6 / 36
一章 楽府オーディション
1-5 二次試験
しおりを挟む
――翌日。
会場に着くと少し早かったのか、まだ人影はまばらだった。
(色んな人が受けに来てるんだな)
昨日は気が付かなかったが、男女問わず様々な年齢層がいる。
その時一人の女性が、翠蓮の右隣に腰をおろした。
上質の絹糸で織った贅沢な衣装に身を包んでいる。
年は翠蓮より上だろうか。
切れ長な目元や、ツンと上を向いた形のいい鼻は、彼女の気位の高さを表しているようだ。
翠蓮は席札に目を移す。
――絢麗
絶大な人気を誇る、帝都の有名歌姫だった。
(この人が――)
隣にいるのが場違いな気がして、翠蓮は絢麗とは逆に目を向けた。
すると、何かが視界を滑った気がした。
女性が倒れている。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄り上体を起こすが、返事はない。
上から声が降ってくる。
「緊張から来る貧血でしょう? 体調管理も実力のうちよ」
仰ぎ見ると、絢麗が醒めた目で見下ろしていた。
「でも、放っておくわけには……」
翠蓮の言葉に、絢麗はくすっと笑った。
「そう思っているのは、あなただけではなくて?」
はたと周りを見回すと、皆遠巻きに見ているだけだ。
そして誰も彼も白い目をしている。
「ここにいる人は皆、競い合うべき敵なのよ。
お節介で歌が歌えて?」
「そんな言い方……」
口を開きかけた時、翠蓮の後ろから声が聞こえた。
「じゃ、俺もお節介でいーわ」
現れた男性は周囲の視線など物ともせず、さっと倒れた女性を背負い、出口にずかずか歩き出す。
翠蓮も慌てて後を追った。
彼は審査員に女性を引き渡すと、一仕事終えたように大きく伸びをする。
そして、遠くから歩いてくる審査員を目にして顔色を変えた。
「おい! もう始まるぞ。急げ急げ!」
急き立てられ、翠蓮は足がもつれそうになりながら着席する。走ったせいで胸がどきどきする。
息をつく間もなく、審査員が入室した。
「歌人のニ次試験は『即興歌唱』です。
白紙の譜に、伴奏に合わせて作詞作曲してください」
(譜って……何?)
翠蓮は初めて "譜" という言葉を聞いた。
故郷では、音楽は身体に叩き込むものだった。
試験会場のざわめきを無視して審査員は続ける。
「できた人から提出し、歌唱してください」
伴奏を聴けるのは一度きりと言う。
耳の良さと記憶力、譜への理解が問われる。
ざわめきが大きくなる。
「聞き取るだけでも大変なのに、歌詞も……?」
「時間、二刻だけ?」
――今年の二次は殺しに来てるらしいよ
周りの反応は、明鈴の噂通りだ。
(やるしかない)
こうなったら少しの音も聞き漏らすまいと、翠蓮は息を詰めた。
程なくして伴奏が流れる。
楽器は一つではなく、複数の音が重なり合っていた。
(どうしよう……どうすれば……)
曲の雰囲気は掴めた。
しかし、譜にどう書けばいいか分からない。旋律は浮かんだと思っては消えてしまう。
冷たい汗が背中を伝った。
その時――
「できました」
絢麗が手を挙げた。
迷いのない凛とした声に、会場の空気が止まる。
審査員は絢麗に近寄ると、譜を見つめる。
「よろしい。審査の間に移動しなさい」
口には出さなかったが、審査員の感嘆したような表情から、彼女が上出来であることが読み取れた。
絢麗はゆっくりと立ち上がり、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「お先に」
そう言い残し、悠然と去っていった。
翠蓮の胸に焦燥感が広がっていく。
残り時間は半分を切っただろうか。
「そこまで」
審査員の声が大きく響いた。
時間前に譜を完成させて部屋を出た者は、絢麗だけだった。
「この後譜を回収しますが……辞退希望者は挙手してください」
一人また一人と、受験者たちが退出する。
故郷や家の期待を背負ってきたのだろうか、中には人目をはばからず泣き崩れる者もいた。
今朝いた百人ほどの受験者は、この時点で十人にまで減っていた。
そのことがこの試験の難易度を物語っている。
「では譜を回収します」
皆、次の歌唱試験のことを思い、空気は重々しい。
審査員は譜の確認を進めていたが、驚いた顔で二度見した。
――翠蓮の譜は白紙だった
会場に着くと少し早かったのか、まだ人影はまばらだった。
(色んな人が受けに来てるんだな)
昨日は気が付かなかったが、男女問わず様々な年齢層がいる。
その時一人の女性が、翠蓮の右隣に腰をおろした。
