ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

文字の大きさ
93 / 160
聖女と魔王と魔女編

少年には刺激の強い日々

しおりを挟む
side イリュー

 美しすぎて人形みたいな寝顔がとても近い。とても離れて寝ていたはずが、触れることができるほどに近い。

「……男のうちに入ってないのは知ってるけど、それだってこれどうなんだ」

 イリューは思わず口にしていた。そもそもの話、無理が過ぎる。
 広くもないテントに未婚の男女が同衾である。しかも相手は女王様。バレたら問題がありすぎる。少なくともソランには闇討ちされるかもしれない。あの発言にあいつはマジだ。恐れを知らないとイリューとライルを驚愕させた。今もマジかと思う。

 ソランにとって超えるべき男が、片や王族の生き残り。片や現在ほぼ国内全土を支配できそうな男である。
 どちらも今は手出しを控えているという状況なので、ちゃっかり奪っていけそうな気はするがそれにしたって超えるハードルの高さときたら。

 それなのに当の本人は身分なにそれと言いたげで、手が届きそうな気がするのが問題だ。

 実際、故郷では貴族だからと政略結婚はほとんどないらしい。王族でも他国にいくことはほとんどなかった。なぜなら、加護がない国から嫁げないから。よくて愛人どまりでそれもめずらしい。
 国家間の婚姻のばあいには神の承認が必要である。これは、加護を持たなければそれを超えられない。

 その結果、王族は自由恋愛ということらしい。形質がほぼ継承され、薄まることもないということも影響している。
 好きな人と一緒にいればいいじゃないという考えなので、根本的に異なる。
 色々な人がその齟齬に気がついていないのがなぜなのか問いたい。あのさーとフィンレーが聞いてきてイリューも気がついたくらいではあるが。あの弟様も同じ年なはずなのになにを考えているかさっぱりわからなかった。

 それはともかくのそのことにこの人が気づいていないのか、知っていて黙っているのかは半々だなとイリューは思う。時々すっごくすっとぼけたことをする。
 あの、あれ? という素の顔は、妙に可愛く見えて困る。

 寝顔もちょっと無防備で、綺麗だった。これを見たことがある男はほとんどいないに違いない。
 バレたら本気で半殺しかもしれないなとイリューは一生黙っておくことに決めた。

「ふぃんれー? もうちょっとねてていいのよ?」

 不意に聞こえた眠たげな声が柔らかい。

 男枠でも子供枠でもない。

「弟じゃないですけど」

 甘やかしていい弟なのか。イリューは苦々しくつぶやく。あこがれる人はなぜかイリューを弟扱いしたがる。
 可愛くないわねぇと笑いながら、次には意地はっちゃってかわいいと言いだす。

 男らしさとはまだ無縁で小さいというのは知っている。小柄というのは騎士には向いていない。文官を進められたのは適正もあってだとわかっていた。
 それでも、兄のことを超えなければいけない。

 長く見なかったから、というわけではない。
 なぜだか、忘れていた。

 燃えるような赤毛。兄に似ていると最初に思い出しそうなものを。失って、それさえも忘れてしまったように日々を続けた。
 ある日、ふと、涙がこぼれて。

 未だに持て余す。

「あなたは、勝手に死んだりしないでくださいね」

 弟からの切実なお願いです。
 残されてはどうしていいのかわからなくなった。いきなり後継ぎとかそんな話はどうでもよくて。

「いないのは、さびしい」

 泣くべきときに泣けず、こんなにも引きずるなら忘れたままでよかったのに。
 柔らかい赤毛にそっと触れて撫でる。
 薄っすら目を開けて目を細めてんー? くすぐったいと寝ぼけた声をあげて。
 きっと目覚めているはずなのにそういう嘘をついてくれる優しさが、胸に刺さる。本当にこうして人を落としていく。

 無自覚なのがたちが悪い。


 翌日からは町に立ち寄って宿をとることになった。
 イリューの主張が受け入れられたというより、情報調達の意味合いが強い。それも、なぜか恋愛事の。
 宿屋の下に食堂があるのはどこの町でも同じことのようだった。王都を出てどこかに泊るという経験も少なかったイリューにとっては慣れない場所である。
 だが、ジニーにとっては慣れた場所のようで手慣れた様子で席を取り、注文をする。

 顔をさらしたままのため、店内の視線を釘付けにしているのだが気にしたそぶりもない。街中でもそうだった。

「なに?」

「なんで、慣れてるんですか?」

「お忍びが趣味の兄がいてね。教えてもらった」

 そう言って楽し気に最初に来た杯を傾けた。杯の中身は彼女には酒、イリューには水だった。

「にゃ」

 足元の猫にも水を入れた皿を出してもらっている。そう、猫はそこにいた。
 帰らないんですかと訴えてみたが、ジニーも困ったように首を横に振っていた。帰ってほしいけど、帰ってくれないし、強制的に排除できる相手でもないと。

