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先ずは美味しく御馳走さま♪
第三話 頑張りたくない眼鏡っ子 side-葛城
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「仕事だからと言って我慢はしないように」
その言葉に黙ったままうなづいた彼女の様子を、注意深く見守る。徐々に圧を下げていくが、今のところ大丈夫な様子だ。素人の女の子にこの訓練をさせるのは気の毒だとは思うが、これに合格しない限り、後ろにさえ乗せてやることができないのだからここは自力で頑張ってもらうしかない。
―― ゲートに立っていた時は、ここで落ちてくれれば面倒がなくて良いのにって思っていたのにな ――
自分の心がわりの速さにあきれてしまう。それはそれとして、今はこの訓練だ。こちらは万全の態勢でサポートをするが、それでも以前に取材に来ていた別のテレビ局のクルーで気分が悪くなった者が出たらしく、始める前に機器を扱っている土方一曹から、くれぐれも彼女への注意を怠るなと言われていた。
「あの、葛城さん」
「なんでしょう? 気分が悪くなりましたか?」
マスクのせいでくぐもった声しか聞こえないので、気分でも悪くなったのかと心配になった。
「いえ、そうじゃなくて。今更ありきたりな質問で申し訳ないんですけど、どうしてパイロットになられたんですか?」
ここにはカメラもマイクも持ち込んでいない。外から撮っている映像に、あとでテロップをつけて流すそうだ。だからこの中で話していることは、装置を操作しながらテレビクルー達に説明をしている土方一曹以外には聞こえていない。つまりはこの質問は、彼女の個人的な質問だということになる。
「ここだけの話、飛ぶのが好きだったからです」
俺の言葉に、土方一曹がプッと吹き出したのが耳元で聞こえた。チラリとガラス越しの外を見ると、テレビ局の連中に説明しながら、目だけをこちらに向けて器用にニヤニヤと笑っている。彼女はそんな一曹に気づくことなく、首をかしげている。
「……それだけ?」
「他に理由が必要ですか?」
「えっと、やはり自衛隊に入隊するわけですから……」
「ああ。もっと高尚な理由があると思ってました?」
「そんなところです」
こちらを見ている槇村さんの顔が、困惑したものになっているのが分かる。
「まあ、国防に携わりたいと思ったことは事実ですが、どちらかと言えば、戦闘機に乗って飛びたかったというのが一番大きいですね。だから防大には入学せずに、高校を出て航空学生として入隊したわけですから」
「防衛大学から入るのと、高校出てから入るのとは違うんですか?」
「簡単に言えば年齢ですか。やはり若いうちから訓練を始めた方が長く飛び続けられるので」
「へえ……」
「偉くなりたいなら別ですが、自分はまずは飛びたいから入りましたからね」
俺の答えを聞いて、彼女はおかしそうに笑った。よほど飛ぶのがイヤらしく、来た時から憂鬱が眼鏡をかけて歩いているような状態だったから、やっと笑う余裕が出てきたかと一安心する。こちらとしても、どうせ飛ぶなら楽しく飛んでほしいからな。
「本当に飛ぶのがお好きなんですね」
「まあね。お蔭さまでこうやって、自分の希望通りの職業につけて本当にラッキーです。航空学生になったからと言って、絶対に戦闘機パイロットになれるわけではないので」
「私には無理なお仕事です。飛行機に乗ると聞いただけで変な汗が出てくるし、胃は一週間ぐらい前から変になっちゃうし」
そう言いながら、胃のあたりを手でおさえている。
「大丈夫ですか?」
「仕事ですから平気です」
「いや、そうじゃなくて胃が痛いなら薬を用意しますよ」
「大丈夫ですよ。この取材が終わって、何か食べたらマシになると思いますから。あ、今は食べろとか言わないでくださいね、さすがに皆さんの前で粗相はしたくないので」
さすがに俺もそれだけは勘弁してほしいが、その様子だと昨日の晩だってまともに食べてないんじゃないのか?と質問したくなる。まったく初対面の人間を相手に、飯の心配までするハメになるとは。もしかして、これも国民を守るとかいう範疇に入るのか?などと考えて、少しおかしくなった。
「じゃあ、明日の取材が終わったら、なにか御馳走しますよ。この近くでよく行くうまい店、何軒か知っているので」
「葛城、こんなところでナンパしてるんじゃねえよ」
こちらの音声を外からヘッドフォンで拾っていた土方一曹が、笑いながら口を挟んできた。
「なにを失礼な。こちらのお客人の質問に答えていただけじゃないですか」
「最後のはどう聞いても誘ってるだろ」
「気のせいです」
「へえ……。お嬢さん、気をつけてくださいね、そいつはたらしだから」
「たらし、ですか……」
「人聞きの悪いこと言わないでください、ほら、仕事仕事。今の気圧はどの程度ですか」
「そろそろ高度三万フィートと同等ですよ、一尉殿」
一曹は、わざとらしく機器に目を向けるとそう言ってきた。
「気圧もあれですが、空気がかなり薄い状態です。あそこの色のついた紙、分かります?」
「え? ああ、壁についているやつですよね」
「あれが白黒に見えてきたら、危険信号なので」
そう言うと、彼女がしていた酸素マスクをはずす準備を始めた。
+++++
「槇村さん。昨日の低圧訓練の合格証書できましたよ」
次の日。コックピットに持ち込む小型のビデオカメラの操作方法を、カメラマンと確認しているらしい彼女に声をかけた。
「……合格証書?」
「そうです、昨日やってもらった一連の訓練に、合格しましたよという証明書です。これで槇村さんは、晴れて戦闘機に乗れるということです。あくまでも乗るだけですが」
手にした証明書をまじまじと見詰めている彼女を見下ろした。飛行機嫌いで飛ぶのも嫌いと言っていた眼鏡っ子嬢は、予想外に訓練で良い成績を残していた。もしかしたら好き嫌いは別として、身体能力的にはパイロット向きなのかもしれないなとは、訓練が終了するまで彼女のことをモニターしていた土方一曹の言葉だ。
「あ、しまった」
突然、彼女が声をあげる。
「どうしました?」
「これ、合格しなかったら乗らなくて良かったんですよね……頑張らなきゃ良かったかも」
こちらを見上げてきた顔は、本気でそう思っているようだ。まったく筋金入りの飛行機嫌いだな。
「まだ言いますか。いい加減に諦めましょうよ、槇村さん。せっかく後ろに座るだけとは言え、大手を振って戦闘機に乗ることができるんですよ?」
「それは飛ぶのが好きな葛城さんの理屈ですよ。私は飛行機に乗るのも飛行機で飛ぶのも嫌いなんです。クジでハズレさえ引かな……」
慌てて口をつぐんだ。クジ? 今、クジと言ったか? しかもハズレだ?
「槇村さん、どういうことですか?」
「え、何のことですか?」
ちょっと怖い顔をして彼女を見下ろすと、サッと逸らした目が泳いでいた。動作も思いっ切り挙動不審になっている。……分かりやすい人だな。
「クジって何です?」
「そんなこと言ってないです、葛城さんの気のせいですよ」
「いや、クジでハズレを引いたって聞こえましたよ?」
「言ってません」
「槇村さん」
「……」
「正直に白状しないと、急旋回急降下、しちゃいますよ?」
それを聞いて怯んだ顔を見ながら、もう一押しとばかりに、部下達に説教を食らわす時用の怖い顔をしてみせた。
「……」
「クジ引きしたんですか?」
「…………しました。だって人気があるから希望者が殺到したし」
「で? ハズレってどういうことです?」
「……」
「宙返りもしちゃいますよ?」
「……!!」
「自分は本気ですから。さっさと白状しちゃってください」
「…………皆が言うには、希望者が殺到していたんだから、当たりを引いた私は超ラッキーなんです。だけど私から言わせれば、それは超ハズレってことで……」
「で、当たりを引かなければ乗ることもなかったと」
渋々といった感じでうなづく。
「他の人に変わってあげようって思ったら、うちの上司が、それじゃあクジ引きにした意味がないからダメだって言うんですよ。だから……」
今回の取材にきかたなく参加しましたと続けた。
「ちょっとガッカリだなあ……」
「何がですか?」
「なかなか乗る機会の無い戦闘機に乗ることができるとなれば、大体の人は大喜びなんですよ。槇村さんみたいに乗りたくないオーラをバシバシ出している人なんて、今まで見たことありませんからね」
「すみません。せっかく乗せるならやっぱり喜ぶ人が良いですよね。だからほら、うちのカメラマンの浅木を……」
「浅木さんは低圧訓練の合格証書が無いですよ」
彼女は証明書に目を落とす。その可愛い頭の中で、一体なにを考えているのやら。
「これ、修正ペンとサインペンでグリグリと……」
「無茶言わないでください。バレたら何人の首が飛ぶと思ってるんですか」
「軍隊は臨機応変……」
「それはハリウッド映画の世界。実際はお役所仕事ばかりです。それと、うちは軍隊じゃなくて自衛隊です」
「ガッカリです」
「お互いガッカリしたところで行きますよ。他の皆さんは外で撮影の準備を終えている頃ですから。急がないと日が暮れます」
「もう真夜中でもいい気分ですけど……」
本当に憂鬱そうな顔をしている。多分いま何か不測の事態が起きて乗ることができなくなったら、この子は小躍りするんじゃないだろうか?などと言う考えが頭をよぎった。
「イヤなことはさっさとすませて、仕事が終わったらおいしいものが食べられるって、考えたらどうですか?」
「イヤなことは避けて通って、おいしいものだけ食べたいです……」
「働かざるもの食うべからずですよ、槇村さん」
そう言って、渋っている彼女を格納庫へと連行 ―― 彼女の気分としてはまさに連行されたという気分だろう ――
すると、そこには普段は自分が搭乗しない複座のイーグルがスタンバイしていた。
「昨日の展示飛行で飛んでいた連中はすでに全機が帰還しているので、こっちの準備ができたらすぐに上がれますからね、お先にどうぞ」
わざと先に乗るようにと促した。こちらが待っているからグスグスもしていられないということで、溜め息を一つついてタラップを上がっていく。
離陸前の機体チェックをしながらチラリとそんな彼女を眺めて、なかなか良いケツだな等と不埒なことを考えた。横に立っていた整備士の如月がニヤニヤしているところを見ると、同じ事を考えているらしい。
「にやけるな、シャキッとした顔をしろ。空自は馬鹿の集まりだと思われるぞ」
小声で注意すると、サッとニヤニヤを引っ込めた。
彼女のすぐ後からタラップを上がっていた整備主任の堀部さんが、ハーネスの確認をしている。なにやら話しかけると、彼女の笑い声が聞こえてくる。恐らく緊張している彼女をリラックスさせるために、何か冗談を言って笑わせたのだろう。
「さすが亀の甲より年の劫だな」
「オヤジさんは伊達に年くってるわけじゃありませんからね。まさか葛城さん、妬いてるとか?」
「馬鹿言うな。相手は天下の東都テレビのお客さんだぞ?」
準備ができたらしく、こちらを振り向いた堀部さんがOKサインを出してきた。
「さて、じゃあ行ってくるか」
「お気をつけて!」
その言葉に黙ったままうなづいた彼女の様子を、注意深く見守る。徐々に圧を下げていくが、今のところ大丈夫な様子だ。素人の女の子にこの訓練をさせるのは気の毒だとは思うが、これに合格しない限り、後ろにさえ乗せてやることができないのだからここは自力で頑張ってもらうしかない。
―― ゲートに立っていた時は、ここで落ちてくれれば面倒がなくて良いのにって思っていたのにな ――
自分の心がわりの速さにあきれてしまう。それはそれとして、今はこの訓練だ。こちらは万全の態勢でサポートをするが、それでも以前に取材に来ていた別のテレビ局のクルーで気分が悪くなった者が出たらしく、始める前に機器を扱っている土方一曹から、くれぐれも彼女への注意を怠るなと言われていた。
「あの、葛城さん」
「なんでしょう? 気分が悪くなりましたか?」
マスクのせいでくぐもった声しか聞こえないので、気分でも悪くなったのかと心配になった。
「いえ、そうじゃなくて。今更ありきたりな質問で申し訳ないんですけど、どうしてパイロットになられたんですか?」
ここにはカメラもマイクも持ち込んでいない。外から撮っている映像に、あとでテロップをつけて流すそうだ。だからこの中で話していることは、装置を操作しながらテレビクルー達に説明をしている土方一曹以外には聞こえていない。つまりはこの質問は、彼女の個人的な質問だということになる。
「ここだけの話、飛ぶのが好きだったからです」
俺の言葉に、土方一曹がプッと吹き出したのが耳元で聞こえた。チラリとガラス越しの外を見ると、テレビ局の連中に説明しながら、目だけをこちらに向けて器用にニヤニヤと笑っている。彼女はそんな一曹に気づくことなく、首をかしげている。
「……それだけ?」
「他に理由が必要ですか?」
「えっと、やはり自衛隊に入隊するわけですから……」
「ああ。もっと高尚な理由があると思ってました?」
「そんなところです」
こちらを見ている槇村さんの顔が、困惑したものになっているのが分かる。
「まあ、国防に携わりたいと思ったことは事実ですが、どちらかと言えば、戦闘機に乗って飛びたかったというのが一番大きいですね。だから防大には入学せずに、高校を出て航空学生として入隊したわけですから」
「防衛大学から入るのと、高校出てから入るのとは違うんですか?」
「簡単に言えば年齢ですか。やはり若いうちから訓練を始めた方が長く飛び続けられるので」
「へえ……」
「偉くなりたいなら別ですが、自分はまずは飛びたいから入りましたからね」
俺の答えを聞いて、彼女はおかしそうに笑った。よほど飛ぶのがイヤらしく、来た時から憂鬱が眼鏡をかけて歩いているような状態だったから、やっと笑う余裕が出てきたかと一安心する。こちらとしても、どうせ飛ぶなら楽しく飛んでほしいからな。
「本当に飛ぶのがお好きなんですね」
「まあね。お蔭さまでこうやって、自分の希望通りの職業につけて本当にラッキーです。航空学生になったからと言って、絶対に戦闘機パイロットになれるわけではないので」
「私には無理なお仕事です。飛行機に乗ると聞いただけで変な汗が出てくるし、胃は一週間ぐらい前から変になっちゃうし」
そう言いながら、胃のあたりを手でおさえている。
「大丈夫ですか?」
「仕事ですから平気です」
「いや、そうじゃなくて胃が痛いなら薬を用意しますよ」
「大丈夫ですよ。この取材が終わって、何か食べたらマシになると思いますから。あ、今は食べろとか言わないでくださいね、さすがに皆さんの前で粗相はしたくないので」
さすがに俺もそれだけは勘弁してほしいが、その様子だと昨日の晩だってまともに食べてないんじゃないのか?と質問したくなる。まったく初対面の人間を相手に、飯の心配までするハメになるとは。もしかして、これも国民を守るとかいう範疇に入るのか?などと考えて、少しおかしくなった。
「じゃあ、明日の取材が終わったら、なにか御馳走しますよ。この近くでよく行くうまい店、何軒か知っているので」
「葛城、こんなところでナンパしてるんじゃねえよ」
こちらの音声を外からヘッドフォンで拾っていた土方一曹が、笑いながら口を挟んできた。
「なにを失礼な。こちらのお客人の質問に答えていただけじゃないですか」
「最後のはどう聞いても誘ってるだろ」
「気のせいです」
「へえ……。お嬢さん、気をつけてくださいね、そいつはたらしだから」
「たらし、ですか……」
「人聞きの悪いこと言わないでください、ほら、仕事仕事。今の気圧はどの程度ですか」
「そろそろ高度三万フィートと同等ですよ、一尉殿」
一曹は、わざとらしく機器に目を向けるとそう言ってきた。
「気圧もあれですが、空気がかなり薄い状態です。あそこの色のついた紙、分かります?」
「え? ああ、壁についているやつですよね」
「あれが白黒に見えてきたら、危険信号なので」
そう言うと、彼女がしていた酸素マスクをはずす準備を始めた。
+++++
「槇村さん。昨日の低圧訓練の合格証書できましたよ」
次の日。コックピットに持ち込む小型のビデオカメラの操作方法を、カメラマンと確認しているらしい彼女に声をかけた。
「……合格証書?」
「そうです、昨日やってもらった一連の訓練に、合格しましたよという証明書です。これで槇村さんは、晴れて戦闘機に乗れるということです。あくまでも乗るだけですが」
手にした証明書をまじまじと見詰めている彼女を見下ろした。飛行機嫌いで飛ぶのも嫌いと言っていた眼鏡っ子嬢は、予想外に訓練で良い成績を残していた。もしかしたら好き嫌いは別として、身体能力的にはパイロット向きなのかもしれないなとは、訓練が終了するまで彼女のことをモニターしていた土方一曹の言葉だ。
「あ、しまった」
突然、彼女が声をあげる。
「どうしました?」
「これ、合格しなかったら乗らなくて良かったんですよね……頑張らなきゃ良かったかも」
こちらを見上げてきた顔は、本気でそう思っているようだ。まったく筋金入りの飛行機嫌いだな。
「まだ言いますか。いい加減に諦めましょうよ、槇村さん。せっかく後ろに座るだけとは言え、大手を振って戦闘機に乗ることができるんですよ?」
「それは飛ぶのが好きな葛城さんの理屈ですよ。私は飛行機に乗るのも飛行機で飛ぶのも嫌いなんです。クジでハズレさえ引かな……」
慌てて口をつぐんだ。クジ? 今、クジと言ったか? しかもハズレだ?
「槇村さん、どういうことですか?」
「え、何のことですか?」
ちょっと怖い顔をして彼女を見下ろすと、サッと逸らした目が泳いでいた。動作も思いっ切り挙動不審になっている。……分かりやすい人だな。
「クジって何です?」
「そんなこと言ってないです、葛城さんの気のせいですよ」
「いや、クジでハズレを引いたって聞こえましたよ?」
「言ってません」
「槇村さん」
「……」
「正直に白状しないと、急旋回急降下、しちゃいますよ?」
それを聞いて怯んだ顔を見ながら、もう一押しとばかりに、部下達に説教を食らわす時用の怖い顔をしてみせた。
「……」
「クジ引きしたんですか?」
「…………しました。だって人気があるから希望者が殺到したし」
「で? ハズレってどういうことです?」
「……」
「宙返りもしちゃいますよ?」
「……!!」
「自分は本気ですから。さっさと白状しちゃってください」
「…………皆が言うには、希望者が殺到していたんだから、当たりを引いた私は超ラッキーなんです。だけど私から言わせれば、それは超ハズレってことで……」
「で、当たりを引かなければ乗ることもなかったと」
渋々といった感じでうなづく。
「他の人に変わってあげようって思ったら、うちの上司が、それじゃあクジ引きにした意味がないからダメだって言うんですよ。だから……」
今回の取材にきかたなく参加しましたと続けた。
「ちょっとガッカリだなあ……」
「何がですか?」
「なかなか乗る機会の無い戦闘機に乗ることができるとなれば、大体の人は大喜びなんですよ。槇村さんみたいに乗りたくないオーラをバシバシ出している人なんて、今まで見たことありませんからね」
「すみません。せっかく乗せるならやっぱり喜ぶ人が良いですよね。だからほら、うちのカメラマンの浅木を……」
「浅木さんは低圧訓練の合格証書が無いですよ」
彼女は証明書に目を落とす。その可愛い頭の中で、一体なにを考えているのやら。
「これ、修正ペンとサインペンでグリグリと……」
「無茶言わないでください。バレたら何人の首が飛ぶと思ってるんですか」
「軍隊は臨機応変……」
「それはハリウッド映画の世界。実際はお役所仕事ばかりです。それと、うちは軍隊じゃなくて自衛隊です」
「ガッカリです」
「お互いガッカリしたところで行きますよ。他の皆さんは外で撮影の準備を終えている頃ですから。急がないと日が暮れます」
「もう真夜中でもいい気分ですけど……」
本当に憂鬱そうな顔をしている。多分いま何か不測の事態が起きて乗ることができなくなったら、この子は小躍りするんじゃないだろうか?などと言う考えが頭をよぎった。
「イヤなことはさっさとすませて、仕事が終わったらおいしいものが食べられるって、考えたらどうですか?」
「イヤなことは避けて通って、おいしいものだけ食べたいです……」
「働かざるもの食うべからずですよ、槇村さん」
そう言って、渋っている彼女を格納庫へと連行 ―― 彼女の気分としてはまさに連行されたという気分だろう ――
すると、そこには普段は自分が搭乗しない複座のイーグルがスタンバイしていた。
「昨日の展示飛行で飛んでいた連中はすでに全機が帰還しているので、こっちの準備ができたらすぐに上がれますからね、お先にどうぞ」
わざと先に乗るようにと促した。こちらが待っているからグスグスもしていられないということで、溜め息を一つついてタラップを上がっていく。
離陸前の機体チェックをしながらチラリとそんな彼女を眺めて、なかなか良いケツだな等と不埒なことを考えた。横に立っていた整備士の如月がニヤニヤしているところを見ると、同じ事を考えているらしい。
「にやけるな、シャキッとした顔をしろ。空自は馬鹿の集まりだと思われるぞ」
小声で注意すると、サッとニヤニヤを引っ込めた。
彼女のすぐ後からタラップを上がっていた整備主任の堀部さんが、ハーネスの確認をしている。なにやら話しかけると、彼女の笑い声が聞こえてくる。恐らく緊張している彼女をリラックスさせるために、何か冗談を言って笑わせたのだろう。
「さすが亀の甲より年の劫だな」
「オヤジさんは伊達に年くってるわけじゃありませんからね。まさか葛城さん、妬いてるとか?」
「馬鹿言うな。相手は天下の東都テレビのお客さんだぞ?」
準備ができたらしく、こちらを振り向いた堀部さんがOKサインを出してきた。
「さて、じゃあ行ってくるか」
「お気をつけて!」
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