悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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九頁 愛憎のヒガンバナ

125話 リコリスの誘い

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 それからシュヴァリエの様子はがらりと変わり、以前よりもはるかに張り詰めたものとなった。ここ最近は緊張しながらも話ができていた使用人たちも怯えて頭を下げるだけになり、傍にいられるのはサリクスのみとなった。そのサリクスでさえも心なしかどこかよそよそしく笑顔も見受けられない。使用人たちにあたることはないが邸内の空気は重かった。

 その噂は社交界にまで広がりシュヴァリエ・アクナイトの悪評が再び囁かれ始めている中、彼のもとを訪れる者がひとり。

「あ、あの……シュヴァリエ様」
「なんだ?」
「アウル・オルニス様がいらっしゃっておりますが……」

 顔を上げることもなく話を聞いていたシュヴァリエはここ最近頻繁に自分を訪ねてくる客人に深くため息をついた。特に何をするでもなく世間話をしては帰っていくだけだが。

「あの男はいったい何を企んでいる?」
「……シュヴァリエ様を心配なさっているんですよきっと」
「意味がわからない。なぜただの顔見知りを心配する? ……まあいい。それよりもあの者は追い返すと面倒だからな」
 
 そう言って渋々動き出すシュヴァリエにサリクスが静かに付き従った。


「……いい加減私を訪ねるのにも飽きてきたのでは?」
「そんなことはない。飽きもしないしこれからも飽きることはないから心配するな」
「心配はしておりません。まあ何か企み事はあるのだろうなと思ってはいますが」
「特に何かを企んでいるということもないが……そうだな。強いてあげるなら再び接触してくるであろうアラグリア・リコリスを警戒している」
「……アラグリア」
「ああ、他国にいた高位貴族の子息を攫ったことは重罪だ。しかし肝心なリコリスの者たちが見つからないんだ。だがアラグリア・リコリスが君に執着していたことは調べがついている。これまでの縁談をすべて断っていたのは君と婚姻を結ぶことを望んでいたからだ」

 アウルは表向きの理由をシュヴァリエに伝えた。今のシュヴァリエにアウルとの記憶はない。だから頻度の高い訪問には何かあると勘ぐってしまうのは無理からぬことだった。
 しかし、続いたシュヴァリエの言葉にアウルは絶句することになる。

「……リコリス家については知っていますが、その、アラグリアという人はどなたですか?」
「…………は?」

 リコリス家はアクナイト公爵の妻だった女の実家だ。シュヴァリエの知らないうちに何かをやらかして離縁されたと聞いているが何をやったのかは教えられていない。そのことを聞くとなぜか皆シュヴァリエから視線を逸らすため早々に聞くことを諦めた。
 それはさておき、一応はアクナイト家の親戚関係にある家だから知っているがシュヴァリエにはアラグリアという人間の記憶はなかった。だから婚姻を望んでいるだの狙われているという話をされたところでいまいち納得ができないのである。
 しかしそのことを聞かされたアウルはたまったものではなかった。事態は思っていたよりも深刻らしい。

「……そうか。ほかに何か……覚えていることや反対に覚えていないことはあるか?」

 これまでとは打って変わった真剣な表情に内心怯みながらもシュヴァリエはすっと目を細め、覚えている言葉をつぶやいた。

「『次に目が覚めるときには貴方は私のもの』 ……という声は覚えています」
「……なるほど」

 これは帰ってからエヴェイユたちに報告する必要があると心に決め、本当に余計なことをしてくれたとアウルは内心舌打ちをしながらもひとまずは雑談を優先することにした。

「そうか、わざわざすまないな。……そうだ。エヴェイユ殿下に頼んでこれを用意した」
「……?」
 
 アウルが取り出したのはシュヴァリエの誘拐現場に落ちていたトリカブトの花が使われたシュヴァリエの手製の装飾品だった。

「……これに、何か見覚えは?」

 そっと示されたものをシュヴァリエは静かに見つめる。長い沈黙の後、口を開いた。

「ありません」
「…………そうか」

 アウルの残念と言わんばかりの態度にシュヴァリエは不機嫌そうに眉をひそめた。

「……今日はもう疲れましたので、お帰りいただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? …………ああ、すまない。すっかり長居してしまったな。またくる」
「来なくて結構です。…………サリクス、お見送りを」

 シュヴァリエは席を立ち、アウルの横を通り過ぎて部屋を出て行った。残されたアウルは肩をすくめて目の前の使用人に案内されるまま邸の外へ出る。

「シュヴァリエにまた来ると伝えてくれ」
「はい。…………差し出がましいとは思いますが、発言をお許しいただけますか?」

 ここ最近よく顔を合わせることになったシュヴァリエの専属侍従からの申し出にアウルは目を細めながら許可を出す。

「なんだ?」
「……いえ、ただシュヴァリエ様を訪ねてくださることに感謝を申し上げたかっただけでございます。あのように仰ってはおりますが内心ではとてもうれしく思っておられますから。これからもシュヴァリエ様のことをよろしくお願いいたします」
「…………君に言われるまでもない」

 それだけ答えて振り返ることなく馬車に乗り込んだ直後。

「……ん?」

 こちらへ近づいてくる馬車が見え、アウルは再び馬車から降りた。

「紋章がない?」

 紋章の入っていない馬車が正門に停まることはお忍びの場合が多いが、今のシュヴァリエにはエヴェイユやアウルといった限られた人間しか会えないし公爵もしばらくはお忍びでの来訪は受け付けないと言っていた。そもそも高位貴族であればお忍びの必要はなく、下位貴族であれば不敬に当たる。
 故にアウルはこちらへ向かってくる馬車を強く警戒していた。やがてその馬車はアウルの馬車のすぐそばに停まり、中から姿を見せたのは今一番警戒をしていた女。

「ごきげんようアウル・オルニス公子?」
「アラグリア・リコリス……! 何をしに来た!?」
「私の夫となるシュヴァリエ様を迎えに来たのですわ」
「……君は来訪の旨を伝えたか?」
「その必要はないでしょう? 誰も私に逆らえないのだから!」

 自分よりも高位の貴族の屋敷の前で不敬極まりない発言をした途端、あたりに不快な魔力が充満した。妙に甘ったるい香りにアウルは咄嗟に鼻を覆い、アラグリアから距離を取る。魔力が邸全体に広がるのと同時に不快感も増していく。

「さあ、お前たち。シュヴァリエ様のところへ案内なさい」

 アラグリアが傲慢にも門番とサリクスを含めた使用人に命じると、まるで操られるように邸内へ入っていく。その後をアラグリアは不敵な笑みを浮かべながら続いた。

「! 待て!」
「鬱陶しいわね。そこの男を抑えていなさいな。私のものを横から奪おうだなんて盗人猛々しいですわ!」
「ぐっ!?」

 アラグリアの命じるままに使用人たちがアウルを押さえつける。アウルが自分を押さえつけている使用人を見ると、赤い花が不気味に浮かんでいるその目に光はなく、本当に洗脳されているようだった。しかしアラグリアは無属性魔法持ちではなかったはずだ。そこまで考えてアウルの脳内にある可能性が浮かぶ。魔法の譲渡それも魅了の魔法だろう。ここ最近魅了や精神支配の魔法や魔術によく遭遇するな、と場違いなことがよぎるが、それどころではない。今すぐに振り払って追いかけたいが押さえつける人数が多い上、ここは他国の公爵家の屋敷の前で彼らはそこの持ち物だ。下手に動いて怪我をさせては元も子もない。考えている間にも使用人たちの力は強くなり、このままではシュヴァリエを助け出す前に自分が危ないと判断したアウルは後の面倒事覚悟で風魔法を使い、一気に使用人たちを自分の上からどかした。一応怪我がないように配慮はしたが多少の擦り傷くらいはあるかもしれない。ついでに馬にも被害が及ばないようにもした。 
 アウルが洗脳された使用人たちを魔法で引き剥がした直後、邸の中からアラグリアをエスコートしたシュヴァリエが出てきた。シュヴァリエの目に光はなく、洗脳されているらしいことがわかる。

「シュヴァリエ!」
  
 アウルがすぐさま駆け寄るも中から出てきた使用人によって阻まれ再び押さえつけられそうになった時、光のないシュヴァリエの銀色の瞳と目が合った。

「アクナイトの邸の前で押さえつけられている人間を見るのは気分が悪い。アラグリア、離してくれないか」
「……いいわ。シュヴァリエのお願いですもの。聞いて差し上げますわ。……お前たち離しておやりなさい」

 アラグリアが一言言うとそれまでアウルを捕らえようとしていた邸の人間がぴたりと動きを止める。それでも一度押さえつけられてボロボロのアウルに、シュヴァリエの腕に体を寄せたままのアラグリアが勝ち誇った笑みを浮かべた。

「シュヴァリエは私のものよ。シュヴァリエは私を選んだの。そうよねシュヴァリエ?」
「ああ。君は私が今まで見た中で一番美しい……私は君のものだ…………」

 普段のシュヴァリエだったら絶対に言わないであろう言葉を言わされているシュヴァリエに近寄ろうとするアウルだが使用人たちに行く手を阻まれる。それでも必死に近づこうとするアウルにシュヴァリエが静かに歩み寄った。

「——、————」
「……!」

 アウルに何事かを囁いたシュヴァリエはアラグリアに連れられるまま馬車に乗り込み扉が閉じた直後、糸が切れたように使用人たちはその場に倒れ、魔力の気配も消え失せた。そのまま馬車は走り出しやがて見えなくなった。
 残ったのは倒れた使用人たちとボロボロのアウルだけだった。アウルはシュヴァリエから言われた言葉を思い出し、制服のポケットに手を入れた。

——目印を残す、せいぜいうまく動け

「……どこから演じていたんだシュヴァリエは」

 そう言ってアウルは苦笑し、ポケットに入っていた物を取り出す。それはシュヴァリエがアウルとの話を終え部屋を出て行く際にこっそりとアウルのポケットに忍ばせた、小さな丸薬の入った小瓶だった——
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