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聖女と魔王と魔女編

弟は不満である3

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side フィンレー

「……やあ、待ってたよ」

「あっれー? 怒ってる?」

 フィンレーが二日ぶりに顔をのぞかせたとき、彼は静かに怒っていた。
 無表情に近いが、素で無表情の兄弟の表情を見分けてきたフィンレーにはわかる。雰囲気が、怖い。叱られる直前のようで、思わず扉を閉めて出ていこうかと思った。

「出ていかない」

 フィンレーの考えなどお見通しのようでくぎを刺すような言葉が投げかけられる。

「バレてる!?」

「なにを隠していたか吐いてもらおうか」

 それって答え合わせなんでしょ。とはフィンレーも言えなかった。
 彼がそっぽを向くとやりにくさが倍増する。その結果、仕事が増えるのはフィンレーも嫌だった。おそらく姉も期待はしていなかったとは思うが、それにしたって失敗と言いたげにみられるのも癪に障る。

「どこまで知ってるわけ?」

「先代が聖女を連れて逃げ出した。これは意図的に話させたんだろう? ゴシップ紙には載せて、お堅い新聞には載せてない。隠そうとして漏れてしまった、そんな演出?」

「そうそう。そこまではね。
 全部放り投げて逃げ出したんだから、皆が失望するか再起を図るためとついていくかは賭けのところもあったんだけど。どちらにしろ、まとめて潰すからいいよね」

「結果、王弟派が幅を利かせ始める。女王陛下が不在ともなればいいようにするだろう。
 そこまでは、わかる。不在の間に邪魔者をあぶりだしたいということなら」

「うん? じゃあ、なにがわかんないの?」

 ほらやっぱり答え合わせじゃないか。フィンレーは不満を隠しもしない。
 彼はキュッと眉を寄せていた。
 そういえば、今日は包帯をしていない。目の周りの怪我は薄っすらと残っているが、近づかなければ気がつかないくらいだろう。ユリアが消してやりますよっ! と意地になっていたからそのうち近くでも目立たなくなるようになりそうだ。
 傷を消してもなかったことにならないのはユリアも知っているだろうが、治療者として苛立つらしい。

 珍しく半分開いたような目の焦点はどこにもあっていない。青と金と黒が混じって一瞬たりとも同じ色ではない目は少しばかり不安になる。
 見られてはいけない、そういう感覚をフィンレーは覚えた。今まで包帯をしていたのは、周りに対する気遣いであったのだと気がつく。
 それを外して、フィンレーを見る気があるのはいい傾向とは思えなかった。激怒してるじゃないかとぼやきたくなる。姉様が説明していかないからだといない姉に責任を押し付けたい。

「聖女だよ。なぜ、連れ出す必要があったのかわからない」

 言いたいことは色々あるだろうが、先に聞かれたのはこのことだった。
 フィンレーとしては意外だった。先王のことについて、あるいは王弟について言われると思ったのだが。
 興味がないから連れ出すはずもない。むしろ、あり得ないと思っているような口ぶりにフィンレーは違和感を覚えた。

「再起を図るなら、聖女の後ろ盾と教会がどうにかしてくれたほうがいいんじゃないかな」

「全く興味がないと聞いている。それなら、なぜ」 

「利用価値と興味は別問題じゃない? そういうの得意そうなのに、変なこと言うよね」

 フィンレーに指摘されて気がついたという態度にため息をついた。
 まだ、女神の影響の残滓がある。光のお方の加護が強く、聖女のそばには寄り付きもしなったという彼ですらこれだ。

 聖女に関わることにこんな反応をされることは珍しくない。触れてはいけないもの。見てはいけないもの。そんな風に扱われている。
 そこにいたことが、間違いでそれを思い出したくないように。
 まるで彼女抜きで世界は回ると言いたげだ。少し前まで、彼女を中心にしていたような人たちが、だ。

 代わりにそこに姉様を入れようとして、齟齬があって皆が多少の混乱をしている。
 それを考えれば、先王の態度は少しばかり例外的だ。

「あの聖女は夏のお方のものなんだけど」

「……は?」

「好意を持つようにという加護がついていた。ちょっと気に入られるような軽いやつじゃなくて、ものすごい好意的になるようなものらしいよ。
 それで、みんながものすごい無理してた、らしいんだ。そうでなければ彼女の害になるようなものはすべて排除し、望みの通りには出来ないからね。
 で、その加護を我らが闇のお方が壊しちゃった。ちょっと顕現したら意図しないでこわれちゃったって。
 そうなると反動で無理していたものが元に戻ろうとして行き過ぎる。結果、彼女の存在が抹消されている状況と聞いたね」

 本当はもう少し複雑で色々なものが絡まり合っているらしいが、そのあたりは神々が調整して今も直している途中とのことだ。
 人を直接いじるのは壊れやすいから、嫌だと小さい神々が言っているとか。

「……あのときのあれはそうだったわけね」

「んー?」

「急に記憶を認識できるようになって困った日があった。意味がないものとしてほっといた本が、急に読めるようになって重要だった、みたいな」

「認識阻害もかなりされていたんだろうね。彼女のための、というより夏のお方のお望みのままにと。ところで、彼女、どこから来たの?」

「北の外れ。記録によると魔の森で一人でいたと」

「そのあたりから仕込まれてるよね。よく疑わなかったもんだよ」

「……確かに、最初からおかしいのにおかしいとすら思えなかった。
 触れてはいけないのに、なんで連れだすんだとさえ考えたような気がする」

「反動ものすごいけど、あれ?もしかして結構好きだった?」

「俺が正気だったら最初から排除する。だから、放置というのは俺にとってはものすごい好意だ」

「……わぉ」

 排除という言い方はしたが、場合によりさっさと殺すと言っているに等しい。フィンレーは思いのほか、過激だなと印象修正をした。まあ、主に許可を取らずにクーデターを企ててほぼ完遂するような人が、普通とは思えない。
 静かに狂気を飼っている。表側に出ないようにちゃんと取り繕っているだけのところがあるだろう。

 いつも余裕で、不真面目で、でも、あいつがいるなら大丈夫と言われるような男。その中身は違うように思える。思うより繊細で、傷つきやすいことを隠しているように。
 姉様はそんな機微、気がつきそうもないけど。あの人は見た目と中身が違いすぎる。繊細そうな外見とは裏腹に雑だ。細かいことはいいじゃないと言いだしそうなところが、菓子を作るのには向いてない。

「で、次は何を聞きたいの?」

「聖女に他の加護があったか知っている?」

「あんまり知らないけど。一個だけ」

 ゆらりと首を傾げたように揺れた金色の髪。それに混じる黒髪にフィンレーは複雑な気分になる。
 光のお方の加護だけでも重いと捨てたがったのに。
 追加の闇のお方の加護はもっと重いときたものだ。

 知ったら絶望するかもなと思うとそれを先延ばしにしたい。気がつかないように、それを気にしていられないほどに忙しければいい。

「魔王の番、というより、魔王を番に選ぶはずってことかな」

 絶句した彼をフィンレーは笑った。
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