7 / 72
一章 楽府オーディション
1-6 最善策
しおりを挟む昊天はうなだれ、まるで時が止まったように動かなかった。
この空気の中、言葉を発する強心臓はさすがにいないようだ。
「さて――」
蒼瑛は切り替えたのか、いつもの美しい顔に戻り、翠蓮に優しい声色で話しかける。
「"私の事情に"君を巻き込む形になりすまなかった」
「いえ……? 私の実力不足でご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」
翠蓮は、どうして蒼瑛が謝るのかわからなかった。それよりも、自分のせいで蒼瑛が疑われたことが申し訳なかった。
「……今回のことは私の責任なんだ。何か君の希望を言ってくれないか?」
翠蓮は思案するように黙っていたが、口を開く。
「あの、信じていただけるか分かりませんが本当に不正はしておりません。可能なら再試験を……」
蒼瑛は隙のない天上の微笑みを崩し、こらえきれなくなった笑いをくくっと漏らす。
「いや、それは分かっている。希望なら再試験も行おう。
だが、こんなことがあった後では直ぐには難しいだろう? 何日かかっても良い。落ち着いた頃声をかけてくれれば……」
陳偉がそっと口を挟む。
「蒼瑛殿下、それでは予定が全てが後ろ倒しに……
仮に一週間延期になれば、ざっと見積もっても、千貫は下りますまい……」
「さすが陳偉、算盤が立つな――ではなく、こんな状態ですぐに再試験を行えと言うのか。
お前なら平常心で歌えるのか……?」
蒼瑛の言うことはもっとで、陳偉は黙った。
二人がひそひそと相談しているのを見て、趙霖が声をあげた。
「お二人共、その件ですが……私は翠蓮の再試験は必要ないと思っております」
「どういう意味だ?」
「彼女は何度伴奏を変えても、歌唱できるはずです。非常に良い耳を持っている」
香蘭もテキパキした声で参戦する。
「私も同意見ですわ。譜は書けないですが、そんなものは後からどうとでもなります」
横槍が入ったが、途中までの歌唱で翠蓮の歌は十分伝わっていた。
「それに度胸もあるわ……ね?」
香蘭は翠蓮に目配せする。
結局、昊天と燕宇を除く全員が、翠蓮は合格だと判断した。
(絶対駄目だと思っていたのに……)
翠蓮は結果が信じられず、喜ぶことを忘れていた。
「最終試験も期待しているよ」
趙霖の温かい声を聞いて、翠蓮は声も出せず、ただ大きく頷くのが精一杯だった。
審査の間を出た翠蓮は、自分の部屋に戻り、寝台に腰掛ける。
庇うように前に立ってくれた蒼瑛。本当は、大きな背中にしがみつきたいほど怖かった。
「機会をもらえたんだ、あともう少し……合格したい」
明日の最終試験の曲は、揺りかごの唄に決めていた。
亡き母の唯一の記憶。そして、父との別れに歌った曲。
旋律(メロディー)を口ずさむ。
「泣くのは、合格してから……」
翠蓮は、枕をぎゅうっと抱きしめた。
◇ ◆
蒼瑛は陳偉とともに、審査の場を出ていた。
陳偉が重々しく言う。
「此度の件、炎辰殿下の差し金でしょうか」
「だろうな」
あっさり答える蒼瑛に、陳偉は深く息を吐く。
「なぜ翠蓮殿が目をつけられてしまったのでしょう……」
「さぁな。理由などないだろう。
あるとすれば、迂闊に彼女へ手を差し伸べてしまった、私の失態だ」
自分の立ち居振る舞いには注意してきたはずなのに、なぜ一次試験で倒れた翠蓮に駆け寄ってしまったのか。
悔やんでももう遅い。
ふと気付けば、周りが蒼瑛を見てひそひそ話をしている。
どうやら、蒼瑛が不正受験に関わったらしいという噂が、宮中を巡っているようだった。
眉をひそめる陳偉に、蒼瑛は涼しい顔で言った。
「好きにさせておけ。かえって楽府の宣伝になって良いだろう」
「しかしこのままでは直ぐに皇帝陛下のお耳に入りますぞ…。
それに、明日の最終試験の野次馬も増えるのでは……」
「確かに。何も知らぬ翠蓮を、不毛な皇位争いに巻き込むわけにもいかないしな」
蒼瑛は視線を空に預け、思いついたというように手を打った。
「陳偉、名案を思いついたぞ!」
陳偉は嫌な予感を隠さない。
過去の経験則から、こういう時の蒼瑛は、大体突拍子もないことを言い出すのだ。
「……えぇ……! しかし……それは……」
案の定、陳偉は渋い顔をした。
しかし蒼瑛の言う通り、それが最善策という気もしてくる。
「ですが……今から打診して間に合いますかね。会場の手配も……」
蒼瑛は、絹のように滑らかに微笑んだ。
「優秀な臣下がいてくれて助かるよ」
蒼瑛が幼い頃から、教育係として側にいた陳偉。
陳偉が蒼瑛のことを大体分かっているように、その逆もまた然りなのだ。
陳偉は肩をすくめると、
「できる限りのことはやってみますが……」
と言い、すぐに最終調整に走り出した。
「さぁ、陳偉にばかり頼ってはいられないな」
蒼瑛は「芸術や教養で国を豊かにしたい」と考えていた。楽府創設はその第一歩だ。
反対派は、芸術より武に投資すべきだ。楽府は無駄な組織だと訴えていた。
彼らの指摘通り、隣国とは緊迫した状況が続いているのは事実だ。
蒼瑛も武力の大切さは理解していた。
「だが、弱い者が犠牲になるのは見たくない……」
胸に、怯えながらも、勇敢に昊天に立ち向かった少女がよぎる。
「翠蓮……君はあの時の――」
意味深な言葉を残し、蒼瑛は温かくなった春風に目を細めた。
23
あなたにおすすめの小説
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました
由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。
巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。
今日も黙々と床を磨いていたら――
「お前の磨いた床は、よく眠れる」
恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。
見た目は完全にラスボス。
中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。
勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。
光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。
戦争よりも、まず床。
征服よりも、まず対話。
これは、世界最強の存在に溺愛されながら
世界平和を“足元から”始める物語。
甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる