94 / 106
第三部
剛の主治医のお仕事
しおりを挟む
「行くぞ──」
「ちょ、ちょっと待て……」
「待てない──」
「あぁ!──イッテェ!」
今日も院に剛の悲鳴が響いている。ハワイのビーチでたっぷり泳いだらまた胸の前と今度は肩甲骨のところの筋肉の痛みが取れなくなったらしい。
「泳ぎすぎたのかもしれないな……島まで行けるかと挑戦したから……」
「やめとけ、着いた途端に射殺されるか売り飛ばされるぞ……あぁ、このしこりだな──」
「いや、ゴリラじゃなくて俺の思い出話なんだが……イテェ!」
組長は治療を重ね胸の筋肉を捉えるスペシャリストにまで登りつめていた。まったく使えないスキルだ。幸が剛の様子を見て溜息をつく。
「肩甲骨もかぁ……泳いだだけじゃここまでひどくならないもんなぁ──あ、なんかハワイで胸を叩きすぎました?」
「先生、一旦ゴリラから離れてくれるか?」
たとえこんな俺でも恋愛対象は人間だ。求愛行動で胸を叩く必要など全くない。
「さてと──組長貸してくれる?」
幸は組長の手から剛の腕を貰い受ける。幸は胸を剛の胸の筋肉を撫でてやる。剛が恍惚とした表情をしたのを組長は見逃さなかった。
「てめ──」
「よぉし! じゃあ肩甲骨剥がしちゃいましょうか」
治療家スイッチの入った先生が剛の肩に触れる。その笑みに思わず腰が引く。
「肩甲骨、剥がす……先生、その決め技って……」
「プロレス技じゃないですよ。こう、天使の羽の中に手を入れてこう、えいってやって、あ、肩甲骨ってチェーン店のケン◯ッキーにもある部位なんだけど割とジューシーで──」
「いや、先生、それさばかれて美味しく頂かれてちゃってますけど」
説明がいつの間にか変な方向に行ってしまった。剛は余計に怖かった。本来あんな所に手なんか入るわけない。
「せ、先生──や、優しく……優しくして?」
幸は剛を横向きに寝させると肩甲骨の間に指を入れていく。
「あー、やっぱり入りにくいですね。人差し指しか……あ、剛さん少し背中を反らして、あ、そうそう。あ、入った! 分かります?」
「あ、あぁ、剥がされ、てるのが、分かるなぁ──」
幸の手が肩甲骨に下に入るとそれを剥がすように上に持ち上げる。剛の体が揺さぶられると肩甲骨を軸に伸ばされる感覚がする。揺さぶられているので話しにくそうだ。
幸は「狭いけど今、ようやく指三本中に入りましたからね、剛さん!」と嬉しそうに近況を報告している。
そんな二人の様子を組長は腕を組み静観していた。
なぜだろう、先生は必死に治療しているのにエロさを感じてしまう。俺がだめなのか、欲求不満だからそんなふうに思うのかもしれない──。
「俺もまだまだ未熟だな……」
組長が暑苦しくなった治療室のカーテンを開け放つ。
「あ──いたのか」
いつのまにか待合室に光田と心のカップルがいた。光田は組長と目が合うと口元を引きつかせて笑う。隣に座る心は雑誌を見ながらご機嫌な様子だ。ちらちらと横の光田の様子を伺っている。
「……いい教育になりましたわね」
「……黙ってろ」
二人は小声で会話する。
肩甲骨剥がしの治療が終わった幸が手をプラプラと振りながら治療室から出てくる。やはり剛の背中は硬かったようだ。その手を光田はじっと見つめていた。
「あー奥まで指が届かなくって……でも一回開拓すればいつだってこじ開けられますからね!」
幸の達成感溢れる笑顔に光田と心は大きく頷くことしかできなかった。
「いつも司なんだが今日は二人掛かりで緩めてもらったんだ。いや、よかったよかった」
「それは、よかったですわね……ふふ」
院からの帰り道、すっきりした顔をした剛に心は満足げな笑みを浮かべた。一皮向けた兄の姿が誇らしげだった。
「ちょ、ちょっと待て……」
「待てない──」
「あぁ!──イッテェ!」
今日も院に剛の悲鳴が響いている。ハワイのビーチでたっぷり泳いだらまた胸の前と今度は肩甲骨のところの筋肉の痛みが取れなくなったらしい。
「泳ぎすぎたのかもしれないな……島まで行けるかと挑戦したから……」
「やめとけ、着いた途端に射殺されるか売り飛ばされるぞ……あぁ、このしこりだな──」
「いや、ゴリラじゃなくて俺の思い出話なんだが……イテェ!」