 イリューはできるだけ、関わらないようにするほかなかった。お連れのような狼たちも大人しいのが不気味でもある。
 ただそれは。

「なに?」

 この人の妙な威圧感のせいかもしれない。イリューは小さくため息をついた。

「感じ悪いなぁ。なにその振り回されて迷惑ですって感じ」

「実際そのものですので。次は街道沿いに行きますか」

「そうだね。近道をしたりしなかったりしながら、行くよ」

 行かないじゃないかとツッコミ待ちだろうか。イリューはいぶかし気に見るが、彼女は澄ました表情を崩さない。わずかに笑みらしきものがあるのでからかってきているのかもしれなかった。

 食事をしている最中に酔っ払いに絡まれもしたが、焦るイリューをよそにジニーはあっさりといなしていた。
 怒りだすようなこともなく、なんとなく酒をおごり情報を吐かせる手並みが鮮やかだ。

「兄ちゃんもてそうなのにわかんないのかい?」

「モテるんだけど、どうしてそうなのかわかんないし、気に入った子は手に入らないしでよくわかんない」

 わからないが大盤振る舞いだ。イリューでもジニーが女性にモテるのはわかる。美醜、身分問わず優しいし、そこに下心がない。お姫様扱いは普通なのに、みな平等にしようとしているのもわかる。
 誰かのものではない王子様といったところだ。

 彼女の弟曰く、これが、彼女の好みだというのだから深淵だ。闇が深すぎる。

「振られたのか」

「お誘いしたけど、振られたね。全然、これっぽっちも揺らいでくれなかった。選んだのはほかの人」

「そりゃあ、お気の毒に」

「仕方ないよ」

 そう言って肩をすくめている。
 誤解させるように話はしているが、間違っても三角関係の話ではなかった。わかってて話しているのだろうが。
 この酔客も王位簒奪が話の中心にあったとは思うまい。そう考えると殺し合いを始めなかったのが不思議と言えば不思議である。

「まあ、元気出せよ」

 酔っ払いに慰められてもなと思うが、ジニーは適当に答えていた。
 適当に相手をして、適当に情報収集して、ほどほどに撤収までが流れ作業のようでイリューはうっかり置いて行かれそうになる。
 抵抗むなしく同室なのは本当にどうしようかと思いながら、イリューはさっさと寝ることにした。

「僕は、何も知りませんからね」

 はっきりと明言して。
 ジニーがいたずらがバレた妹のような顔をしていたのがちょっと面白かった。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

銀眼の左遷王ケントの素人領地開拓&未踏遺跡攻略~だけど、領民はゼロで土地は死んでるし、遺跡は結界で入れない~

雪野湯
ファンタジー
王立錬金研究所の研究員であった元貴族ケントは政治家に転向するも、政争に敗れ左遷された。 左遷先は領民のいない呪われた大地を抱く廃城。 この瓦礫に埋もれた城に、世界で唯一無二の不思議な銀眼を持つ男は夢も希望も埋めて、その謎と共に朽ち果てるつもりでいた。 しかし、運命のいたずらか、彼のもとに素晴らしき仲間が集う。 彼らの力を借り、様々な種族と交流し、呪われた大地の原因である未踏遺跡の攻略を目指す。 その過程で遺跡に眠っていた世界の秘密を知った。 遺跡の力は世界を滅亡へと導くが、彼は銀眼と仲間たちの力を借りて立ち向かう。 様々な苦難を乗り越え、左遷王と揶揄された若き青年は世界に新たな道を示し、本物の王となる。

ある平凡な女、転生する

眼鏡から鱗
ファンタジー
平々凡々な暮らしをしていた私。 しかし、会社帰りに事故ってお陀仏。 次に、気がついたらとっても良い部屋でした。 えっ、なんで? ※ゆる〜く、頭空っぽにして読んで下さい(笑) ※大変更新が遅いので申し訳ないですが、気長にお待ちください。 ★作品の中にある画像は、全てAI生成にて貼り付けたものとなります。イメージですので顔や服装については、皆様のご想像で脳内変換を宜しくお願いします。★

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

[完結]困窮令嬢は幸せを諦めない~守護精霊同士がつがいだったので、王太子からプロポーズされました

緋月らむね
恋愛
この国の貴族の間では人生の進むべき方向へ導いてくれる守護精霊というものが存在していた。守護精霊は、特別な力を持った運命の魔術師に出会うことで、守護精霊を顕現してもらう必要があった。 エイド子爵の娘ローザは、運命の魔術師に出会うことができず、生活が困窮していた。そのため、定期的に子爵領の特産品であるガラス工芸と共に子爵領で採れる粘土で粘土細工アクセサリーを作って、父親のエイド子爵と一緒に王都に行って露店を出していた。 ある時、ローザが王都に行く途中に寄った町の露店で運命の魔術師と出会い、ローザの守護精霊が顕現する。 なんと!ローザの守護精霊は番を持っていた。 番を持つ守護精霊が顕現したローザの人生が思いがけない方向へ進んでいく… 〜読んでいただけてとても嬉しいです、ありがとうございます〜

処理中です...