上質の絹糸で織った贅沢な衣装に身を包んでいる。
年は翠蓮より上だろうか。
切れ長な目元や、ツンと上を向いた形のいい鼻は、彼女の気位の高さを表しているようだ。
翠蓮は席札に目を移す。
――絢麗
絶大な人気を誇る、帝都の有名歌姫だった。
(この人が――)
隣にいるのが場違いな気がして、翠蓮は絢麗とは逆に目を向けた。
すると、何かが視界を滑った気がした。
女性が倒れている。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄り上体を起こすが、返事はない。
上から声が降ってくる。
「緊張から来る貧血でしょう? 体調管理も実力のうちよ」
仰ぎ見ると、絢麗が醒めた目で見下ろしていた。
「でも、放っておくわけには……」
翠蓮の言葉に、絢麗はくすっと笑った。
「そう思っているのは、あなただけではなくて?」
はたと周りを見回すと、皆遠巻きに見ているだけだ。
そして誰も彼も白い目をしている。
「ここにいる人は皆、競い合うべき敵なのよ。
お節介で歌が歌えて?」
「そんな言い方……」
口を開きかけた時、翠蓮の後ろから声が聞こえた。
「じゃ、俺もお節介でいーわ」
現れた男性は周囲の視線など物ともせず、さっと倒れた女性を背負い、出口にずかずか歩き出す。
翠蓮も慌てて後を追った。
彼は審査員に女性を引き渡すと、一仕事終えたように大きく伸びをする。
そして、遠くから歩いてくる審査員を目にして顔色を変えた。
「おい! もう始まるぞ。急げ急げ!」
急き立てられ、翠蓮は足がもつれそうになりながら着席する。走ったせいで胸がどきどきする。
息をつく間もなく、審査員が入室した。
「歌人のニ次試験は『即興歌唱』です。
白紙の譜に、伴奏に合わせて作詞作曲してください」
(譜って……何?)
翠蓮は初めて "譜" という言葉を聞いた。
故郷では、音楽は身体に叩き込むものだった。
試験会場のざわめきを無視して審査員は続ける。
「できた人から提出し、歌唱してください」
伴奏を聴けるのは一度きりと言う。
耳の良さと記憶力、譜への理解が問われる。
ざわめきが大きくなる。
「聞き取るだけでも大変なのに、歌詞も……?」
「時間、二刻だけ?」
――今年の二次は殺しに来てるらしいよ
周りの反応は、明鈴の噂通りだ。
(やるしかない)
こうなったら少しの音も聞き漏らすまいと、翠蓮は息を詰めた。
程なくして伴奏が流れる。
楽器は一つではなく、複数の音が重なり合っていた。
(どうしよう……どうすれば……)
曲の雰囲気は掴めた。
しかし、譜にどう書けばいいか分からない。旋律は浮かんだと思っては消えてしまう。
冷たい汗が背中を伝った。
その時――
「できました」
絢麗が手を挙げた。
迷いのない凛とした声に、会場の空気が止まる。
審査員は絢麗に近寄ると、譜を見つめる。
「よろしい。審査の間に移動しなさい」
口には出さなかったが、審査員の感嘆したような表情から、彼女が上出来であることが読み取れた。
絢麗はゆっくりと立ち上がり、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「お先に」
そう言い残し、悠然と去っていった。
翠蓮の胸に焦燥感が広がっていく。
残り時間は半分を切っただろうか。
「そこまで」
審査員の声が大きく響いた。
時間前に譜を完成させて部屋を出た者は、絢麗だけだった。
「この後譜を回収しますが……辞退希望者は挙手してください」
一人また一人と、受験者たちが退出する。
故郷や家の期待を背負ってきたのだろうか、中には人目をはばからず泣き崩れる者もいた。
今朝いた百人ほどの受験者は、この時点で十人にまで減っていた。
そのことがこの試験の難易度を物語っている。
「では譜を回収します」
皆、次の歌唱試験のことを思い、空気は重々しい。
審査員は譜の確認を進めていたが、驚いた顔で二度見した。
――翠蓮の譜は白紙だった
10
あなたにおすすめの小説
幼馴染に「つまらない」と捨てられた俺、実は学校一のクール美少女(正体は超人気覆面配信者)の「生活管理係」でした。
月下花音
恋愛
「つまらない」と幼馴染に振られた主人公・相沢湊。しかし彼には、学校一のクール美少女・天道玲奈の「生活管理係」という秘密の顔があった。生活能力ゼロの彼女を世話するうち、二人は抜け出せない共依存関係へ……。元カノが後悔してももう遅い、逆転ラブコメディ。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる