ひめさまはおうちにかえりたい

あかね

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聖女と魔王と魔女編

弟は不満である 4

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side フィンレー

「魔王様に見つけられたら、もう駄目だって」

 だからこその隔離だった。一生隔離してもよいが、番の加護は魂に刻まれる。死ねば別の命に生まれ変わる。聖女であったものを改めて見つけるのは難しい。
 それならば、今、解決するしかない。

 この話が出た時点でフィンレーは故郷に返されそうになったが、断った。遠くで時限爆弾があるのをわかっていて、大人しく待っているのは非常に落ち着かない。
 それに姉は魔女との約束でこの地を離れることは難しかった。強引に出来なくもないが、望んでいなそうなのでそのままにするしかない。
 とりあえず女神を殴ってくると言ったのはどこまで本気なのかわからない。
 いい笑顔だったなぁ、姉様。と思い返す。底冷えするような怒りが籠っていた。笑顔で殺せる70点とか言いそうだ。

「魔女も国にかかわっている暇はない」

 考えに没頭していたのか、彼はようやくそう言いだした。青ざめるでも動揺するでもなく、あり得ないというでもない。
 淡々とした声は、温度がない。やるべきことを思いついたのだろう。

「そーなんだよね」

 自然そうな振りをして割り込んできた声は、全く自然ではなかった。

「……ふぁっ!?」

 フィンレーが慌てて振り返れば物憂げにたたずむ女性が見えた。白銀の髪が麗しい女性は、一度だけ見たことがある。
 姉に王冠を乗っけた魔女だった。
 黙ってれば美女であるが、飲んべえと聞くとギャップにやられそうである。悪いほうに。

「やあ、請求書を送りつけるなんてひどくない? ちゃんとしたでしょ」

「俺の要望を叶えてない。違約金を載せなかっただけ良心的だろ」

 彼が魔女に動揺すら見せず反応して見せたところにフィンレーは畏敬の念を覚えた。踏んできた場数が違うのだろうかと。あるいは、慣れているか、なのだが。
 ただ、魔女と彼が請求書を送りつける程度には仲良しという事実が重い。

 姉様、知ってるのかなと遠い目をした。そうであるかもしれないと思ってはいるが、確認はしていない気がする。ずぼらというより確認してしまうと今後に影響を与えると思ってみないふりをしているのだ。
 そのあたり、全部言ってしまうようなフィンレーとは違う。

「あらら。野望は叶えてあげたでしょう?」

 魔女からの指摘に彼は心底嫌そうな顔をした。にししと笑う魔女は心底いじわるそうだ。
 フィンレーは、心の底から思った。
 帰っていいかな。たった15歳の少年には対応が重すぎる相手だった。

「返済でなければ笑いにでもきたわけ?」

 うんざりとしたような彼の言葉には反応せずに、魔女はフィンレーの前に跪いた。

「少年、既婚者というのは本当かい?」

「え? あ、いちおう、死別してるけど。一年くらいは」

「ぜひとも、口説き方を教えて欲しい!」

「は、はいぃ!?」

 意味が全く分からなかった。
 はい、か、そうかそうか良かったと。勝手に決めて込んで、両手を痛いくらいにぎゅっと握りこまれた。
 フィンレーは助けを求めたかったが、この部屋にいるのは他に目が見えない半死人である。口パクでは助けてくれない。

「いや、ほら、ヴァージニアが、番の呪いに打ち勝つには真実の愛とか言いだして」

「た、確かに兄様はそれやりましたけど」

「発動前ならいけると」

「姉様無茶言うなぁ。でも、分がないない賭けはしない、しないですよね?」

 魔女は遠い目をしていた。

「そんなことを期待できると思っていた頃がありました」

 なんだその不可能任務(ミッションインポッシブル)。
 姉様、マジなの? 本気で、それで行けると思ったの? ここにいない姉にフィンレーは心で問いかける。
 しかし意味はなかった。心の中の姉は、大丈夫、いけると無責任に言ってのけたから。きっとそういう。そして、他のことを考え出しているのだ。

「……そりゃあ、魔女ってのは、恋愛なんてするものじゃないし」

「なにそれ」

 彼からぼそっと言われた言葉にフィンレーは思わず言葉がこぼれた。

「魔王に侍るといえば聞こえはいいが、檻に飼っているに近い」

 暴言と言えるのに魔女は何も言わなかった。ちょっと困ったような顔でフィンレーを見上げている。

「……ねえ、魔女さん、否定してよ。怖いから」

「いやぁ、否定できないな歴代魔女と思っただけで」

「恋でも愛でもなく妄執」

「ひどい言い方! 横暴!」

 さすがにこれには否定はした。おそらくしたのだと思う。フィンレーは不安にしかならない。言い方だけ横暴とかそういう話ではないと思いたい。

「そうでもなければ、同じ血で何百年も魔女を生み出すようなことをしないだろ。
 それから、他の策も考えているはずだ。そっちが本命かもしれない」

「へ?」

 二重奏になった声になぜか冷ややかな視線を受けた気がした。
 見えていないはずなのに、じっとフィンレーと魔女を見ているように思える。

「俺なら、そんな人の感情なんかに左右される策だけ残さない。他にもあるはずだ。この地を更地にするくらいは彼女はしても困らないと思うが、自分は残りたいはずだし、兄弟についても責任はもつだろ。本来ならさっさと故郷に帰っているだろうし」

「……ふぅん」

「そー」

「生ぬるい視線を感じるんだけど、なんで?」

 本気で困惑しているような態度に、フィンレーはイラっとした。
 彼は姉を語るときに無自覚に柔らかい声になっている。甘いわけではなく、でも、少し温度が違う声。

「別に。姉様をきちんとわかっていてよかったですね。ええ、僻んでませんよ」

「僻むところがどこにあった」

 八つ当たりだとフィンレーは知っている。だから、いつもは言わない。しかし、ここにいるのは兄弟でも親しい誰かでもない。少しくらい、口にしてもいいと思う。

「うちの可愛い奥さんは勝手に死んじゃったんです。この世のどこにもいません。なので、世の幸せな二人は死滅するといいですと時々思いますね」

「重すぎない? というか死んじゃったの?」

「ええ、僕の延命と引き換えに、勝手に、です。ですから、悪いですが、ご相談には乗れません。
 そっちの人のほうがいいじゃないですか」

「え、俺? 俺も普通じゃなくて、色々嘘を勝手に暴かれて、信用できなくなってやめた」

「……まともな男性を求めています。切実に、まともな男性をっ!」

 魔女の嘆きになんだか申し訳ない気がしてきた。フィンレーの知り合いでは対応できるとは思えない。
 残念ながら、ローガンもイーサンも恋愛的にまともな男性と言えない。両方とも未婚主義だ。恋人らしきものがいたというのも聞いたことがなかった。
 フィンレーはうーんと唸りながら、手近にまともそうなのと思い出す。

「あ。いた」

 護衛騎士なら、大丈夫だろう。たぶん。
 フィンレーは扉の外にいた護衛騎士を室内に招いた。困惑したような表情で中に入ってきたが、いないはずの女性にぎょっとしたようだった。

「護衛君。君には期待しているよ」

「え、俺なにをするんですか?」

 生贄のように捧げられた護衛騎士は困惑しきりだった。

「好きな人へのアプローチの仕方を教えて欲しいそうだ」

「ぜひとも、ぜひとも」

「ぐいぐい来るのが怖いって、魔女様ですよね!?」

 それなりに強そうな護衛騎士の腰が引けている。表情が引きつっているので、本気で嫌そうだなとフィンレーは遠くから見守った。

「今は恋に迷う乙女で!」

「乙女」

 彼がちょいちょい突っ込んでくるなと意外に思った。別な意味で親しい相手ではあるようだ。喧嘩するけどなんかつるんでる悪友的な。

「なによ、文句あんの?」

「酔いどれなければいいと思うけど」

 揶揄するような言葉に冷え冷えとした空気が流れだす。
 一触即発の雰囲気はお断りしたい。フィンレーは焦りながら、護衛騎士に目くばせした。

「ええとなにをどこから……」

「好きって言ったら逃げられたのでどこがまずかったのかと」

 沈黙が痛かったと後にフィンレーは回想した。
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