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第3章 凍てつく晩餐会
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王宮に来てから三週間。少しずつ、わたしの毎日は穏やかな色を取り戻してきました。
廊下を掃く兵士が笑って挨拶をくれるようになり、侍女たちも「アメリア様」と名前を呼んでくれるようになりました。
失敗ばかりだった王妃教育も、ようやくマダム・ベルネッタから「及第点よ」と言ってもらえるまでに。
「少しずつですが、皆さんに馴染めてきたようで……」
「珍しいことね。あの冷たい王宮で」
ルナがティーポットを傾けながら笑います。
「殿下も最近はあなたを見る目が違うようですし」
「えっ!? ち、違いませんよ、そんなことっ」
思わず盛大にお茶をこぼしてしまいました。
湯気の向こう、ルナは意味ありげな笑みを浮かべます。
「まあ、わたくしには関係ありませんけれど」
ルナのそうした軽口にも、もうすっかり慣れました。
少し怖いけれど、悪い人ではない気がするのです。
その日の午後、突然、宰相府からの使者が訪れました。
「陛下主催の晩餐会が今夜行われます。殿下の婚約者であられるアメリア様にもご出席を」
「わ、わたしが!?」
いよいよ、王家の公式の場。
正式な場に“代わり”として立つことになるなんて――緊張で手が震えました。
~~~~~~~~~~
夕暮れ。鏡の前で髪を整える手が震えます。
「お似合いですよ、アメリア様」
ルナが微笑んでくれました。
シャンパン色のドレスに、胸元の布地がさりげなく流れるデザイン。
王家の紋章を模したブローチが輝き、緊張するたびに鼓動が早くなるのを感じます。
「大丈夫。笑顔を忘れないようにしなくちゃ」
自分に言い聞かせるように呟いて、会場へ向かいました。
~~~~~~~~~~
晩餐会のホールは、星のような光で飾られていました。
煌びやかなシャンデリア、絹のドレスの波。
貴族たちの香水と甘い笑い声が入り混じり、まるで夢の中のようです。
「アメリア様。お手を」
殿下が手を差し出してくださいました。
彼の指が少しだけ温かくて、それだけで胸がふわりと浮き上がるようです。
「……ありがとうございます」
「礼を言うほどのことではない。婚約者の務めだ」
婚約者――その響きに、思わず頬が熱くなります。
形式上と分かっていても、嬉しい言葉でした。
けれど、浮かれた気持ちは長くは続きませんでした。
会場の片隅で、やけに華やかな笑い声が聞こえました。
顔を向けると、見覚えのあるドレスの色。
「セリーナ……?」
夢のような光景が、一瞬で灰色に変わりました。
わたしの義妹、セリーナがそこにいたのです。
王妃教育で見慣れた笑顔を浮かべながら、周囲に貴族たちを集めています。
「まあ、まさか来ていたなんて!」
彼女の視線がこちらを向き、ぱっと笑みが広がりました。
けれどその笑みの奥に、冷たい刃のようなものを感じます。
「お姉さま、殿下の婚約者を“演じる”のも大変ですわね?」
その声に、周囲がざわめきました。
「演じる? どういうことだ?」
「ええ、皆さまご存じないの? わたくしの姉は、元は平凡な令嬢でして、ほんの“身代わり”なのですのよ」
ざわ……と波のように広がる視線。
心臓が止まったかと思いました。
「セリーナ、やめて」
「事実でしょ? だって、お姉さまが来てくださらなかったら、わたくしが困ったのですもの。お礼を言わなきゃ」
にっこりと微笑む姿は、絵のように美しい。
けれどその言葉ひとつひとつが、わたしの立場を焼き尽くしていきます。
「それは――」
反論する前に、鋭い声が響きました。
「十分だ」
ルキウス殿下の低い声。
堂内の空気が一瞬で凍りつきました。
「仮の婚約だと聞いていた。このような真似までされるとは思わなかった」
殿下の青い瞳が、まっすぐこちらを射抜きます。
胸が、痛いほど締めつけられた。
「違うんです、殿下! 私はそんなつもりで――!」
「もうよい。出ていけ」
その一言で、世界が音を立てて崩れました。
ざわめく人々の中、足が動かない。
けれど、殿下の眼差しがあまりにも冷たくて、それ以上何も言えませんでした。
ルナの手に導かれて、扉が閉まる瞬間。
遠くでセリーナの笑い声が聞こえました。
~~~~~~~~~~
馬車の車輪が雪を踏みしめる音が、夜の静寂に響いていました。
張り詰めた空気の中、胸の中で何かがぽたりと崩れていく音がします。
ルナが何か言いたげにわたしを見ていましたが、わたしは微笑んで首を振りました。
「大丈夫よ……これくらい、慣れてるわ」
嘘でした。本当は喉が焼けるほどつらくて、息をするのも苦しい。
でも泣くわけにはいきません。泣いたら、母の形見の首飾りに顔向けできないから。
真っ暗な空を見上げれば、雪の粒がまるで光のように舞っていました。
そのひとつひとつが、まるで25の数字のようにきらめいて見える。
「25日に生まれた娘は、運命を変える」
母の声が脳裏に蘇りました。
もしそれが本当なら、この悲劇も、いつかは道を変えるための一歩になるはず。
でも今はただ、冷たい世界の中で、息をひそめるしかありません。
凍てつく夜の中、ふっと涙が頬を伝いました。
「……ごめんなさい、母さん」
それでも、空の彼方の暦の神が少しだけ微笑んでくれた気がしました。
雪はやさしく降り続けています。
まるで、沈みゆくわたしを包み込むように。
廊下を掃く兵士が笑って挨拶をくれるようになり、侍女たちも「アメリア様」と名前を呼んでくれるようになりました。
失敗ばかりだった王妃教育も、ようやくマダム・ベルネッタから「及第点よ」と言ってもらえるまでに。
「少しずつですが、皆さんに馴染めてきたようで……」
「珍しいことね。あの冷たい王宮で」
ルナがティーポットを傾けながら笑います。
「殿下も最近はあなたを見る目が違うようですし」
「えっ!? ち、違いませんよ、そんなことっ」
思わず盛大にお茶をこぼしてしまいました。
湯気の向こう、ルナは意味ありげな笑みを浮かべます。
「まあ、わたくしには関係ありませんけれど」
ルナのそうした軽口にも、もうすっかり慣れました。
少し怖いけれど、悪い人ではない気がするのです。
その日の午後、突然、宰相府からの使者が訪れました。
「陛下主催の晩餐会が今夜行われます。殿下の婚約者であられるアメリア様にもご出席を」
「わ、わたしが!?」
いよいよ、王家の公式の場。
正式な場に“代わり”として立つことになるなんて――緊張で手が震えました。
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夕暮れ。鏡の前で髪を整える手が震えます。
「お似合いですよ、アメリア様」
ルナが微笑んでくれました。
シャンパン色のドレスに、胸元の布地がさりげなく流れるデザイン。
王家の紋章を模したブローチが輝き、緊張するたびに鼓動が早くなるのを感じます。
「大丈夫。笑顔を忘れないようにしなくちゃ」
自分に言い聞かせるように呟いて、会場へ向かいました。
~~~~~~~~~~
晩餐会のホールは、星のような光で飾られていました。
煌びやかなシャンデリア、絹のドレスの波。
貴族たちの香水と甘い笑い声が入り混じり、まるで夢の中のようです。
「アメリア様。お手を」
殿下が手を差し出してくださいました。
彼の指が少しだけ温かくて、それだけで胸がふわりと浮き上がるようです。
「……ありがとうございます」
「礼を言うほどのことではない。婚約者の務めだ」
婚約者――その響きに、思わず頬が熱くなります。
形式上と分かっていても、嬉しい言葉でした。
けれど、浮かれた気持ちは長くは続きませんでした。
会場の片隅で、やけに華やかな笑い声が聞こえました。
顔を向けると、見覚えのあるドレスの色。
「セリーナ……?」
夢のような光景が、一瞬で灰色に変わりました。
わたしの義妹、セリーナがそこにいたのです。
王妃教育で見慣れた笑顔を浮かべながら、周囲に貴族たちを集めています。
「まあ、まさか来ていたなんて!」
彼女の視線がこちらを向き、ぱっと笑みが広がりました。
けれどその笑みの奥に、冷たい刃のようなものを感じます。
「お姉さま、殿下の婚約者を“演じる”のも大変ですわね?」
その声に、周囲がざわめきました。
「演じる? どういうことだ?」
「ええ、皆さまご存じないの? わたくしの姉は、元は平凡な令嬢でして、ほんの“身代わり”なのですのよ」
ざわ……と波のように広がる視線。
心臓が止まったかと思いました。
「セリーナ、やめて」
「事実でしょ? だって、お姉さまが来てくださらなかったら、わたくしが困ったのですもの。お礼を言わなきゃ」
にっこりと微笑む姿は、絵のように美しい。
けれどその言葉ひとつひとつが、わたしの立場を焼き尽くしていきます。
「それは――」
反論する前に、鋭い声が響きました。
「十分だ」
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堂内の空気が一瞬で凍りつきました。
「仮の婚約だと聞いていた。このような真似までされるとは思わなかった」
殿下の青い瞳が、まっすぐこちらを射抜きます。
胸が、痛いほど締めつけられた。
「違うんです、殿下! 私はそんなつもりで――!」
「もうよい。出ていけ」
その一言で、世界が音を立てて崩れました。
ざわめく人々の中、足が動かない。
けれど、殿下の眼差しがあまりにも冷たくて、それ以上何も言えませんでした。
ルナの手に導かれて、扉が閉まる瞬間。
遠くでセリーナの笑い声が聞こえました。
~~~~~~~~~~
馬車の車輪が雪を踏みしめる音が、夜の静寂に響いていました。
張り詰めた空気の中、胸の中で何かがぽたりと崩れていく音がします。
ルナが何か言いたげにわたしを見ていましたが、わたしは微笑んで首を振りました。
「大丈夫よ……これくらい、慣れてるわ」
嘘でした。本当は喉が焼けるほどつらくて、息をするのも苦しい。
でも泣くわけにはいきません。泣いたら、母の形見の首飾りに顔向けできないから。
真っ暗な空を見上げれば、雪の粒がまるで光のように舞っていました。
そのひとつひとつが、まるで25の数字のようにきらめいて見える。
「25日に生まれた娘は、運命を変える」
母の声が脳裏に蘇りました。
もしそれが本当なら、この悲劇も、いつかは道を変えるための一歩になるはず。
でも今はただ、冷たい世界の中で、息をひそめるしかありません。
凍てつく夜の中、ふっと涙が頬を伝いました。
「……ごめんなさい、母さん」
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