完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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一章 楽府オーディション

1-5 清廉潔白

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 歌唱審査の部屋では、八人の審査員達が長い机に横一列に腰掛けていた。
 机には白紙の譜が置かれている。

 中央に座るのは男性の正楽師、趙霖ショウリン。彼は白髪交じりの頭をかきながら言う。
「翠蓮とやらは、まだ部屋に控えているんだろう?」


「まぁ……帰るに帰れず、というだけかもしれませんけどね」

 審査員の中で紅一点の正楽師、香蘭コウランは、趙霖の隣で怪訝な表情だ。

 皆議論に参加していたが、二名だけ様子が違っていた。
 燕宇エンウは神経質そうな顔に眉を寄せ、青白い顔で昊天に視線を送っている。

 それを見た陳偉チンエイは、そっと会場を後にした。


「白紙だから不合格と決めたわけでもありませんし、とりあえず歌わせてみてはどうでしょう」
 香蘭の意見に、審査員達は賛同した。


 翠蓮が部屋に入ると好機、疑い、期待の混じった十六の目が、机を挟んで翠蓮を見た。
 

(白紙の譜じゃ……無理ないよね。
でも、ここまで来たら歌うしかない……)

 翠蓮は胸の前で手を握り、歌い始める。その歌声は、譜が白紙だとは思えぬほど順調な滑り出しだ。
 いや、むしろ譜が書けている者よりも曲の雰囲気をしっかり掴んでいた。


 審査員達の空気も良い方に変わっていく。

「なかなかいいんじゃないか?」

「ええ、耳がいいですね彼女」
 
 机の端に座っていた昊天ハオテンは、焦ったような表情だったが、ふいに、かっと目を見開いた。

「止めい!
 大きな声が審査の間に響き渡る。翠蓮は肩をびくりと震わせた。
 全員の視線が怒りをはらんだ昊天に集中する。
 
「そちの譜は白紙ではないか!?」

昊天ハオテン殿、歌唱の途中ではありませんか……」
 趙霖が制止しようとしたが、勢いは止まらなかった。
 彼は丸い身体を椅子から転げ落ちそうなほど乗り出し、怒鳴った。

「こんな汚いことをして自分が恥ずかしいと思わないのか!?」


 翠蓮はわけが分からなかったが、勢いに押され掠れた声で返事をする。
「どういう……ことでしょうか……」

「つまりだ。不正をしているということだよ」

「そんな……そのようなことは決して……」


 昊天ハオテンは机を思い切り叩き、勢い良く立ち上がる。

「黙れ! 不届き者が!」


――その時

「お待ち下さい!!」
 蒼瑛ソウエイ陳偉チンエイが、勢い良く押し入った。
 驚く翠蓮の鼻先を、蒼瑛の一つに束ねた蒼い髪先がかすめる。

(また、あの香り――)
 甘さに混じる書の香りが、翠蓮を落ち着かせる。

 蒼瑛は、背に翠蓮を庇うように立っていた。


「昊天殿、落ち着かれよ!」
 
「なりません殿下! 不正をした者には罰を与えねば!!」


 趙霖が口を挟む。
「いや、試験内容は厳重に管理されていた。私でさえ試験内容を知ったのは直前ですぞ。
仮に不正受験だとしても一体誰が……」

 昊天ハオテンは待っていましたとばかりに、太い指で陳偉を指差す。

「確か陳偉殿は昨日、その者と二人になっていたのですよね?
その時に試験内容を教えたのでは?」

 
 陳偉は付き合いきれないというように両手を広げ、毅然と昊天ハオテンを睨み返す。


「もし不正をしたなら、翠蓮殿は完璧な譜を提出できるはずでは?
大体昊天ハオテン殿は、昨日は参加されていませんよね。その話は誰からお聞きに?」
 
 昊天ハオテンは言い淀む。
 その時、燕宇が震えながら口を開いた。

「陳偉殿に部屋まで送るように指示を出したのは、蒼瑛殿下だったかと……」

 場の空気が凍りつく。

「……何が言いたいのです、燕宇殿」
 陳偉は怒りのあまり、その顔に青筋が浮かんでいる。
「まさか蒼瑛殿下を疑っていると? ご自分が仰っていることが、どういうことか理解されているか?」
 
 場は騒然とし、もはや試験どころではない。


「あの」
 翠蓮が小さいが、はっきりした声をあげた。

「申し訳ございません。私が至らぬばかりに、無用な憶測を生んでしまい……」


 蒼瑛は驚き、振り返る。
 翠蓮はまだ怯えていたが、床を踏みしめるようにして力強く立っていた。


「もし……もしお許しいただけるなら、別の伴奏で歌わせていただけませんか」
 自分のせいで誰かが疑われるのは我慢できなかった。


 昊天ハオテンが憮然と言い返す。


「ふん、やり直したってどうせ歌えまい。はったりだ」


 翠蓮は一歩前に出た。

「私は……確かに譜が書けません。ですが歌なら、ご納得いただけるまで歌います」

 
 翠蓮は自信に満ちた眼差しを、逸らすことなく昊天ハオテンへ注ぐ。
 
「不正ではないと証明してみせます」


 もはやそれが強がりではないことは、誰の目にも明らかだった。


 昊天ハオテンは真っ赤になり押し黙る。
 しばらくそうしていたが、おもむろに分厚い唇を開いた。

「殿下、この女の眼の色は――……」


 蒼瑛は続きを遮るように昊天に歩み寄る。
「眼が、何か?」
 いつもは穏やかなその顔が怒りに満ちている。形の良い唇から、力強い言葉が続く。


「それ以上、彼女について口を開くな。
私に疑義があるなら心ゆくまで調べるが良い。
だが、断じて何も出ないぞ」

 蒼瑛は机に手をつき、昊天ハオテンを睨みつける。そして凍るような冷たい声で耳打ちした。


「"捏造でっちあげ"でもしない限りな」

 昊天ハオテンはがっくりと肩を落とした。
「承知いたしました。その者の処遇は御心みこころのままに……」


 解決したかに思えたが、蒼瑛だけは知っていた。

 ――彼女は、駒として選ばれてしまったのだと。
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