組長は治療を重ね胸の筋肉を捉えるスペシャリストにまで登りつめていた。まったく使えないスキルだ。幸が剛の様子を見て溜息をつく。
「肩甲骨もかぁ……泳いだだけじゃここまでひどくならないもんなぁ──あ、なんかハワイで胸を叩きすぎました?」
「先生、一旦ゴリラから離れてくれるか?」
たとえこんな俺でも恋愛対象は人間だ。求愛行動で胸を叩く必要など全くない。
「さてと──組長貸してくれる?」
幸は組長の手から剛の腕を貰い受ける。幸は胸を剛の胸の筋肉を撫でてやる。剛が恍惚とした表情をしたのを組長は見逃さなかった。
「てめ──」
「よぉし! じゃあ肩甲骨剥がしちゃいましょうか」
治療家スイッチの入った先生が剛の肩に触れる。その笑みに思わず腰が引く。
「肩甲骨、剥がす……先生、その決め技って……」
「プロレス技じゃないですよ。こう、天使の羽の中に手を入れてこう、えいってやって、あ、肩甲骨ってチェーン店のケン◯ッキーにもある部位なんだけど割とジューシーで──」
「いや、先生、それさばかれて美味しく頂かれてちゃってますけど」
説明がいつの間にか変な方向に行ってしまった。剛は余計に怖かった。本来あんな所に手なんか入るわけない。
「せ、先生──や、優しく……優しくして?」
幸は剛を横向きに寝させると肩甲骨の間に指を入れていく。
「あー、やっぱり入りにくいですね。人差し指しか……あ、剛さん少し背中を反らして、あ、そうそう。あ、入った! 分かります?」
「あ、あぁ、剥がされ、てるのが、分かるなぁ──」
幸の手が肩甲骨に下に入るとそれを剥がすように上に持ち上げる。剛の体が揺さぶられると肩甲骨を軸に伸ばされる感覚がする。揺さぶられているので話しにくそうだ。
幸は「狭いけど今、ようやく指三本中に入りましたからね、剛さん!」と嬉しそうに近況を報告している。
そんな二人の様子を組長は腕を組み静観していた。
なぜだろう、先生は必死に治療しているのにエロさを感じてしまう。俺がだめなのか、欲求不満だからそんなふうに思うのかもしれない──。
「俺もまだまだ未熟だな……」
組長が暑苦しくなった治療室のカーテンを開け放つ。
「あ──いたのか」
いつのまにか待合室に光田と心のカップルがいた。光田は組長と目が合うと口元を引きつかせて笑う。隣に座る心は雑誌を見ながらご機嫌な様子だ。ちらちらと横の光田の様子を伺っている。
「……いい教育になりましたわね」
「……黙ってろ」
二人は小声で会話する。
肩甲骨剥がしの治療が終わった幸が手をプラプラと振りながら治療室から出てくる。やはり剛の背中は硬かったようだ。その手を光田はじっと見つめていた。
「あー奥まで指が届かなくって……でも一回開拓すればいつだってこじ開けられますからね!」
幸の達成感溢れる笑顔に光田と心は大きく頷くことしかできなかった。
「いつも司なんだが今日は二人掛かりで緩めてもらったんだ。いや、よかったよかった」
「それは、よかったですわね……ふふ」
院からの帰り道、すっきりした顔をした剛に心は満足げな笑みを浮かべた。一皮向けた兄の姿が誇らしげだった。
9
あなたにおすすめの小説
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
お客様はヤの付くご職業・裏
古亜
恋愛
お客様はヤの付くご職業のIf小説です。
もしヒロイン、山野楓が途中でヤンデレに屈していたら、という短編。
今後次第ではビターエンドなエンドと誰得エンドです。気が向いたらまた追加します。
分岐は
若頭の助けが間に合わなかった場合(1章34話周辺)
美香による救出が失敗した場合
ヒーロー?はただのヤンデレ。
作者による2次創作的なものです。短いです。閲覧はお好みで。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される
山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」
出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。
冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる