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聖女と魔王と魔女編
護衛騎士は暗躍する 1
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side イリュー
夜にちょくちょくいなくなるジニーを見ないふりをして、数日。青の騎士団の砦についた。
どういった手段かはイリューにはわからないが、事前に知らせていたらしく外壁の外に待っていた一団がいた。
砦の周辺は空白地帯で、その中に現れたものはよくわかる。魔物を排除する任務上、昼夜を問わず監視しているので、見つからないわけはなかった。
問題は見慣れない銀髪の男の存在だった。
「先に知らせないほうが良かったかな」
「知らせないと狼狽えていたとおもいますよ」
「そっか」
ジニーは困ったなぁと言いたげに眉を下げていた。
イリューは頭が痛い。
なぜ、団長がここにいるのかと問うべきだろうか。あるいは、止めないソランを責めるべきか。他の騎士も一体なにしにきたのかわからない。もしかしたら、言いだして聞かない団長に諦めたのだろうか。
もしかしたら、止めるという発想すらない可能性を思いついたが、排除した。怖すぎる。
「無事というべきか知らないが、よくついたな」
ウィリアムは呆れの滲んだ声で二人を迎えた。オプションのロバと黒猫に目を止めると怪訝そうにイリューへ視線を向けた。
「問題はなかったよ」
しれっとジニーは言う。確かに華奢に見えて体力が無尽蔵なのではないかと疑うほどにジニーは元気いっぱいだった。しかし、王都暮らしで鍛えていたとはいえ文官であったイリューにはきつかった。
きつかったとはプライドが傷つくように思えたので、イリューは黙秘した。
気づかわしそうなウィリアムの視線を見なかったことにしてうつむく。ジニーのちょっと困ったなと言いたげな苦笑が彼の目に入らなかったことは幸いだろう。意地張っちゃてと透けているようなそれに傷ついただろうから。
ジニーはウィリアムに先導されて、外壁の門へ足を向けている。
すぐ隣を歩くということはもう許されない。数歩あとをついていくのが従者としての定位置だ。
ソランもイリューの隣に立った。他の砦の騎士はその場で解散していた。その雰囲気はジニーを見物しに来たといった風で、歓迎も嫌悪もない。ただ、その赤毛に視線を向けたものが多かったような気がする。イリューへと視線を向けるものがほとんどいないということと関係があるのだろうか。
「たくましくなったような?」
こそっとソランに言われたことにイリューはイラっとした。彼らに比べたら軟弱であることは否定しない。
しかし、からかわれて腹が立つ。
「うるさい、黙れ」
「うわぁ。イリューの口が悪くなってる。絶対ジニーのせいだ」
からかうような口調のソランにいらだった。
「冤罪反対。それから早くおいでよ」
門の向こう側に行かずにジニーは立ち止まっていた。ウィリアムの苦笑も目に入っていないだろう。
「ま、僕はともかくイリューは休ませてあげて。頑張ったから。あとロバもね。お肉にしちゃだめだよ?」
「……こちらへどうぞ。イリューはどうする。休むなら先に行っていい」
「心配なので同行します」
何がって、ウィリアムの胃が、だ。あるいは、迂闊なことを言われて、イリューの身に危険が迫るかもしれない。
ここにいる二人とも女王様に惚れてるのだ。
砦の中は堅牢だった。近隣には木材のほうが多いはずなのに、石造りだ。隙間なくみっしりとした壁に消せない傷跡が刻まれ、深い痕にはそこを補修するように漆喰が塗られていた。
一階には窓もなく、昼間でも明かりがともされている。
暗くて冷たいと兄が書いた通りだとイリューは思う。居住する部屋は二階上にある。最悪ここまで入られることはあるから、なにもないと。
幾度も見たわけではないが、ウィリアムとジニーの組み合わせは思い出させる。
そう遠くない過去、そこにいたのはイリューの兄だった。薄暗くあれば余計に似て見えた。
「……来てよかったのかよ。親が心配してるだろ。うちとは違って」
「ソランのところも心配はしてるんじゃないかな。お姉さんには会ったよ。手紙も預かった」
「寒気がする。なんか、忘れてたような気がするんだよな」
そう言ってソランは首をかしげている。まあ、いいやとすぐに考えるのをやめて放り投げた。
二階へ上がれば一階よりは明るかった。ガラスがはまっている窓は半分ほど。それ以外は木の板で閉められている。
「思ったより傷がない」
「内側には入れなかったから、無傷に近いですよ。ここが落ちたら、あとはない」
「その運用を考え直そう。撤退先をいくつか作るほうがいい。あいつらは占拠しない」
「それは魔女から?」
「魔女は、そんなの考えてないよ。脅威のままでいて欲しいから、提案したら蹴られるね。だから、バレるまで黙ってる」
「ではなぜ?」
「過去の行動記録。報告書をつまみ食いして調べてはきたよ。各町や村も同じ感じで、襲いはすれど統治というか占拠はしていない」
「ですが、荒れるでしょう」
「ものを守って人がいなくなるのは、私のやり方ではない。
と、我が姫君は仰せですよ」
ジニーはぱちんとウィンクをしてみせた。柔らかに人当たりが良く、時にちゃらい。それがジニー。
イリューはこの数日で慣れさせられたが、ソランとウィリアムは面食らったようだった。
「……そうですか」
ウィリアムは小さく頭を振って気を取り直したようだが、複雑そうな言い方だ。軽く言われた言葉ではあるが、中身はとても重い。
ここが、人の世の始まり。魔王をここを超えさせるなと厳命されているだろう。相当な意識改革をしないと難しい。
「これからはちょっと違うだろうし」
独り言のように、聞かせるようにジニーはつぶやく。
「なにを」
「明日くらいのお楽しみ」
「は?」
「兄様が、じゃなくってアイザック様が、いらっしゃるはずですよ。
ついでにウィルの伯父連れてるはずだから一発殴る?」
「は?」
その人、先々代国王っていいませんか? とはさすがにイリューも聞きにくかった。
「ほら、みんな迷惑したから、言葉なんてまどろっこしいこと言わず、こぶしで語り合えばいいんじゃない?」
どこまで本気で、どこから冗談かとウィリアムの困惑にイリューは言えなかった。
おそらく、端から端まで本音であると。ソランもあはははと乾いた笑いをこぼしていた。見た目も可憐な女王様とどこまでもいい男を自認するジニーでは言葉の言い方が違う。
女王様なら、きっと、もうちょっと言葉を飾るはずだ。
借りは返さねばねと嗤う。
どちらも、たちはわるい。
「あいつ、僕らの血縁上の父に似てて腹が立つ。我々は、道具、ではない」
淡々とそう語る言葉には温度がなかった。
夜にちょくちょくいなくなるジニーを見ないふりをして、数日。青の騎士団の砦についた。
どういった手段かはイリューにはわからないが、事前に知らせていたらしく外壁の外に待っていた一団がいた。
砦の周辺は空白地帯で、その中に現れたものはよくわかる。魔物を排除する任務上、昼夜を問わず監視しているので、見つからないわけはなかった。
問題は見慣れない銀髪の男の存在だった。
「先に知らせないほうが良かったかな」
「知らせないと狼狽えていたとおもいますよ」
「そっか」
ジニーは困ったなぁと言いたげに眉を下げていた。
イリューは頭が痛い。
なぜ、団長がここにいるのかと問うべきだろうか。あるいは、止めないソランを責めるべきか。他の騎士も一体なにしにきたのかわからない。もしかしたら、言いだして聞かない団長に諦めたのだろうか。
もしかしたら、止めるという発想すらない可能性を思いついたが、排除した。怖すぎる。
「無事というべきか知らないが、よくついたな」
ウィリアムは呆れの滲んだ声で二人を迎えた。オプションのロバと黒猫に目を止めると怪訝そうにイリューへ視線を向けた。
「問題はなかったよ」
しれっとジニーは言う。確かに華奢に見えて体力が無尽蔵なのではないかと疑うほどにジニーは元気いっぱいだった。しかし、王都暮らしで鍛えていたとはいえ文官であったイリューにはきつかった。
きつかったとはプライドが傷つくように思えたので、イリューは黙秘した。
気づかわしそうなウィリアムの視線を見なかったことにしてうつむく。ジニーのちょっと困ったなと言いたげな苦笑が彼の目に入らなかったことは幸いだろう。意地張っちゃてと透けているようなそれに傷ついただろうから。
ジニーはウィリアムに先導されて、外壁の門へ足を向けている。
すぐ隣を歩くということはもう許されない。数歩あとをついていくのが従者としての定位置だ。
ソランもイリューの隣に立った。他の砦の騎士はその場で解散していた。その雰囲気はジニーを見物しに来たといった風で、歓迎も嫌悪もない。ただ、その赤毛に視線を向けたものが多かったような気がする。イリューへと視線を向けるものがほとんどいないということと関係があるのだろうか。
「たくましくなったような?」
こそっとソランに言われたことにイリューはイラっとした。彼らに比べたら軟弱であることは否定しない。
しかし、からかわれて腹が立つ。
「うるさい、黙れ」
「うわぁ。イリューの口が悪くなってる。絶対ジニーのせいだ」
からかうような口調のソランにいらだった。
「冤罪反対。それから早くおいでよ」
門の向こう側に行かずにジニーは立ち止まっていた。ウィリアムの苦笑も目に入っていないだろう。
「ま、僕はともかくイリューは休ませてあげて。頑張ったから。あとロバもね。お肉にしちゃだめだよ?」
「……こちらへどうぞ。イリューはどうする。休むなら先に行っていい」
「心配なので同行します」
何がって、ウィリアムの胃が、だ。あるいは、迂闊なことを言われて、イリューの身に危険が迫るかもしれない。
ここにいる二人とも女王様に惚れてるのだ。
砦の中は堅牢だった。近隣には木材のほうが多いはずなのに、石造りだ。隙間なくみっしりとした壁に消せない傷跡が刻まれ、深い痕にはそこを補修するように漆喰が塗られていた。
一階には窓もなく、昼間でも明かりがともされている。
暗くて冷たいと兄が書いた通りだとイリューは思う。居住する部屋は二階上にある。最悪ここまで入られることはあるから、なにもないと。
幾度も見たわけではないが、ウィリアムとジニーの組み合わせは思い出させる。
そう遠くない過去、そこにいたのはイリューの兄だった。薄暗くあれば余計に似て見えた。
「……来てよかったのかよ。親が心配してるだろ。うちとは違って」
「ソランのところも心配はしてるんじゃないかな。お姉さんには会ったよ。手紙も預かった」
「寒気がする。なんか、忘れてたような気がするんだよな」
そう言ってソランは首をかしげている。まあ、いいやとすぐに考えるのをやめて放り投げた。
二階へ上がれば一階よりは明るかった。ガラスがはまっている窓は半分ほど。それ以外は木の板で閉められている。
「思ったより傷がない」
「内側には入れなかったから、無傷に近いですよ。ここが落ちたら、あとはない」
「その運用を考え直そう。撤退先をいくつか作るほうがいい。あいつらは占拠しない」
「それは魔女から?」
「魔女は、そんなの考えてないよ。脅威のままでいて欲しいから、提案したら蹴られるね。だから、バレるまで黙ってる」
「ではなぜ?」
「過去の行動記録。報告書をつまみ食いして調べてはきたよ。各町や村も同じ感じで、襲いはすれど統治というか占拠はしていない」
「ですが、荒れるでしょう」
「ものを守って人がいなくなるのは、私のやり方ではない。
と、我が姫君は仰せですよ」
ジニーはぱちんとウィンクをしてみせた。柔らかに人当たりが良く、時にちゃらい。それがジニー。
イリューはこの数日で慣れさせられたが、ソランとウィリアムは面食らったようだった。
「……そうですか」
ウィリアムは小さく頭を振って気を取り直したようだが、複雑そうな言い方だ。軽く言われた言葉ではあるが、中身はとても重い。
ここが、人の世の始まり。魔王をここを超えさせるなと厳命されているだろう。相当な意識改革をしないと難しい。
「これからはちょっと違うだろうし」
独り言のように、聞かせるようにジニーはつぶやく。
「なにを」
「明日くらいのお楽しみ」
「は?」
「兄様が、じゃなくってアイザック様が、いらっしゃるはずですよ。
ついでにウィルの伯父連れてるはずだから一発殴る?」
「は?」
その人、先々代国王っていいませんか? とはさすがにイリューも聞きにくかった。
「ほら、みんな迷惑したから、言葉なんてまどろっこしいこと言わず、こぶしで語り合えばいいんじゃない?」
どこまで本気で、どこから冗談かとウィリアムの困惑にイリューは言えなかった。
おそらく、端から端まで本音であると。ソランもあはははと乾いた笑いをこぼしていた。見た目も可憐な女王様とどこまでもいい男を自認するジニーでは言葉の言い方が違う。
女王様なら、きっと、もうちょっと言葉を飾るはずだ。
借りは返さねばねと嗤う。
どちらも、たちはわるい。
「あいつ、僕らの血縁上の父に似てて腹が立つ。我々は、道具、ではない」
淡々とそう語る言葉には温度がなかった。
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