25日に生まれた私は、運命を変える者――なんて言われても

朝日みらい

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第3章 凍てつく晩餐会

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 王宮に来てから三週間。少しずつ、わたしの毎日は穏やかな色を取り戻してきました。

 廊下を掃く兵士が笑って挨拶をくれるようになり、侍女たちも「アメリア様」と名前を呼んでくれるようになりました。
 失敗ばかりだった王妃教育も、ようやくマダム・ベルネッタから「及第点よ」と言ってもらえるまでに。

「少しずつですが、皆さんに馴染めてきたようで……」
「珍しいことね。あの冷たい王宮で」

 ルナがティーポットを傾けながら笑います。

「殿下も最近はあなたを見る目が違うようですし」
「えっ!? ち、違いませんよ、そんなことっ」

 思わず盛大にお茶をこぼしてしまいました。  
 湯気の向こう、ルナは意味ありげな笑みを浮かべます。

「まあ、わたくしには関係ありませんけれど」

 ルナのそうした軽口にも、もうすっかり慣れました。
 少し怖いけれど、悪い人ではない気がするのです。

 その日の午後、突然、宰相府からの使者が訪れました。

「陛下主催の晩餐会が今夜行われます。殿下の婚約者であられるアメリア様にもご出席を」

「わ、わたしが!?」

 いよいよ、王家の公式の場。  
 正式な場に“代わり”として立つことになるなんて――緊張で手が震えました。

~~~~~~~~~~

 夕暮れ。鏡の前で髪を整える手が震えます。

「お似合いですよ、アメリア様」

 ルナが微笑んでくれました。  
 シャンパン色のドレスに、胸元の布地がさりげなく流れるデザイン。  
 王家の紋章を模したブローチが輝き、緊張するたびに鼓動が早くなるのを感じます。

「大丈夫。笑顔を忘れないようにしなくちゃ」

 自分に言い聞かせるように呟いて、会場へ向かいました。

~~~~~~~~~~

 晩餐会のホールは、星のような光で飾られていました。  
 煌びやかなシャンデリア、絹のドレスの波。  
 貴族たちの香水と甘い笑い声が入り混じり、まるで夢の中のようです。

「アメリア様。お手を」

 殿下が手を差し出してくださいました。  
 彼の指が少しだけ温かくて、それだけで胸がふわりと浮き上がるようです。

「……ありがとうございます」
「礼を言うほどのことではない。婚約者の務めだ」

 婚約者――その響きに、思わず頬が熱くなります。
 形式上と分かっていても、嬉しい言葉でした。

 けれど、浮かれた気持ちは長くは続きませんでした。

 会場の片隅で、やけに華やかな笑い声が聞こえました。  
 顔を向けると、見覚えのあるドレスの色。

「セリーナ……?」

 夢のような光景が、一瞬で灰色に変わりました。  
 わたしの義妹、セリーナがそこにいたのです。  
 王妃教育で見慣れた笑顔を浮かべながら、周囲に貴族たちを集めています。

「まあ、まさか来ていたなんて!」

 彼女の視線がこちらを向き、ぱっと笑みが広がりました。  
 けれどその笑みの奥に、冷たい刃のようなものを感じます。

「お姉さま、殿下の婚約者を“演じる”のも大変ですわね?」

 その声に、周囲がざわめきました。

「演じる? どういうことだ?」
「ええ、皆さまご存じないの? わたくしの姉は、元は平凡な令嬢でして、ほんの“身代わり”なのですのよ」

 ざわ……と波のように広がる視線。

 心臓が止まったかと思いました。

「セリーナ、やめて」
「事実でしょ? だって、お姉さまが来てくださらなかったら、わたくしが困ったのですもの。お礼を言わなきゃ」

 にっこりと微笑む姿は、絵のように美しい。
 けれどその言葉ひとつひとつが、わたしの立場を焼き尽くしていきます。

「それは――」

 反論する前に、鋭い声が響きました。

「十分だ」

 ルキウス殿下の低い声。  
 堂内の空気が一瞬で凍りつきました。

「仮の婚約だと聞いていた。このような真似までされるとは思わなかった」

 殿下の青い瞳が、まっすぐこちらを射抜きます。  
 胸が、痛いほど締めつけられた。

「違うんです、殿下! 私はそんなつもりで――!」

「もうよい。出ていけ」

 その一言で、世界が音を立てて崩れました。  
 ざわめく人々の中、足が動かない。  
 けれど、殿下の眼差しがあまりにも冷たくて、それ以上何も言えませんでした。

 ルナの手に導かれて、扉が閉まる瞬間。  
 遠くでセリーナの笑い声が聞こえました。

~~~~~~~~~~

 馬車の車輪が雪を踏みしめる音が、夜の静寂に響いていました。

 張り詰めた空気の中、胸の中で何かがぽたりと崩れていく音がします。

 ルナが何か言いたげにわたしを見ていましたが、わたしは微笑んで首を振りました。

「大丈夫よ……これくらい、慣れてるわ」

 嘘でした。本当は喉が焼けるほどつらくて、息をするのも苦しい。  
 でも泣くわけにはいきません。泣いたら、母の形見の首飾りに顔向けできないから。

 真っ暗な空を見上げれば、雪の粒がまるで光のように舞っていました。  
 そのひとつひとつが、まるで25の数字のようにきらめいて見える。

「25日に生まれた娘は、運命を変える」

 母の声が脳裏に蘇りました。  
 もしそれが本当なら、この悲劇も、いつかは道を変えるための一歩になるはず。

 でも今はただ、冷たい世界の中で、息をひそめるしかありません。

 凍てつく夜の中、ふっと涙が頬を伝いました。

「……ごめんなさい、母さん」

 それでも、空の彼方の暦の神が少しだけ微笑んでくれた気がしました。

 雪はやさしく降り続けています。  
 まるで、沈みゆくわたしを包み込むように。
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