、無意識に石を撫でる。
「確かに、あんまりお母さんらしくないかな?」
記憶の中の母は、儚げで淡い色が似合う。この蒼色をまとわせた母を想像するが、少し、ちぐはぐかもしれない。
ふと、蒼瑛皇子の顔が、思い出された。
(なぜ、あの方の顔が――)
思わず石を撫でる手を止めた。
彼に指をとられた時に、身体に流れ込んで来た感覚。あの懐かしさは何だったのだろうか。
「どこか出会ってるとか? そんなわけないか」
皇子と言えば、"殿下"と呼ばれていた紅い瞳の胴鎧の彼――
「あの人が、蒼瑛殿下の御兄様……」
なぜかちくりと胸が痛む。
助けてくれたのに、きちんとお礼もできなかった。
石を両手で包み込む。
いつもならこの石に心癒されるはずなのに、今日に限って胸のざわつきが消えない。
翠蓮は、その違和感から逃げるように、無理やりまぶたを閉じた。
◇ ◆
宮廷北側にある書斎は暗闇に包まれていた。
中では机を囲うようにして、数人が座っている。
その中心には、蒼瑛の兄である炎辰が腰を下ろしていた。
彼こそ、本来であれば揺るぎなき皇位継承者のはずだった。
本来であれば――
現皇帝は、能力主義と称して皇子達を競わせる方針を公言している。
そのせいで、宮廷派閥は揺れに揺れ、足の引っ張り合いも絶えない。
炎辰の側近の一人が、苛立った様子で声を上げる。
「まだ何も掴めぬのか!?」
側近たちは黙したまま、窺うように視線を走らせる。
蝋燭の灯りが揺らぎ、炎辰を不気味に照らした。
皇后である母親譲りなのだろうか。
冷酷さと計算高さ、そのすべてを血の中に受け継いでいるかのようだった。
仕切っていた側近は大きなため息をつく。
「全く、楽府なんて無駄な組織だと言うのに……」
楽府創設の話が出た当初から、炎辰派の臣下たちは官僚を通じ反対意見を奏上したり、ありもしない噂話を流布した。
だが、どれも功を奏さなかった。
そして腹立たしいことに、当の蒼瑛は、どれも意に介さないというように涼しい顔をしているのだ。
それまで黙っていた炎辰は、鋭い光を目に宿し、短く言葉を発する。
「何か、ないのか?」
そのひと言に、側近たちは息を飲んだ。
前回失敗した仲間は、炎辰の一声であっさり手打ちになった。
「次は自分かもしれない」と言う恐怖から皆、身をすくめる。
にわかに昊天が名乗りを上げた。彼は炎辰に仕えてから、高官へ昇進していた。
「炎辰さま、買収した審査員から面白いことを聞きました。翠蓮という娘がおりまして……――」
炎辰はわずかに唇を緩めた。
その歪んだ笑みに、昊天はたじろぎ衣で汗を拭う。
「……明日の歌人の審査、蒼瑛殿下はご不在のようです。
少々の騒ぎをお許しいただければ、例の娘を追い詰めてみましょうか……」
「……くれぐれも大ごとにしてくれるなよ?」
抑揚のない声だが、言外には悪意が滲んでいた。
「御意にございます……」
書斎には側近達の、不気味な笑い声が低く響いていた。
11
あなたにおすすめの小説
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
ワナビスト龍
理乃碧王
キャラ文芸
諸君は『ワナビ』という言葉をご存じだろうか。
所謂『ラノベ作家志望者』に対して使われるネットスラングである。
その語源は「私は~になりたい」という「I want to be~」から来ているという。
書籍化していないWeb作家に対して使われる言葉で『あまり良い意味を持たない』。
「ブ、ブクマが剥げやがった!」
そんな『ワナビ』がここにいた。
彼の名前は『阿久津川 (あくつがわ)龍太郎』という青年。(齢二十五歳)
小説投稿サイト『ストーリーギルド』に作品を投稿するWeb小説家である。
ペンネーム『ギアドラゴン』で活動しているがパッとしない。
龍の作風は、ラノベ好みの転生も追放も悪役令嬢も出ない。
血と汗、涙が前面に押し出される熱い作風。
そんな作品が受けるはずもなく、低ポイント、ランキング外なのだ。
応募するコンテストも一次選考に通過したこともない。
そう、書籍化を夢見ながらも龍は結果を出していなかった。
「ここで終わるわけにはいかんのだッ!」
この物語は熱くも悲しい『底辺Web小説家(ワナビスト)』のブルースである。
イラスト:DELL-E3
貧乏神と呼ばれて虐げられていた私でしたが、お屋敷を追い出されたあとは幼馴染のお兄様に溺愛されています
柚木ゆず
恋愛
「シャーリィっ、なにもかもお前のせいだ! この貧乏神め!!」
私には生まれつき周りの金運を下げてしまう体質があるとされ、とても裕福だったフェルティール子爵家の総資産を3分の1にしてしまった元凶と言われ続けました。
その体質にお父様達が気付いた8歳の時から――10年前から私の日常は一変し、物置部屋が自室となって社交界にも出してもらえず……。ついには今日、一切の悪影響がなく家族の縁を切れるタイミングになるや、私はお屋敷から追い出されてしまいました。
ですが、そんな私に――
「大丈夫、何も心配はいらない。俺と一緒に暮らそう」
ワズリエア子爵家の、ノラン様。大好きな幼馴染のお兄様が、手を差し伸べてくださったのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる