悪役令息の花図鑑

蓮条緋月

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九頁 愛憎のヒガンバナ

126話 一筋縄ではいかない子息

 アウルはアラグリアの横暴に関して即座に学園へ戻り、アクナイト公爵とエヴェイユへ連絡を入れた。すぐに折り返しがあり、事情聴取が行われることになって、アウルはエヴェイユのいる生徒会長室へと呼ばれた。

「さて……随分と大変な目に遭いましたね」
「俺はいい。だがまさかアラグリアが直接乗り込んでくるとは……」
「それもですが貴方の知らせにあった魅了の力についてです。アラグリア・リコリスが魅了の力を使ったというのは事実ですか?」
「……ああ。間違いない」
「彼女は無属性持ちではなかったと思いますが、一体どうやって使ったというのですか? しかもアクナイト公爵邸全体に掛けられるほどの魅了魔法とは……いえ、この場合は魔術と呼ぶべきでしょうか?」
「いや、詠唱はしていなかったから魔術のほうだろう。信じ難いのは俺も同じだ。だがあの不愉快な魔力と使用人たちの行動はそれ以外に説明がつかない」
「まあお話を聞く限り、魅了というよりは洗脳と言った方が正しいのでしょうけど……彼女が何らかの方法でその力を手に入れたのだとしたら、アマラ・リコリスの状態にも納得がいきますね」
「……アマラ・リコリスとはたしか元・アクナイト公爵夫人だったか? なぜ彼女の名前がここで出る?」
「ああ……実はですね——」

 深いため息とともにエヴェイユから齎された情報は衝撃的なものだった。
 アラグリアがアクナイト邸に襲来したのと同じ時刻にアクナイト公爵のもとへは元・公爵夫人が訪れていたらしい。最初は追い返そうとした公爵だが彼女は姪であるアラグリアを止めてほしいと涙ながらに訴えていたという。しかしそもそもは元・夫人が原因での離縁である。加害者側が被害者側に助けを求めるというのは厚顔無恥にもほどがある。ましてやアクナイト家はリコリス家よりも身分が上なのだ。そんな相手に『お願い』などできるはずもない。にも拘らず平然と自分の前に現れた女を公爵は冷めた目で見ていた。そこへアラグリアによるアクナイト邸襲撃の知らせを受け、アクナイト公爵はその場で元夫人であるアマラ・リコリスを拘束。現在黒光騎士団による取り調べが行われている。

「……それはどう考えても」
「ええ。十中八九アラグリア・リコリスの指示でしょうね。公爵子息だけでなく公爵家の敷地をも害したとしてすでに重要指名手配となっております。しかしリコリスの所有する別荘なども当たっておりますがいまだどこへ向かったかが掴めません」
「暗部のほうは?」
「そちらも使っておりますが……もし目くらましの類の魔術を使用しているのだとしたら捜索には時間がかかるでしょうね」
「そうか……エヴェイユ」
「なんです?」
「……これ、なんだと思う?」
「……?」

 この状況におおよそ似つかわしくない問いにエヴェイユは怪訝な顔をしながらアウルが置いたものを見下ろす。それは一冊の本と丸薬が入った小瓶だった。小瓶についてはこの際置いておいて問題は本のほうである。一見するとただの本だが違和感が強い。それが意味するところにも気づいてしまったエヴェイユは思わず額に手を当てて深いため息をついた。

「シュヴァリエ公子は本当に…………大方アラグリア・リコリスを欺くため、というのは理解できますが……納得できませんね」
「それについては同意だ。だがおかげで同盟関係にひびが入りかねないことをしでかした馬鹿を処理できるというのから何とも言えないな」
「…………そんなことを他国の人間に言われるこちらの身にもなってください」
「…………すまない。だがアウィスもこの国の王族を巻き込んでいるのだからお互い様だろう」
「あの愚弟は自ら首を突っ込んでいるんですよ……」
「今の俺だって似たようなものだ」
「……本当に勘弁してください。じゃじゃ馬は弟二人で十分ですよ」
「何を言っている? 君だって相当なじゃじゃ馬だろう。王太子殿下から弟たちがやりたい放題だと聞いているが?」
「他国の人間に何を話しているんですかあの人は……」
「心配するな、ただの世間話だ」

 すっかり頭を抱えてしまったエヴェイユをしばらく楽しそうに見つめていたアウルだが、すっと机に置かれた本へ視線を移すと険しい表情で表紙をなぞる。『愛に堕ちた魔女』と書かれたタイトルにアウルは真っ先にアラグリア・リコリスを想像した。この本は読んだことがなかったが、わざわざシュヴァリエが選んだのだ。何かしら意味があるのだろう。

「エヴェイユ、これを読んだことはあるか?」
「……一度だけですが。しかしおそらく本の中身は別のお話かもしれませんね」
「なぜだ?」
「まず本の表紙がところどころ違います。次に本自体が薄すぎるのですよ」
「……ならエヴェイユが読んだという正規のものとは違うということか。何のためにそんな真似を」
「わかりません。そもそも開けないかと」
「どういうことだ?」
「この本にこんな金具はついていません」
「……はあ、シュヴァリエがここまで手の込んだことをするとはよっぽど警戒していたんだろうな」
「……そのようですね。彼はどのように処するつもりなのでしょう」
「こういう状況で意味のないことはしないだろう。これを開ける鍵はすでに俺たちが持っているのかもしれない」
「……鍵、ですか? そんなものもらった記憶はありませんが」
「こういった本には通常鍵穴があるがこれにはそれが見当たらない。だから鍵自体が特殊な形をしている可能性がある」
「なるほど……魔術で封じてあるという可能性もありますがこの本から魔力は感じない。ゆえに特殊な形の鍵があるということですか」
「問題はそれが何か、だが……」

 その時。

「ギュイ♪」
「うわ!?」

 突然アウルの膝に乗ってきたのはご機嫌なフェイバースパイダーの子どもだった。この子蜘蛛はほかの人に見られることを防ぐため、荷物としてアウルのカバンに入っていることが多い。基本的には大人しいが時々抜け出してはどこかへと散歩に出かけてしまうやんちゃなところがあった。ここ最近はシュヴァリエのところへ行くことが多く、その場合は寮の部屋で留守番となっていたのだが……どうやらここへ来てしまったらしい。何かあった際はエヴェイユのいる場所に行くようにと事前に取り決めており、不用心にはなるが、エヴェイユがいるところの窓を開けるようにしていたため入ってこれたのだろう。そしてアウルがいるときは決まって彼の膝に乗っていた。
 そんなフェイバースパイダーの子どもはアウルの膝に乗ったまま机の上に置いてある本をじっと見つめた後、何を思ったのかアウルの袖をずらし腕につけていたバングルを露わにした。そして下からアウルを見上げながら本の金具部分をつつく。
 アウルははっとしてシュヴァリエからもらったバングルを見る。このバングルは中に入っている羽の一部分が浮き出るようにして凹凸になっていた。そしてこのバングルに使われている素材はフェイバースパイダーの糸である。だとすれば本についている金具部分もそれが使用されている可能性は高い。
 アウルは腕からバングルを抜き取ると子蜘蛛が指し示すまま金具の凹凸にそっとバングルの凹凸を重ねた。それらは一切の隙間もなくかちりとはまった感触があり、ゆっくりと一周させるとカチャと鍵の開く音が響いた。

「本当に開いた……これが鍵だったとはな」
「考えましたね。これならなかなか気づきにくいでしょう」
「この金具もシュヴァリエが作ったのだとしたらバングルと合わせるなど造作もなかっただろう。なにせ製作者本人だ。いくらでも細工はできる」
「ええ。それに次期眷属様が反応したということはそのバングルどころかこの金具にもフェイバースパイダーの糸が使われているのでしょう」

 その予想は正しいらしく子蜘蛛は満足げに足を上げた。
 アウルは腕にバングルをはめ直し、エヴェイユと目を合わせて表紙を開く。

「な、なんだこれは……?!」
「……彼は一体なぜこんなことを?」

 本を覗き込んだ二人の目に飛び込んできたのは何も書かれていない、ただひたすらに真っ白なページだけだった——
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